2023年04月26日

検閲官の自負 座付作家の矜持  「笑の大学」


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1996年初演、1998年に再演された三谷幸喜さんの代表作とも最高傑作とも称される作品。
三谷さんが「託したい俳優さんに出会うまで再演はしない」と決めていた舞台の、25年ぶりの上演です。


PARCO劇場開場50周年記念シリーズ
「笑の大学」
作・演出:三谷幸喜
美術:堀尾幸男   照明:服部基
音楽:荻野清子   衣装:前田文子
出演:内野聖陽  瀬戸康史

2023年4月15日(土) 1:30pm 兵庫県立芸術文化センター 
阪急中ホール 1階H列センター
(上演時間: 1時間50分)



戦時色が色濃くなった昭和15年の東京。
警視庁取調室で検閲官の向坂睦男(内野聖陽)と対峙するのは劇団「笑の大学」の座付作家 椿一(瀬戸康史)。
演劇や笑いに全く興味がなく、上演中止に追い込もうと執拗に難癖をつける向坂に対し、何としても上演許可がほしい椿は、向坂が要求する無理難題に苦慮しながらも諦めずに何度も台本を書き直し、ついに上演許可を得ることができました。しかし、その喜びから椿がつい発したひと言により、向坂は国家権力の末端である自身の職責を再認識して態度を硬化させ、改めて椿に「この本から笑いの要素をすべてなくせ。そうでなければ上演許可は出せない」と言い放ちます。その夜、椿が一睡もしないで書き上げた台本は・・・。


「全国ツアーも終盤にさしかかってきました。皆さんにうれしいお知らせがあります。
内野聖陽も瀬戸康史もいい加減疲れています。今日はいい感じで力の抜けた舞台をお届けすることができると思います。」
という三谷幸喜さんの爆笑アナウンスで始まった舞台。

力抜けたどころかバチバチに火花散らす2人
検閲官としての向坂の自負
座付作家としての椿の矜持

笑いと背中合わせのように
一転して顔を出す苦さ切なさ


「さるまた失敬」に始まって、「ジュリオとロミエット」、向坂の家に迷い込んできたカラスの武蔵、「お国のため」・・・次々繰り出されるコメディな展開に声をあげて笑って観ていたら、突然ひやりと冷たいものが背筋を走って、最後は涙。
三谷幸喜さんの術中にまんまとハマった1時間50分。


向坂の指示に従って椿が台本を書き直し、その台本を検閲する毎日を繰り返すうちに向坂が少しずつ共感しを示しコワモテを崩して、ついには二人して衣装や鬘までつけて演じるに至るあたりは笑いで客席も大いに盛り上がり、物語の一つのヤマとも言えますが、この舞台の白眉はやはり終盤。

椿が最後に書き上げたのはこれまでで一番笑える最高の台本。
「笑いをなくせと言ったのに、どうして今までで一番笑える台本を書いてきたんですか?」と聞く向坂に「もういいんです。どうせ上演はできないから」と答え、昨日届いた召集令状を見せる椿。
諦念しつつも無念さが滲む椿と、目の前にいる若者が戦争に取られていくという向坂の動揺が、観ている私たちにも痛いほど伝わってきました。

初演を観ていないのですが、ほぼ同年齢だった二人(西村雅彦・近藤芳正)に対して、20歳の年齢差がある今回の配役がここの衝撃をより際立たせている気がします。そういう意味でも、まず最初に内野聖陽さんの向坂があって、そこに瀬戸康史さんを配した三谷さんのキャスティングに唸る思いでした。

椿一のモデルはエノケン劇団のレビュー作家 菊谷栄さんと言われていますが、向坂に検閲されて何度書き直しても決して「笑い」をあきらめなかった椿は、まるで劇作家・三谷幸喜の在り方そのものを映し出したよう。


「お国のために死ぬなんて言うな」という向坂の言葉を受けて(この後に「死ぬのはお肉のためだ」なんて台詞加えるから泣き笑いですよ。どうしてくれる三谷さん)、頭を下げてドアを出ていく椿。
取調室に一人残り、台本を読み返して声をあげて笑う向坂。
笑いながらふっと真顔に戻って空(くう)を見上げ、また台本に目を落として乾いた笑い声をあげる。
才能ある若者と出会い、共感し、”検閲する対象”ではなく”人”として尊重し、そして自分自身も検閲官としてではなく一人の人間として彼と向き合うようになった向坂の変化が、迫りくる戦争の足音ととも重なって、何とも苦く切ないラストシーンでした。


私は男優さん女優さんを問わず色っぽい役者さんが好きで(それは多分に私が感じる色っぽさではあるけれど)、内野聖陽さんはそんな色気のある役者さんの一人。
ところが、この向坂睦男という人物は全く色っぽいところがなく、よく”オーラを消す”と言いいますが、色気を消すって・・・。
正直のところ、ポスター画像の内野さんを見た時「カッコイイ!」と思ったのですが、舞台で観る向坂は別人でした。髭もないし、体もごつく、というか四角くつくってきた印象。
いかにも堅物で笑いや演劇になんて全く興味がない・・・というかそういうものに縁のない人生を送ってきた人物というのが台詞の口跡はもちろん立ち居振る舞い、背広の着こなしなどすべてから感じられます。そんな向坂が少しずつ少しずつ椿に共感して心を開いていく様が、まるで向坂自身も気づいていないように自然。凄いです。

対する瀬戸康史さん。
椿は若くて爽やか美青年といった趣きながら気骨のある人物で、喜劇人としての誇りを失わず、そのためには権力にも媚びない姿が胸熱。
とんでもない芝居巧者の内野さんを向こうに回して一歩もひけをとらず堂々と渡り合って本当にすばらしい。
これまで観た瀬戸くんの舞台での役の my best は「陥没」(2017年)の清晴ですが、この椿一も忘れられない役となりました。
昨年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」のトキューサでますます知名度も上がって映像でも引く手あまたかと拝察いたしますが、これからも舞台のことは忘れないでほしいな。


取調室だけのワンシチュエーションで、真ん中に大きな机と二脚の椅子、ホリゾントの位置隠し窓のついたドア。
中央にある部屋のセットは舞台全体の1/3ぐらいの幅でしたが、その部屋の前に広がったスペースを大きく使って、二人が上手下手を入れ替わったり。
”舞台上で役者さんをどう動かすか”まで精緻に組み立てられた三谷さんの演出も冴え渡っていました。


繰り返されたカーテンコールのラスト。
そのドアの向こうに姿を消していく二人の4本の手だけが残ってバイバイするの、とってもお茶目でした。



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PARCO劇場のこちらのバージョンのポスターもよき




三谷さんが「内野さんの向坂が見たいと思った時から始まった」というプロジェクトに立ち会えて幸せでした のごくらく度 (total 2389 vs 2388 )



posted by スキップ at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 演劇・ミュージカル | 更新情報をチェックする
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