2009年ブロードウェイで初演され、トニー賞主演女優賞・楽曲賞・編曲賞を受賞。2010年には「RENT」に次いで、ミュージカルとしては史上2番目にピューリッツアー賞を受賞したミュージカル。
日本初演は2013年。今回は日本オリジナル演出版での再演です。
「だいもん(望海風斗さん)が出るなら観てみようかな」ぐらいの軽い気持ちでチケット取ったのですが、とんでもなく心揺さぶられる作品でした。
「next to normal」 (ネクスト・トゥ・ノーマル)
音楽:トム・キット
脚本・歌詞:ブライアン・ヨーキー 訳詞:小林 香
演出:上田一豪
音楽監督:小澤時史
振付:小㞍健太 美術:池宮城直美
照明:吉枝康幸 衣裳:及川千春
出演:望海風斗 甲斐翔真 渡辺大輔 屋比久知奈 大久保祥太郎 藤田玲
(安蘭けい 海宝直人 岡田浩暉 昆 夏美 橋本良亮 新納慎也)
2022年4月21日(木) 1:00pm 兵庫県立芸術文化センター
阪急中ホール 1階H列センター
(上演時間: 2時間35分/休憩 25分)
ストーリー: アメリカ郊外の町に暮らす、両親と息子、娘という普通の四人家族のグッドマン家。平穏な生活を送っているように見える一家ですが、実は母親のダイアナ(望海風斗)は長年双極性障害を患い、現実と幻想の間で生きていました。夫のダン (渡辺大輔)はそんな妻を献身的に支えながらも疲れ切っています。ダイアナは息子のゲイブ(甲斐翔真)に愛情を注いでおり、娘のナタリー(屋比久知奈)は母から愛されていないと感じています。ダイアナの症状がますます悪化したある日、ダンは新しい主治医ドクター・マッデン(藤田玲)のもとへ彼女を連れて行きます・・・。
ミュージカルなのですが、今まで観たどんなミュージカルとも違っていました。
何というか、とてもストプレなのだけれど、まるで話すように台詞を歌う、といった感じ。それも膨大な量の台詞を。
キャストが歌えなければ成立しない作品とも感じましたが、その点は主演の望海さんはもちろん、6人とも歌うまさん揃いで耳福。
濃淡のグレーで統一され、鉄骨の骨組みのような2階建てのセットが組まれた舞台。
分割された部屋が回転してダイアナ家のダイニングルームや、ナタリーの学校、ドクター・マッデンの治療室などになって物語は展開します。
明け方に近い深夜。
ダイアナがダイニングテーブルの前に一人座っているところにゲイブが帰ってきて「起きて待っていなくてもいいって言ったのに」という息子と母のよくある会話から始まります。
翌朝、朝食のテーブルにつく4人の家族。
サンドイッチ用のパンを床一面に敷き詰めるという不可解な行動をとるダイアナとそれを驚くでもなくフォローしょうとする家族たちに、「もしかしてダイアナは心を病んでいるのか?」と思い始める客席の不肖スキップ。
初演は観ていなくてストーリーも知らず、「ネタバレは絶対避けた方がいい」と言われていましたので、細心の注意を払って情報をシャットアウトし(「Into the Woods」の教訓を活かしてLINEもスルーして)、望海さんと渡辺大輔さん以外はキャストも知らずに観ました(それは通常運転か(^^ゞ)
だから、ナタリーのボーイフレンド・ヘンリー(大久保祥太郎)が初めてグッドマン家の中に入り、皆と食事をしようとする時に、ダイアナがゲイブの話をするのを聞いて「君にはお兄さんがいるんだね」と言うヘンリーにナタリーが「いないわ」ときっぱり言った時には椅子から転げ落ちそうになるくらい驚きました。
「えっ!ゲイブって、ダイアナの心がつくり出した幻影だったの?!」
そして
ダイアナとダン夫妻は、最初の子どもゲイブを生後8ヵ月で亡くしたこと
ダイアナはその悲しみと喪失感から立ち直れず、精神のバランスを崩したこと
ゲイブの代わりにと生まれた子は女の子で、ダイアナは悲しみを昇華することができなかったこと
やがてその悲しみのはけ口のように幻覚症状が現れ、ダイアナは幻覚の中のゲイブを完璧な理想の息子像につくり上げたこと
などが家族の会話(歌だけど)からわかってきます。
双極性障害というセンシティブでデリケートな問題を真正面から扱うミュージカルって、いかにもアメリカという感じで、それを取り巻く家族や夫婦、若者の問題は病めるアメリカそのものとも感じますが、悲しみや苦しみやに直面した時、人の反応はそれぞれで、精神疾患はその現れのケースのひとつ。そういう意味では誰にとっても、国や時代の如何を問わず国普遍的な内容です。
コロナ禍以降、「普通が普通でなくなった」とよく耳にします。
「普通に」幸せな暮らしがしたいということは誰もが願うことですが、何が普通で、何が普通でないのか?というテーマは普遍的でありながら、かつその尺度は非情に個人的なものでもあると感じています。
パーフェクトでなくていい、next to normal 普通の隣でいい、というこの作品の主題が浮かび上がってくるよう。
「4ヵ月以上続く悲しみは病気であり、薬で治療する必要があります」と言うドクターの言葉に
「たった4ヵ月!4ヵ月で悲しみなんて消えない」と叫ぶダイアナの言葉が印象的。
本当にそう。
愛するものを失った悲しみが4ヵ月で消える訳がないし、他人の尺度でその期間が決められる訳もない。
記憶を失い、オルゴールの音で息子の存在を思い出したダイアナを見て
「忘れようがない 忘れようがない きみを失った」と歌うダン。
まるで二人の想い、悲しみ苦しみがシンクロしているよう。
ダンにもダンのゲイブが見えていたのね。
「彼はいない 彼はいない」と繰り返しダイアナに語りかけていた歌声の切なさは、自分への言い聞かせでもあったのだと、最後になってわかって、涙がぶわっとあふれました。
誰かの悲しみを別の誰かの悲しみと比較することなんでできないけれども。もしかしたら、必死で正気で立っていた分、一番苦しんでいたのはダンだったかもしれません。
自殺をはかったダイアナの治療にドクターがECT(電気けいれん療法)を選択するシーンは、どうしても「カッコーの巣の上で」の電気ショック療法からのロボトミーが頭をよぎって、本当に怖かったです。
ダイアナの真っ赤なワンピースやブルーのシャツ。
ナタリーの持つ赤いリュック。
全体がモノトーンの中、時折差し色のように鮮やかな色が持ち込まれます。
この色にはそれぞれ意味が持たせられているのだとか。
そして、ECTで失った記憶を取り戻し、家を出る選択をしたダイアナのシャツは紫。
ポスター画像にもある通り、この作品のテーマカラーです。
ナタリーもほどなく成人して、この家を旅立っていくでしょう。
一人家に残るダンは、少しだけ肩の荷をおろして、今度こそ彼のゲイブときちんと向き合えるのかもしれません。
それですべてがうまくいくとは限らないし、ダイアナの病気も完全には治らないかもしれません。
それでも、前へ進もう。
完璧な家族のカタチではなくとも、普通の幸せでなくても、next to normal 普通の隣でいいじゃない。
前向きに歩き出す未来への希望が感じらるラスト、よかったです。
ダイアナの望海風斗さん。
宝塚歌劇団を退団してちょうど1年ですが、もうすっかり女性で(最初から女性です)、ちゃんと子を持つ綺麗な、少しやつれたママになっていて感心。
定評ある歌はもちろんすばらしかったですが、元男役の影を感じず高音も無理なく伸びていてこれまたうれしい驚き。
どんなに弱々しい歌唱も強く叫ぶ歌声も、きちんと歌詞が届くところも相変わらずすばらしい。
ゲイブの甲斐翔真さん。
イケメンで背が高くてマッチョで、いかにも「母が幻覚でつくり出した理想の息子」を視覚化した感じ。
時には甘く、また時には力強く歌いあげる歌唱もとてもよかったです。
ダンの渡辺大輔さん。
えーっと大ちゃんはもともと好きですので(笑)、あの特徴あるのびやかな歌声も甘いマスクの笑顔も好きです。
ゲイブでもおかしくないけれども(贔屓目)、生真面目で不器用で、でも必死にダイアナや家族を守ろうとしている感じがとてもよかったです。
屋比久知奈さん、大久保祥太郎さん、藤田玲さんは今回初めて拝見する方々でしたが、みなさん歌もうまくて高度安定。
屋比久さん、「ミス・サイゴン」のキムや来年は「ジェーン・エア」もやるって、スターじゃん!
この日は兵庫公演初日で、カーテンコールでは「ただいま~ 兵庫!」とテンション上がり気味の望海さん。
「西宮は私の庭のようなものです」とうれしそうでした。
甲斐翔真さんは前日早速、西宮ガーデンズで買物されたとか。
「生憎のお天気で・・・」と渡辺大輔さんにふられると、「(晴れ女)の力及ばず・・」とうなだれる望海さん。
「誰?誰?」と鋭い声で雨女探してお隣の屋比久知奈さん見るものだから、知奈ちゃん、小さい体をますます小さくしていました。
「こっち側ばかりじゃないかも」と大ちゃんに言われて、今度は客席に向かって「誰?」と大きな声出す望海さんに「そこは責めなくても」となだめる大ちゃん。夫婦漫才か(笑)。
望海さんのいた雪組がちょうど東京公演前のお休み中で、客席には朝美絢さんはじめ何人かジェンヌさんたちのお姿もお見かけしました。
望海さんもうれしかっただろうな。
また雰囲気ガラリと変わるという安蘭けいさんチーム観られなかったのが残念 のごくらく地獄度



