2016年10月27日

ご婦人がた ようこそ舞台へ 「クレシダ」


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スタンディングオベーションとなったカーテンコール。
穏やかな温かい笑みを浮かべて客席を見渡していらした平幹二朗さんの表情が忘れられません。

この舞台を観たのは10月9日。
感想を書いている今日(10月27日)、平幹二朗さんがこの世にいらっしゃらないなんて、
考えてもみないことでした。
東京、水戸を経て大阪で大千秋楽を迎えた日。
文字通り、平さんの「最期の」舞台を見届けた900人のうちの一人となりました。


「クレシダ」
作:ニコラス・ライト 
翻訳: 芦沢みどり 
演出: 森新太郎
出演: 平幹二朗  浅利陽介  碓井将大  藤木修  橋本淳  花王おさむ  高橋洋

2016年10月9日(日) 12:00pm サンケイホールブリーゼ 1階A列センター 



物語の舞台は、まだ女優という職業がなく舞台に立つのは男性のみで、女役は若い少年俳優が演じていた時代のロンドン。
「死んで20年経っても戯曲が上演されているシェイクスピア」という台詞がありましたので、1630年代後半でしょうか。
かつて名優だったシャンク(平幹二朗)は、グローブ座の演技指導者となっていました。
そこへ、養成所からスティーヴン(浅利陽介)という少年が入座を希望してやってきましたが、話し方にひどいなまりがあり、一度は断ったものの役者不足からしぶしぶ受け容れます。
養成所の運営資金を着服していたことが露見し返金を迫れらたシャンクはスティーヴンを売り飛ばすことを計画。「トロイラスとクレシダ」のクレシダ役に抜擢し、高値の買い手をつけようと特訓を始めます・・・。


たとえスター役者であってもやがて輝きの座から降りなければならない厳しさ。
それが実力のせいばかりではなく、「年齢」であるという残酷さ。
やがてその時代すら変わって行こうとする現実。

そんないろいろなものを織り交ぜて、演劇ってすばらしいと思わせる、演劇讃歌のような舞台。
その中心に仁王立ちする平幹二朗さんシャンクの圧倒的な存在感。
すばらしかったです。


シャンクがスティーヴンに演技指導するシーンは、この作品のクライマックスとも言えるところで、「自分の中から溢れ出たように台詞を言え」「声を出せ」「出し過ぎるな」とシャンクが一つひとつ指導するたびにスティーヴンが演技者としての階段を上がって行くのが手に取るように感じられ、演劇好きにとってこの上なく高揚する場面ですが、私はむしろ、舞台を終えた後のシャンクとスティーヴン、そしてその後に続くシャンクのモノローグに心震える思いでした。

クレシダという女性をリアルに演じて大喝采を浴びたスティーヴンですが、「人は家にあるものを観るために劇場に来ているのではない」と、芝居に必ずしもリアリティを求めていなかったシャンクは激怒します。
その中には彼の才能への嫉妬もあったかもしれませんが、頬を赤らめたことが絶賛されたスティーヴンの、「本当にそう見えるならその方がいいと思ったんだ」という言葉を聞くまでもなく、シャンクはわかっていたのです。彼の芝居がいかに素晴らしく、観客が求めているのはこれだということを。
さらにその先には、本物の女性が女性を演じる日が来ることを。
「ご婦人がた、ようこそ舞台へ」と笑顔を浮かべるシャンクの言葉に涙がどっと溢れました。
自分の時代が過ぎ去ってゆく現実を受け止めつつ、それでも演劇の未来のために、変化を怖れず、覚悟を持って新しい時代の扉が開くのを見守るシャンクの眼差し。

それまで信じられてきた古き伝統が新しい流れに凌駕される・・・これって、演劇に限ったことではなく、すべての芸術やテクノロジーの世界でも、ひいては人間が生きていく上で普遍的なことだと思います。
それを凛と自分の中で受け容れているシャンク。
シャンクと俳優・平幹二朗が重なって見えて、シャンクの台詞がまるで平さん自身の言葉のように感じることもしばしば。

一幕終わりに、「ジョン」という奴に妻を寝取られた!と男が剣を持って乗り込んで来た時、平さんシャンクが、「戦うことはできないが、戦う芝居はできる!」と剣を構え、「馬をくれ、馬を!代わりにわが王国をくれてやるっ!」と朗々と言い放った時は背中がゾクゾクしました。
ここで、平幹二朗の「リチャード三世」が聴けるなんてね。

そんなシャンクですが、決して「優等生」ではなく、人間味にあふれています。
お金を搾取するために、架空の生徒の名前をでっち上げたり(グッドナイト・ゴートゥーベッドとか笑える)、ハニー(橋本淳)がプレゼントにもらったネックレスを奪い取ったり、何とも食えないオヤジです(笑)。
でも悪態をつかれながら、みんなに慕われている、何ともチャーミングなキャラクター。

シャンクの傷が悪化して、今まさに命の炎が燃え尽きようとしている時に、手をとって見守るのが高橋洋さん演じるディッキー(リチャード)。
今は劇団の経営側としてシャンクの不正を糾弾する立場のディッキーですが、息絶え絶えのシャンクに何か話してと言われて、シャンクの手を握りながら昔、自分が少年俳優だった頃、一番うれしかった話をするシーンもとても感動的でした。
そこでディッキーが芝居の一節の台詞を言うのですが、高橋洋さんの声がいきなり俳優としての声色になるのがまた、感涙モノ。
この一場面だけで、ディッキーがかつては人気も実力もあった少年俳優であったこと、そしてシャンクとディッキーの間には共有できる温かな時間が流れていたことを私たちに知らしめる高橋洋さん、すばらしい。
またシェイクスピア劇もやってくれないかなぁ。

このシーン、舞台を観た時は、シャンクが何となく蜷川さんに重なったりもしたのですが、今となっては高橋洋さんにとってまさしく平幹二朗さんだったのではないかと(涙)。


スティーヴンが現れるまでの一座のトップ少年俳優 ハニーの橋本淳さんもよかったな。
お顔立ちはもちろん、立ち姿も綺麗。
少年から青年に成長していく過程で、瑞々しさと色っぽさが同居するハニー。
自信満々で女性にもモテて、売れっ子役者独特の傲慢さを見せながら、新たな才能に嫉妬し、その才能を怖れ、やがて世代交代を受け容れていくハニー。
ディッキーから少年俳優としての終わりを告げられるシーン。未来の自分と過去の自分を重ね合わせているような2人が切なかったです。

そんなシーンの後だから、最後にスティーヴンがロザリンドを演じる「お気に召すまま」で、髭をつけた男役を演じるという吹っ切れた表情に何だかほっとしました。
スティーヴンの思いをやわらかく受け止める包容力を見せるところも。

橋本淳さん。
これまで「魔術」「ヒストリーボーイズ」で拝見していましたが、終演後ポスター見るまでその人だと気づきませんでした(汗)。



少年俳優がその役目を終え
老いた元少年俳優は人生の終わりの時を迎える

何とも切ない話ではありますが、観終わった後、不思議と温かい気持ちになるのは、そこに演劇への愛やその末来への希望があふれているから。
演劇が好きでよかった、この舞台を観られて本当によかった、と心から思える作品でした。



あのオープニングとラストはシャンクの部屋ではなく、雲の上の天国を表わしていたのかな のごくらく度 (total 1651 vs 1650 )



posted by スキップ at 23:19
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