
ケラリーノ・サンドロヴィッチさんと緒川たまきさんが主宰する演劇ユニット「ケムリ研究室」。
2020年に旗揚げ公演「ベイジルタウンの女神」、2021年は安部公房原作の「砂の女」を上演、今回が第三弾です。
ケムリ研究室no.3 「眠くなっちゃった」
作・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
振付:小野寺修二 映像:上田大樹 音楽:鈴木光介
美術:BOKETA 照明:関口裕二 衣裳:黒須はな子
出演:緒川たまき 北村有起哉 音尾琢真 奈緒 水野美紀
近藤公園 松永玲子 福田転球 平田敦子 永田崇人
小野寺修二 斉藤悠 藤田桃子 依田朋子
山内圭哉 野間口徹 犬山イヌコ 篠井英介 木野花
2023年10月28日(土) 12:00pm 兵庫県立芸術文化センター
阪急中ホール 1階A列センター
(上演時間: 3時間25分/休憩 15分)

気温までも政府に管理される近未来のどこかの国。
かつて様々な犯罪に手を染めていた娼婦のノーラ(緒川たまき)は夫のヨルコ(音尾琢真)と暮らしていますが、実はヨルコはすでに亡くなっていてこれは家庭用ロボット。ロボットの所持は禁止されており、政府の回収業者によりヨルコのロボットは回収されてしまいますが、泣きちゃくるノーラに新任の指導監視員リュリュ(北村有起哉)は同情以上のものを感じるようになります。ある日リュリュは、当局により山に廃棄された家庭用ロボットの音声テープ(ヨルコの声も入っている)を盗み、ノーラを連れて逃げますが、二人の逃避行は当局の知るところとなり・・・。
ノーラとリュリュを中心に、ノーラの娼婦仲間のシグネ(水野美紀)を無理やり情婦にしているゴーガ(山内圭哉)と従者のナンダ(野間口徹)、ゴーガのお気に入りの歌手で歌をつくるために人の記憶を吸うボルトーヴォリ(篠井英介)、ノーラが住むアパートの大家ウルスラ(犬山イヌコ)の一家、ウルスラの娘ナスカ(奈緒)の恋人アーチー(永田崇人)とその母親アルマ(平田敦子)など、彼らを取り巻く人々の物語が繰り広げられます。
近未来SFでディストピア
エロティックでバイオレント
退廃的で猥雑で残酷
だけど
ピュアラブストーリーでした。
笑わないリュリュのノーラへの不器用で一途な思いが切ない。
近未来(?)の管理社会はどこか「1984」を思い起させて、「きっとアンハッピーなバッドエンドなんだろうなぁ」と観る私たちに陰鬱な思いを投げかけます(実際その通りになるのだけど)。
今、世界中で起こっていることや、たとえばマイナンバーやインボイス制度など政府主導の”管理”を重ね合わせると、「このディストピアはいつか現実のものになるのでは?」という怖さを感じたりもします。
その”怖さ”が現実ではなく物語の世界のものと思えるのは、相変わらずスタイリッシュで美しい映像含めた舞台美術やどことなくゴスロリっぽい役者さんたちの白塗りメイク、細かくつくり込まれた小道具など、どこか絵本の中に入り込んだような、寓話的な印象を持つからかもしれません。
全体的には暗く重いトーンの物語ですが、ケラさんらしい遊び心も散りばめられていました。
「何だ?」と言われるたびに返事するナンダにゴーガが「オマエの親はどういうつもりでそんな名前をつけたんだ」と言ったり。
アルマの葬儀のお祈りが「ギッチョダ」-「修道女たち」(2018年)のお祈りの言葉でしたよね?-だったり、野間口さん演じるお医者さんがホフマン医師-「ドクター・ホフマンのサナトリウム」(2019年)ってありましたよね-だったり。
そんな作劇や演出はもちろん、説明台詞や、時間や場所を示す字幕など一切なしに、最初は??と思っても、役者さんの台詞のやり取りだけで状況も人間関係もすべてわかるケラさんの筆致がいつもながらすばらしい。
ノーラに送る視線の温かさも感じられて、ケラさんのノーラと、ノーラを演じる緒川たまきさんへの思いが感じられるよう。
ノーラは、ヨルコとの生活に行き着くまでには多分壮絶な人生を歩んできたのだろうと思われますが、無垢な心と可愛らしさとやさしさを併せ持った女性。
「あなた、嫌い」と面と向かって言っていたリュリュのことも、彼の誠実さを見てきちんと受け入れることができます・・・それが愛情だったかどうかはよくわからなかったけれど。
リュリュとの逃避行の中で、体を売ってお金を手に入れ、リュリュへの贈り物としてスカーフを買ってくるシーン。
体を売ったことを咎めるリュリュに「アンタは食べ物を盗んで手に入れた。私は働いて買って来た。どっちが偉い?」と平然と言ってのけるノーラ。
その体を売った相手・・・修道院長(木野花)とのシーンも印象的でした。
修道院長の「神は私の肉体に喜びを与えなかった」という言葉に、ケラさんの宗教観を垣間見たような気がしました。
短い逃避行の末に当局に捕らえられた二人。
最後までノーラの身を案じ、ノーラの名を叫びながら処刑されたリュリュ。
ノーラはゴーガの手に渡され、記憶を吸い取られることになります。
粉雪降りしきる中、ひとり座り込むノーラをやさしく包み込むリュリュ(の魂)。
冒頭のヨルコとのシーンで「怖い夢をみるから眠りたくない」と言っていたノーラが、リュリュの腕の中で「眠くなっちゃった」と目を閉じたのは、肉体の終焉ではあるけれど、魂は救済されたと信じたい。
このラストシーン、照明(関口裕二)含めてまるで儚い夢のように美しかったです。
この二人の周りの人々も多彩。
たとえば、赤ちゃんとしてこの物語の最初に登場するボルトーヴォリ。
母(篠井英介二役)が門番のマグースト(野間口徹)と再婚して、そのマグーストは、出世して政府の上官になったものの、愛人をつくって母は苦悩の末に死んでしまい、ボルトーヴォリはずっと父を恨んで生きてきました。
その愛人というのがノーラのアパートの大家ウルスラの母チモニー(木野花)。
ボルトーヴォリに入れあげて他人の記憶を集めてやるゴーガは、蛮行の果てにシグネに焼き殺される・・・片膝立てて「アンタの大好きなボルトーヴォリと一緒に死ねばいい!」とライターで火を点ける水野美紀さんシグネ、カッコよかった!
そして、ずっと欲しがっていたノーラの記憶を手に入れた末に受け入れ切れず破滅してしまうボルトーヴォリ。
・・・これだけでもふぅ💦という感じです。
緒川たまきさんノーラと北村有起哉さんリュリュだけがシングルキャスト。
コケティッシュさ、大胆さ、儚さ・・・いろんな面を見せつつとにかくカワイイ緒川さんノーラと、こんなに純粋で一途な有起哉くん観るの久しぶりかも?なリュリュ、とてもよかったです。
それ以外はすべての役者さんが複数の役を兼ねていらっしゃいましたが、いつものナイロンのメンバーもそうでない役者さんたちも、よくこれだけ集めましたね、な贅沢で盤石の布陣。
作業服着たロボット回収員(も実はロボット)が、木野花さん、篠井英介さん、水野美紀さん、近藤公園さんなんていうご馳走な豪華キャストだったりも。
楽しいお話でも、観終わった後気分よく劇場を後にするというタイプの作品でもありませんが、物語の中にどっぷり浸ることができて、「演劇を観た」という満足感に満ち満ちた舞台。3時間25分という長さを全く感じませんでした。
かなり寝不足の日でしたが、タイトルに反してピクリとも眠くなりませんでした のごくらく度


