2022年08月14日
ねぇ 上を見て 「ザ・ウェルキン」
意を決したように強い目でエマを見てこくんとうなづくリジー
それですべてを察して座ったまま目を閉じ耳をふさぐエマ
泣き叫ぶサリーを後ろから包み込むように抱きかかえて空を指差し
「ねぇ、上を見て」と言うリジー
タイトルの「The Welkin」 は「天空」を意味する古語、雅語なのだとか。
その意味がそれと知れるラストシーンに、一気にあふれる涙。
「『チャイメリカ』観た時と全く同じじゃん!」と、ルーシー・カークウッドさんの作劇にまたまんまとハマリました。
シス・カンパニー公演
「ザ・ウェルキン」
作:ルーシー・カークウッド 翻訳:徐賀世子
演出:加藤拓也
美術:伊藤雅子 照明:勝柴次朗 衣装:前田文子
ステージング:小野寺修二 舞台監督:芳谷研
出演:吉田 羊 大原櫻子 長谷川稀世 梅沢昌代 那須佐代子
峯村リエ 明星真由美 那須 凜 西尾まり 豊田エリー
土井ケイト 富山えり子 恒松祐里 神津優花 田村健太郎 土屋佑壱
声の出演:段田安則
2022年8月4日(木) 1:30pm 森ノ宮ピロティホール F列下手
(上演時間: 2時間30分・休憩 15分)
物語の舞台は1759年 イギリス東部の田舎町。
「75年に一度天空に舞い戻ってくる」と言われる大彗星を人々が待ちわびる中、サリー(大原櫻子)が土地の有力者の娘アリス・ワックス(神津優花)殺害の罪で絞首刑を宣告されます。共犯の男はすでに処刑されていましたが、サリーは妊娠を主張。この町には妊娠している罪人は死刑を免れるという法律があり、彼女の妊娠の真偽を判定するため、助産婦のリジーことエリザベス(吉田羊)をはじめ妊娠経験のある12人の女たちが陪審員として集めらます。リジーがサリーになんとか正当な扱いを受けさせようと心を砕く一方、法廷の外では、血に飢えた暴徒が処刑を求める雄叫びを上げ続けていました・・・。
冒頭、女性たちが思い思いに家事をするマイムの場面から始まります。
薄いベージュやグレーといった、色味のない衣装で統一されて、舞台がまるで一枚の絵のようでした。
綺麗だったなと思って後で調べたら、小野寺修二さんのステージングで、「!」となった次第。
この場面に代表されるように、女性が「家事をするマシン」「子どもを産む道具」だった時代。
当時の社会制度や人権、ジェンダー、フェミニズムといった様々な問題を孕んで物語は展開します。
集められた陪審員が一人ずつ、聖書に口づけをして宣誓するシーンで名前を名乗り、簡単な自己紹介をすることで彼女たちの輪郭がわかるという脚本にまずは感心。
「妊娠経験のある女性」というだけで集められた陪審員たちは、出自も境遇もバラバラで、力を合わせて一つの問題に立ち向かうとか、もちろん一枚岩になれるはずもなく、議論の中でそれぞれの性格や貧困の問題、劣等感、階級意識や敵意など、徐々に本音がさらけ出されていきます。
サリーに対しても、悪意があるなしは別として、妊娠の有無を試す言動もほぼ人権侵害の拷問かリンチのようにも思えたり。
そんな中、サリーの妊娠を信じ、公正な判断を下そうと腐心していたリズがサリーの生みの親だということが判明し、反発する者もいれば同情を示す者も・・・と一層まとまらない議論。
何だかやり切れない思いのやり取り続く中、メアリー(富山えり子)がヘレン(明星真由美)を慰めながらケイト・ブッシュの "Running Up That Hill" を歌って、そこに一人また一人と彼女たちの歌声が重なっていくシーンはまるで救いのようで印象s的でした。
肝心の「妊娠判定」については杳として確定に至らず、ついには医師の判断に委ねることとなり(このシーンも観ていてかなりキツかった💦)、結論として妊娠初期であることが認められます。
「果たして、サリーの妊娠は本当なのか?死刑を逃れるための嘘なのか?」
とフライヤーに書かれた”ミステリー”はここで解決しますが、物語はここで終わらず。
サリーが死刑を免れたことに我慢がならないアリスの母 レディ・ワックス(明星真由美の二役)に買収された廷吏ビリー・クームズ(土屋佑壱)の暴力で「妊娠していなかったこと」にされるサリー。
権力や財力が「正しいもの」「正義」を覆す象徴的なシーン。
血まみれでもがき苦しむサリーを何とか助けようとするリジー
大衆の前で見世物のように死刑になるくらいなら今ここで殺してと泣き叫ぶサリー
そんなサリーを前に拒み続けていたところへ、エマの静かな言葉で決意するリジー
そして冒頭に書いたシーンです。
泣きながらサリーの首に紐を巻き付けるリジー
「上を見て」とリジーに言われるままに見上げて、「何もないじゃない」とサリーが言ったその刹那、暗転。
最期のその瞬間を見せない演出が、観る者へのやさしさでも残酷さでもあり、そして、観客のイマジネーションへの信頼でもあると感じた余韻の残るラストシーン。
12人12様の個性を描き出した女優陣、1人2役の子役の神津優花ちゃん、2人で3役の男優陣、そして声の出演の段田さん。
役者さんは皆すばらしかったですが、何と言っても圧巻は大原櫻子さん。
人々からあばずれ呼ばわりされいて、実際憎々しいのだけれど、どこか孤独の影も感じさせて。
ラストシーンの熱演には目が釘付けでした。
櫻子ちゃん、1月に観た「ミネオラ・ツインズ」でもすばらしくて、「これからも楽しみな女優さんの一人となりました」と感想に書いたのですが、今回「これからもますます楽しみな女優さんとなりました」。
いつも毅然として凛とした中に、過去への、自分が捨てた娘への悔恨を滲ませるリジー・吉田羊さん。
屈折を抱えながらラストに2人の心を救う(ことになるのかな?)エマの峯村リエさん。
品格漂うシャーロッテ・ケアリーの長谷川稀世さん。お名前は存じ上げていますが(長谷川一夫さんのお嬢様としても)、あまり舞台で拝見した記憶がなかったのですが、鷲尾真知子さんの代役だったのですね。
ジュディスの那須佐代子さんとアンの那須凜さんは母娘の役ではありませんが、ジュディスが「お腹を痛めた子だから可愛いのよ」とアンの肩に手を置いて言ったりしていたのは演出家の遊び心でしょうか。
下りた緞帳の前に役者さんたちが横一列にズラリと並ぶカーテンコール。
まさに文字通りの”カーテンコール”だなぁと思いました。
ルーシー・カークウッド作品と大原櫻子さん これからも目が離せません のごくらく度 (total 2329 vs 2329 )
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください
この記事へのトラックバック