
宝塚歌劇 星組公演
「Le Rouge et le Noir ~赤と黒~」
D'après l'œuvre de Stendhal «Le Rouge et le Noir, l'Opéra Rock»
Produced by Sam Smadja - SB Productions
原作:スタンダール
作曲:ウィリアム・ルソー&ソレル
作詞:ザジ&ヴァンサン・バギアン
脚本:アレクサンドル・ボンシュタイン
潤色・演出:谷 貴矢
音楽監督・編曲:太田 健 編曲:多田里紗
振付:御織ゆみ乃 若央りさ 港ゆりか
装置:國包洋子 衣装:加藤真美
照明:笠原俊幸 映像:溝上水緒
出演:礼 真琴 暁 千星 白妙なつ ひろ香 祐 有沙 瞳
小桜ほのか 朱紫令真 希沙 薫 碧海さりお 夕陽真輝
瑠璃花夏 詩 ちづる 鳳花るりな 星影なな 彩夏こいき
凰陽さや華 和波 煌 乙妃優寿 絢咲羽蘭 馳 琉輝/
英真なおき 紫門ゆりや
2023年3月23日(木) 4:30pm シアター・ドラマシティ 13列下手/
3月26日(日) 11:00am 10列上手/3月27日(月) 1:00pm 16列下手/
3月29日(水) 11:00am 2列下手/4:00pm 20列センター/
4月9日(日) 11:00am 日本青年館ホール 1階P列下手/
4:00pm 1階D列センター
(上演時間: 2時間40分/休憩 25分)
物語の舞台はナポレオンが没し、王政復古となったフランス。
フランス東南部の小都市ヴェリエールに貧しい大工の息子として生まれたジュリアン・ソレル(礼真琴)は、美しく聡明で強い自負心を持った青年でした。ナポレオンを崇拝し、いつかは立身出世して富と名声を手に入れるという野望を抱いていたジュリアンは、町長のレナール(紫門ゆりや)の子どもたちの家庭教師となり、そこで美しいレナール夫人(有沙瞳)と出会い恋に落ちます。しかし、ジュリアンに恋していた女中のエリザ(瑠璃花夏)がレナールと競い合う貧民収容所の所長ヴァルノ(ひろ香祐)に密告したことによってレナール家を追われます。
パリへ出て貴族のラ・モール侯爵(英真なおき)の秘書となって有能な仕事ぶりが認められ重用されていたジュリアンにかつてヴァルノ邸で知り合った歌手のジェロニモ(暁千星)は侯爵家の令嬢 マチルド(詩ちづる)と恋のゲームをしてはどうかと勧めます。恋の駆け引きから本気で愛し合うようになったジュリアンとマチルド。反対していたラ・モール侯爵もついに二人の仲を認め、結婚式を迎えますが・・・。

プログラム裏面の「赤と黒」も素敵
スタンダールの名作を、「1789」「ロックオペラ モーツァルト」などを手がけたフランスのプロデューサー アルベール・コーエンがロックオペラに仕立てて2016年にパリで初演されたフレンチロック・ミュージカルの日本初演。
最初に観た時からかなり衝撃でした。
この感じは同じフレンチロック・ミュージカル「ロミオとジュリエット」の日本初演(2010年 宝塚歌劇星組)を初めて観た時と同じ感覚。
ジェロニモが登場してイントロダクションからの出演者全員で「心の声」の合唱となり、最後にジュリアンが現れて歌い始めると、大げさでなく背中がゾクゾクして、「この作品好き~」と思いました。
さらにそれを決定づけたのが「ラテン語で聖書を暗唱する歌」(後で「知識ごそが武器」というタイトルを知る)。
ラモール家の家庭教師が大工の息子と知って侮るヴァルノに対して、ジュリアンが、ルイーズが手にした聖書のどこでもラテン語で暗唱すると言って歌い出す曲。
覇気のない暗い目をして、少し猫背で陰鬱なジュリアンが一瞬で覚醒して爆発する感じ。
第一声で椅子から転げ落ちそうになるくらい衝撃を受けて電流が走りました(二度目)。
スタンダールの原作はずい分前に読んだことがあって、柴田侑宏先生脚本の宝塚歌劇の舞台も何度か観たことがありますが(直近は2020年の月組御園座公演)、正直のところ物語そのものはそれほど好きとは言えず、ジュリアンにもそこまで共感することはありませんでした。
ところが
知っているはずの物語なのにまるで初めて観るような世界観。
楽曲も
脚本も演出も
衣装も美術も照明も大好き
もちろん出演者も皆すばらしい
かなり挑戦的な作品という印象もあって、礼真琴さんにとっても星組にとっても、そして宝塚歌劇にとっても、エポックメイキングな作品となるのではないでしょうか。
物語は冒頭にジェロニモが登場して始まります。
スタンダールの原作にはない人物で、この作品では時折客席にも語りかけるストーリーテラーと、物語中のパリの人気歌手という役を兼ねた存在。
トップハットをかぶりステッキを持ったジェロニモが、ストーリーテラーの時は黒とグレーの燕尾服、歌手ジェロニモの時はそれが赤になるという設定。
この物語の中でジェロニモは、ストーリーテラーとしてはジュリアンのことをずっと見守っていて、歌手ジェロニモはジュリアンのたった一人の友人。
だから、時にはシニカルにもなることもある彼の視点は基本的に優しくて、レナール家に受け容れられ始め、ルイ―ズと楽しそうに談笑するジュリアンを見つめながらジェロニモが言う
「今でも思う。
もしも君がルイーズの中に光を見つけなかったら、君の人生は違っていただろうか。」
という言葉を聞くと、切なさで胸がいっぱいになって毎回泣くという・・・。
そしてジュリアンが歌う♪光を知らなければ 怒りに身を委ねて生きてゆけたのに で毎回さらに切なさが増したのでした。
ジェロニモの眷属としてルージュ(希沙薫)とノワール(碧海さりお)が常にともにあって、その名のとおり、赤のルージュは情熱や愛、黒のノワールは野望や心の闇を表していると思われ、表情もルージュが時折笑顔を見せるのに対してノワールは終始クール。キャスト発表時には「ロミオとジュリエット」の「愛と死」のような存在かなと思っていましたが、愛と死ほどの差は感じらず、愛と野望は人間の持つ両面であり表裏一体ということを表しているようでもありました。
赤でも黒でもなくグレーの衣装を着て白い髪のオンブルたち。
セットの後方で物語をじっと見つめていたり、屋敷のメイドやパーティの客など登場人物になったり、テーブルなどの大道具小道具を動かしたり、時にはジュリアンを照らし出す照明係になったり、もちろんコーラスもダンスといったアンサンブルの役割も・・・このオンブルの使い方がとても効果的な演出でした。
舞台装置はシンプルで、二階建になった、薔薇が彫金されたような骨組みがあって、その前にオンブルたちによってテーブルやソファなど大道具が出し入れされて場面転換していきます。
ジュリアンが自分の中のルイーズへの思いに気づいて「神よ!信じてもいないのに祈りを捧げる私をお許しください」と告白する場面やルイーズが懺悔する場面などで、舞台奥にLED照明で大きく浮かび上がって印象的な十字架。
ラスト ジュリアンが断頭台に向かう場面ではその十字架が傾いてギロチンの刃になる演出。秀逸すぎて震えました。
楽曲もどれもすばらしくキャッチ―な曲揃い。
主役のジュリアンばかりでなく、ジェロニモや、ルイーズやマチルド、レナール氏やラ・モール侯爵、ヴァルノ夫妻にもそれぞれソロナンバーがあるのもよき。そして全員歌うまなので聴きごたえハンパありません。
ヴァルノ夫妻が歌う「宝石こそ勲章」のイントロに「1789」を感じたりも。
公演のたびに私の中で毎回過去最高を更新してくる礼真琴さんですが、今回また、これまで観たことのない礼真琴を出してきました。
いかにも陰鬱で卑屈で、少し猫背で、伏し目がちの光のない目をして、それでも野心は強くプライドは高く、上流階級への怒りと闇を心に抱えている様を繊細に描出。目つきや言葉の端々からジュリアンがどんな人物が瞬時にわかる表現力すばらしい。
繰り返しになりますが、”ラテン語で聖書を暗唱する歌”を歌い出した途端、すごい求心力で客席を、会場全体を物語世界へと連れて行ってくれます。
初めてという全編地毛で、「黒髪で前髪が目にかかるくらい」というのは演出の谷貴矢先生のご指定だそうですが、パリへ出た二幕からはその前髪を少し分けて、ツーブロックにした右側頭部も見せて驚かせてくれました。
衣装もどれもよく似合ってたな。
「はい 奥様」「はい 奥様」「はい 奥様」三連発とか
「何て目で僕を見るんだルイーズ」とか
「僕はあなたの前から消えます、永遠に」とか
「生きているさ。僕は闘って未来と今を交換したんだ」とか
ジュリアンの言葉一つひとつが心に突き刺さる。
礼真琴さんが描き出すジュリアンが愛おし過ぎる。
裁判前日の葛藤の中、ナポレオンのロケットをノワールの手へと捨て去り、ルイーズからもらった薔薇の飾りをルージュから受け取るジュリアン。
その薔薇を腰に差して臨んだ裁判で、自らの死刑を申告するジュリアン。
このあたりの演出もとても象徴的で印象に残っているのですが、ルイーズが自分がつけていた薔薇の飾りをジュリアンに渡すくだりは谷貴矢先生オリジナルの演出なのだとか。すごいな。
断頭台へと向かうジュリアンにジェロニモが言葉をかけ、その言葉に微かに笑顔を見せて「ありがとう」と告げるジュリアン。
その目からあふれ出る綺麗な涙。
あの表情を見ていると、もうこちらの世界には戻ってこないのではないかと不安になって
だからフィナーレで、ふんわり笑顔でみんなとわちゃわちゃしている礼さんの姿にいつも何だかほっとしたものです。
礼さんの歌唱がすばらしいのは言わずもがなです。
フレンチロック独特の難解なメロディラインや転調のあるナンバー。
時に体を揺らしてリズムを刻み、また時には切ない表情で内なる心を歌い上げる、さらには録音した自分の声とハーモニーを重ねる、と、声の良さやテクニカルな面はもちろんのこと、その場面ごと、その曲ごとの表現力が群を抜いていて、歌そのものがとてもドラマチック。本当にどこまで行くんだろうこの人は、と空恐ろしくさえも感じます。
以下は礼さん歌唱のナンバーリスト
■心の声
プロローグ 全員で歌うナンバー。
ジュリアンはラストに登場しますが、登場人物が次々とジュリアンに絡んで
その後の世界を暗示しているよう。
■知識こそが武器
何度も上述した”ラテン語で聖書を暗唱する歌”
あの出だしの爆発するカッコよさね。緩急も自在で何度聴いても本当に惚れる←
音源発売されたらヘビロテ間違いなしです。
■光をこの手に
十字架を背にルイーズへの抑えきれぬ熱い思いを歌う曲。
礼さん自身の歌唱とハモリなんて最高すぎか。
後半は、セット2階に上がって熱唱する礼さんと
ステージでは暁千星さん+オンブル男たちの爆踊り。
どこを見れはいいの!?状態で目も心も忙しい。
■愛の言葉
ジュリアンの求愛にルイーズが応えて二人で歌う愛の歌。
有沙瞳さんとのデュエットは本当に耳福。
体を揺らしてリズム取るジュリアンの色っぽくもカッコいいことこの上ない。
■ブルジョアはなんて素晴らしい
ヴァルノ家のパーティでジェロニモが歌い、「どうですか、あなたも」と言われて
ジュリアンも一緒に歌う曲。
礼さん、暁さんが椅子の上に立って圧巻のデュオ。
2人一緒にがっつり歌うのは初めてということですが、2人の声の親和性のよさに
これからももっと聴きたいと期待が膨らみます。
ラスト、ジェロニモとともにテーブルの上に立ち、大きく足を開いて
腰を落としてポーズとるジュリアンのカッコよさよ←
■赤い花
一幕ラスト。
レナール家を追われることになって、ルイーズへの絶望を降りしきる赤い薔薇の
花びらの中で歌う曲。
切なさと激しさに胸が締め付けられるような歌唱。
「ロックオペラ モーツァルト」の一幕ラストを思い出します。
■愛か罠か
マチルドから部屋に呼ばれたもののこれが罠かどうか彼女の心を読めずに歌う曲。
ジュリアンのプライドの高さがよく出ている曲です。
■夢物語
マチルドの部屋で愛を確かめ合うジュリアンとマチルドが歌う曲。
そこにルイーズの歌が重なるのが何とも暗示的。
■心の奥底へ
ジュリアンが牢獄の中で歌う曲。
この前の場面で、自分に銃を向けるジュリアンに笑顔を見せるルイーズと、
泣き出しそうな顔で叫ぶように撃つジュリアンを観てからのこの曲は切なさひとしお。


開演前と幕間で色合いが少し違っていました
長~くなりましたのでジュリアン以外のキャストについては別記事にて