宝塚歌劇での上演が決まってから原作を読んで(こちら)、あまりの面白さにその後、「珍妃の井戸」「中原の虹」「マンチュリアン・リポート」とこのシリーズをずんずん読みました。特に「中原の虹」では、張作霖のカッコよさに


それほど思い入れのある作品。
文庫本4冊にもなる長編大作を、1本ものとはいえフィナーレ含めて2時間半の舞台でどのように描くのか、楽しみでもあり不安でもありました。
が、原田諒くんがんばった

原田諒くんについては昨年末にとんでも事案が発覚しましたが、それはこの作品のすばらしさや、この作品をよきものにしようと一丸となってがんばった役者さんたち、スタッフさん、舞台関係者の皆さまの努力とは別次元の話なのでこの際スルー。
宝塚歌劇 雪組公演
グランド・ミュージカル 「蒼穹の昴」
原作:浅田次郎 「蒼穹の昴」
脚本・演出:原田 諒
作曲・編曲:玉麻尚一 音楽指揮:御﨑 恵
振付:羽山紀代美 麻咲梨乃 AYAKO 百花沙里
京劇指導:張 春祥 所作指導:袁 英明
装置:松井るみ 衣装:有村 淳
出演:彩風咲奈 朝月希和 朝美 絢 和希そら 縣 千 夢白あや
奏乃はると 真那春人 久城あす 天月 翼 叶ゆうり 諏訪さき
野々花ひまり 眞ノ宮るい 星加梨杏 一禾あお 咲城けい 壮海はるま
音彩 唯 紀城 りや 華世 京
/凪七瑠海 京 三紗 汝鳥 伶 一樹千尋 夏美よう 悠真 倫 ほか
2022年10月6日(木) 3:30pm 宝塚大劇場 1回階12列センター/
10月27日(木) 3:30pm 2階1列センター/
10月30日(日) 11:00am 1階13列上手/
11月3日(木) 3:30pm 2階6列下手/
11月6日(日)11:00am 1階21列センター/
12月6日(火) 6:30pm 東京宝塚劇場 1階17列下手/
12月25日(日) 1:00pm TOHOシネマズなんば(ライブ中継)
(上演時間: 3時間5分/休憩 35分)
光緒12年(1886年)から光緒25年(1899年)までの清朝末期の物語。
梁家屯の地主の次男・梁文秀(リァン・ウェンシウ/彩風咲奈)は、村に住む老占い師の白太太(京三紗)から「汝は帝を扶翼し奉る重き宿命を負うておる」と予言されたとおり、熾烈な科挙試験に状元(首席)で合格し、ともに合格した順桂(和希そら)、王逸(一禾あお)とともに翰林院で九品官人法の官僚となります。
一方、文秀の夭逝した友人の弟で義兄弟の契りをかわした李春児(リィ・チュンル/朝美絢)もまた、極貧の中、白太太から告げられた「その手にあまねく財宝を手にするだろう」という言葉を信じて自ら浄身(去勢)し、妹・玲玲(リンリン/朝月希和)を故郷に残して宦官となって紫禁城に出仕します。
折しも清朝内部では、政治の実権を握っている西太后(一樹千尋)を戴く栄禄(悠真倫)をはじめとする保守派と、西太后を引退させて清国第十一代皇帝・光緒帝(縣千)の親政を実現しようとする楊喜楨(夏美よう)を筆頭とした変法派とに分かれ、激しく対立していました。
光緒帝を支え、変法派若手官僚の俊英としてその中心となる文秀、西太后の寵を得て、誰よりもその側近く仕える春児。
敵味方に分かれてしまった2人が、滅びゆく清朝の中で自らの宿命を全うして懸命に生きる姿を、滅びゆく清朝と彼らを取り巻く人々とともに壮大に描いています。

キャストが発表された時、主要人物ばかりでなく、ミセス・チャンやトーマス・バートン、岡圭之介、安徳海や黒牡丹なども役名があがっていて「え?その人も出てくるの?」「あのエピソードもあるの?」と驚いたものですが、原作の序盤で長く描かれた文秀の科挙試験のくだりをバッサリカットしたのをはじめ、物語の出来事を取捨選択しつつダイジェスト版にならなかった脚本の手腕が光ります。
西太后が身を引いて紫禁城から頤和園へ移る決意をし、これからは光緒帝の治世、と変法派に希望が見えてきた矢先に楊喜楨が暗殺されるまでが一幕(蠍の毒で殺される原作に対して、銃殺となっていました)。
風雲急を告げる二幕はさすがに急ぎ足の印象で、「これ、原作読んでいない人理解できるのかな?」とも思いましたが、友人に聞いたところプログラムと公式サイトの人物相関図で何とかなったそう。
細部まで考証された衣装や舞台装置は華やか。
専科から特出の6名と雪組総力あげて、スケール感たっぷりに重厚な世界を描き出して、楽曲もすばらしく、見応え聴き応えのある作品となっていました。
物語の冒頭、白太太に促されて昴を見上げる文秀と春児、玲玲。
2階6列下手で観た時、ちょうどその視線の先が私たちの座席で、オペラのぞく目が合うくらい。
幕間に隣席の友人と「私たち昴だったねぇ」と喜んだものでした(^^ゞ
原作と設定が変更されている部分いくつかがあって、たとえば文秀が結婚していない(原作では恩師である楊喜楨の娘を妻にする)のは、トップ娘役が演じる玲玲をヒロイン=文秀の相手役として際立たせる意図があったのかなと理解できます。
が、一つだけ納得いかなかったのは、終盤、袁世凱(真那春人)を説得に行くのが譚嗣同(諏訪さき)ではなく、文秀になっていたこと。
この説得は失敗に終わり、袁世凱は裏切って栄禄と通じ、変法派は壊滅に追い込まれる訳ですが、原作では「説得に行ったのが譚嗣同ではなく梁文秀だったら歴史は変わっていただろう」という台詞が出てきたこともあり、ここは原作(史実)どおりにした方が納得性があったのではないかと思います。まぁ、主役として文秀の出番や活躍の場を増やす意図があるのもわからないではありませんが。
文秀はいかにもエリート官僚で思慮深く、感情をあまり表に出さない比較的”辛抱役”の色合いが強く、実際の言動も原作よりかなり端折られていて、たとえば順桂のような派手な行動を起こしたりもしませんので、この舞台だけ観ると「文秀は何を成し遂げたの?」となってしまう面がなきにしもあらず。
ラスト近くに李鴻章(凪七瑠海)が袁世凱に「まことのつわものとは、梁文秀のような者のことを申すのだ」と言い放つ場面がありますが、何だか取ってつけたように感じちゃったな。
原作を読んだ時にも書いた、譚嗣同が「史了(文秀のこと)、君は難きにつけ、僕は易きにつく」と言い残して、自ら捕縛されに行く(その先には刑死が待っている)ところではやっぱり涙。「文秀さん、あなたは難しい方を選んでください。僕は、簡単なことしかできないから」に言葉は変わっていましたが。ライブ中継含めて7回観て7回ともここで泣きました。
ちなみにこの場面、「文秀!死んじゃだめだ!おいらを一人にしないでくれ」と叫ぶ春児にも毎回涙。
泣くと言えば、今回楽曲がよいこともあって歌を聴いて泣く場面も。
一つは一幕ラスト。楊喜楨を失った文秀が決意を歌う場面。
♪この暗闇を超えて 俺は戦う 昴よ見ていろ 命をかけて おまえに辿り着くと~
と銀橋で歌う彩風咲奈さんがトリハダものの熱唱で毎回聴いていて涙があふれてきました。
もう一つは、二幕で西太后暗殺の決意を固めた順桂が歌う「我に力を」。
♪わが勲は韃靼の から始まり
♪瞼にうかぶまだ見ぬふるさと 風吹き渡る満州の とはるか故郷を思い
♪民の平安のため 命捧げる時は来た 今こそ使命果たし・・・ と順桂の覚悟が痛いほど感じられて落涙。
和希そらさんがつくり出す、蒼い炎を湛えたような順桂が、今回のキャストの中でピカイチに好きでした。
そらくん順桂は、ラスト近くの「進むべき道は」でも、文秀を囲んで光緒帝、楊喜楨、と次々歌っていく中、最後に文秀の背後から登場して ♪険しき道 遥か続けど 我らの血は大地潤し 希望の息吹となる
と歌うところがいい声爆弾すぎて毎回震えるレベルでした。


細部まで凝った衣装や舞台装置もとてもよかったです。
美術の松井るみさんが「装置を考える時、いつもは場面を抽象的に捉えたり、デザイン性の高いものにしたりするのですが、今回はよりリアルに表現したいと考えました。」とプログラムでおっしゃっていました。
ラストで道の両側の壁が船となるセットチェンジがおもしろかったのですが、ここもこだわりポイントだとか。
薄暗い中、このセットを変えるためだけに出てくる人たちがきちんと船員さんの拵えなのも宝塚らしいこだわりだなと思いました。しでかもよく見ると紀城ゆりやくんとか華世京くんとか何気に豪華メンバーだし。

衣装といえば、これ、2012年に北京に行った時、頤和園の中の蘇州街で撮ったもの
思い出してインスタにポストしたら光緒帝と隆裕皇后(珍妃じゃなくてザンネン)みたいとヅカ仲間に大ウケでした。
衣装も髪飾りもたくさんあって「どれにしよう」とヘラヘラ見てたら有無を言わさずこれを着せられかぶせられたのも懐かしいw
原作ものにもかかわらず、役者さんは皆あて書きかと思えるくらいハマっていました。
先述したように梁文秀はどちらかといえば為所のない役回りですが、ちゃんと主役として舞台の中心に立つ彩風咲奈さんすばらしい。
賢く思慮深くて、春児にも玲玲にもやさしく頼り甲斐がある文秀。
上背があって脚が長い咲ちゃんですが、あの中華官僚の装いもとてもよくお似合いでした。

今回専科から6名もご出演で大劇場ロビーの写真パネル 咲ちゃんでも真ん中あたりなのちょっと笑っちゃいました。
その専科の6名はさすがに皆さん演技派揃い。
一樹千尋さん西太后と夏美ようさん楊喜楨2人の場面にはぐっと引き込まれましたし、よきパパのイメージが強い悠真倫さんの悪役も迫力ありました。いかにも切れ者でデキる男な凪七瑠海さんの李鴻章のカッコよさ。
これが退団公演となる朝月希和は玲玲。
ちょっともったいないようなキャスティングですが、可憐な少女から大人の女性へと成長する姿を自然な演技で見せてくれました。
春児そのもののような朝美絢さん、登場の時から目が釘付けになる私のイチ押し順桂の和希そらさん、麗しい貴公子ぶりの光緒帝・縣千さん。
奏乃はるとさん康有為の食えなさ、諏訪さきさん譚嗣同の純粋さ、人のよさ(最期に歌う ♪再見 再見 別れではない とてもよかった)。
黒牡丹の眞ノ宮るいさん、王逸の一禾あおさん、鎮国公載沢の咲城けいさん、ミセス・チャンの夢白あやさん・・・書ききれません。
フィナーレは、赤いコスチュームの和希そらさん銀橋ソロから始まり(背中の龍の刺繍を見せる舞台写真素敵すぎてつい買っちまったよ)、ロケット(センターは音彩唯さん)→ 男役群舞 → 朝美絢さん+娘役群舞 → 彩風咲奈さん&朝月希和さん デュエットダンス (カゲソロ:羽織夕夏さん) という流れでした。
和希そらさんがランダムに前髪おろすのが話題になったり(1回だけ遭遇できた)、ふわりとした衣装と扇をつかった男役群舞が素敵だったり、手をつないで大階段を降りてくる彩風さん・朝月さんのデュエダンがリフトの失敗などがありつつも多幸感に満ちていたり、短いながらもよきフィナーレでした。
パレード:
エトワール 千風カレン
咲城けい・夢白あや・諏訪さき
縣千
和希そら
凪七瑠海
朝美絢
朝月希和
彩風咲奈
宝塚と東京の千穐楽には朝月希和さんのサヨナラショーがありました。
大階段に娘役引き連れてセンターに立つ朝月さんの「ル・ポアゾン」に始まり、朝月さんらしい明るく楽しいショー。
朝月さんが振り回すシティハンターの100tハンマーを彩風さんが片手で押えてキスするというヒューヒューなラストで締めくくるハッピーエンディングでした。

東京宝塚劇場の雪組カラーのクリスマスツリー
予算もかなりつぎ込んだ大作と思われますが、あの事情でもう再演されることもないとするなら残念すぎる の地獄度


