2022年06月30日
苦い真実 「みんな我が子」
5月に観た「セールスマンの死」は1949年初演のアーサー・ミラーの代表的な戯曲でしたが、こちらアーサー・ミラーの作品。
1947年にブロードウェイで初演されたそうですので、ほぼ同時代の作品です。
COCOON PRODUCTION 2022 DISCOVER WORLD THEATRE vol.12
「みんな我が子」-All My Sons-
作:アーサー・ミラー
翻訳:広田敦郎
演出:リンゼイ・ポズナー
美術・衣裳:ピーター・マッキントッシュ
照明:勝柴次朗 音楽:かみむら周平
出演:堤 真一 森田 剛 西野七瀬 大東駿介
栗田桃子 金子岳憲 穴田有里 山崎 一 伊藤 蘭
2022年6月5日(日) 1:00pm 森ノ宮ピロティホール A列センター
(上演時間: 2時間45分/休憩 20分)
第二次世界大戦後間もないアメリカ。
高い石造りの壁に囲まれた庭で、ジョー・ケラー(堤真一)が前夜の嵐で折れてしまった木を前に、妻のケイト(伊藤蘭)がどういう反応を示すか案じているところから物語は始まります。
その木は3年前に戦争で行方不明となった次男ラリーのために植えた木で、ジョーはじめ周りの人間はラリーは戦死したと考えていましたが、ケイトはラリーの死を受け入れられず、ラリーは必ず帰ってくると信じていました。
長男のクリス(森田剛)はラリーのかつての婚約者アン(西野七瀬)と愛し合っていて、彼女との結婚を認めてもらうためニューヨークから呼び寄せていました。ラリーが生きていると信じるケイトは頑なに二人の仲を認めようとせず、ジョーもまた、ケイトが逆上するのを恐れて、なかなかクリスの味方になってやることができませんでした。そんな中、アンの兄ジョージ(大東駿介)が突然現れ・・・。
実はすっかり忘れてしまっていたのですが、物語が進むうちに「あれ?これ前にも観たぞ」と思い出しまして、後で調べたところ、2011年に長塚京三さんのジョー、麻実れいさんのケイトで観ていました(こちら)。
山崎一さん演じるドクター・ジムはじめケラー家の隣人が数人出てきますが、基本的に、ジョー、ケイト、クリス、アン、そしてジョージという5人の会話から、過去の事象が浮かび上がってくる形で物語が展開します。
ジョーは軍需工場で今の財をなしましたが、かつて工場の共同経営者だったスティーブは、大戦中、工場から出荷された不良品が原因で墜落により21人もの若者が死亡するという事故の責任を問われて服役中。
ジョーも同じ罪で逮捕されたものの、不良品を製造、出荷した当時はインフルエンザで寝込んでいたことから事故に関係していないと認められ、無罪となりました。
アンはスティーブの娘であり、スティーブ家はケラー家の隣人で、現在のドクター・ジムの家に住んでいましたが、スティーブが有罪となったことでこの町にいられなくなりニューヨークに移り住んだのでした。
そのようないきさつがあり、しかも死んだ(とケイトは信じていないけれども)次男ラリーの婚約者だったアンがクリスと結婚することについてはそれぞれ複雑な思いが交錯するものの、クリスの一途で懸命な思いにジョーもケイトも二人の結婚を認める雰囲気になったところで、アンの兄ジョージが現れて事態は一変します。
ここからのドラスティックな転換。
一幕終わりでアンにジョージから電話があり、不穏な様子で「来るぞ来るぞ」と感じさせておいて、果たして二幕冒頭から登場したジョージはただならぬ気配。
それまでの”家族”の雰囲気を覆してしまう大東駿介さんジョージ、凄まじかったな。
真実を追求するという気持ちの揺るぎなさと、ジョーやケイトに優しい言葉をかけられてつい心を許してしまうような幼さのバランスも絶妙でした。
弁護士となったジョージは、獄中の父スティーブと面会し「ひび割れた部品を適当に溶接し直し納品するようジョーに電話で指示された」と聞かされ、ジョーが保身のために自分の父親を陥れたことを知ったのでした。
これを「裁判でも言ったスティーブの言い逃れ」として一旦は収まろうとしていたところに、「ジョーはずっと病気なんてしたことなかった」というケイトの一言ですべて崩れ去るジョー夫妻がつくり上げた嘘。
さらには、ラリーから届いた”最期の”手紙をアンから見せられて、絶望の淵に立たされるジョー。
この畳みかけるような終盤は息が詰まるような思いでした。
本当だと思っていたものが嘘だとわかり、正義だと思っていたものが悪だと悟り、言葉そのものにも表と裏があることを知ることになって、父(ジョー)と息子(クリス)に待っていたのは、二度と埋めることのできない溝。
いかにもアメリカの成功した中流階級の代表のような人物であるジョーが、誠実で温かく家族にも周りの人にも接する一方、金銭や保身に執着し、そのためには平気で人を裏切り、陥れもするということを目の当たりに見せつけられるのは、息子でなくても何ともやり切れない気分になります。
同時に、このことをジョー(とケイト)はどんな思いで隠し続けていたのだろうとも考えました。
絶望の末に自らに拳銃を向ける結末はとても痛ましいですが、それはもしかしたらジョーにとって唯一魂が安らげる道だったのかもしれないとも思えたのです。
前述したとおり大東駿介さんのジョージが際立ってすばらしかったのですが、役者さんは皆よかったです。
白髪混じりの堤さんジョーは、明るい屈託のなさの影に時折滲む陰影が印象的でした。
ケイトは前に観た時は現実を直視できない脆さと夫を支えて家庭を守ってきたたくましさの共存した女性という印象だったのですが、伊藤蘭さんのケイトを観ていて、ラリーの死を信じていないのはもしかしたら狂気なのか、あるいは狂気を装っているのかもしれないと感じました。
今の年齢で20代の、かなりピュアな青年を演じて違和感がないクリスの森田剛さんすごいし、アンの西野七瀬さんはニンではない役のように感じましたが、相変わらず口跡よくて台詞がとても聴き取りやすかったです。
そして、ドクター・ジムに山崎一さん持ってくるキャスティングの贅沢さよ。
会場に入るとこんな幕が。
劇場スタッフの方に確認したら撮影OKということでした。
ストプレでは珍しいですね。
アーサー・ミラー おもしろいけれど心はいつも重くなる のごくらく地獄度 (total 2317 vs 2319 )
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