
かつて敏腕セールスマンだった63歳のウィリー・ローマンが 、帰宅した月曜日の深夜から自ら命を絶つ火曜日の深夜までの“24時間”を描いた作品。
言わずと知れたアーサー・ミラーの代表的な戯曲で1949年初演。
日本でも数々上演されてきましたが(最近だと長塚圭史さん演出、風間杜夫さん主演版がありました)、ご縁がなくてこれまで未見。
今回は主演の段田安則さんはもちろん、演出が「FORTUNE」(2020年)で鮮烈な印象を残したショーン・ホームズさんというのも楽しみにしていました。
PARCO PRODUCE 2020 「セールスマンの死」
作:アーサー・ミラー
翻訳:広田敦郎
演出:ショーン・ホームズ
美術・衣裳:グレイス・スマート
音楽:かみむら周平 照明:佐藤啓
出演:段田安則 鈴木保奈美 福士誠治 林遣都 前原滉 山岸門人
町田マリー 皆本麻帆 安宅陽子 鶴見辰吾 高橋克実
2022年5月20日(金) 1:00pm 兵庫県立芸術文化センター
阪急中ホール 1階H列センター
(上演時間: 2時間35分/休憩 20分)
物語の舞台は1950年代前後のニューヨーク。
かつて敏腕セールスマンとして鳴らしたウィリー・ローマン(段田安則)も今や63歳。
得意先も次々と引退する中、思うようにセールスの成績も上がらずかつてのような精彩を欠いて、二世の社長(山岸門人)からは厄介者として扱われていますが、それでも地方へのセールスの旅を終え、いつもの通り帰宅します。
妻のリンダ( 鈴木保奈美)は夫のウィリーを尊敬し献身的に支えていますが、30歳を過ぎても自立出来ない2人の息子ビフ(福士誠治)、ハッピー(林遣都)とは過去のいきさつにより微妙な関係となっています。セールスマンこそが夢を叶えるにふさわしい仕事だと信じてきたウィリーですが、ブルックリンの一戸建て、愛しい妻、自分を尊敬する自慢の息子、一度は手にしたと思った夢はもろくも崩れ始め、全てに行き詰まったウィリーは・・・。
オーソドックス版を観たことありませんが、それでも今回の演出がかなり斬新だということはわかります。
舞台の空間に浮かんでいるような2本の電柱と電線。
舞台中央には巨大な冷蔵庫。
電気の振動音のようなノイズ。
可動式で現れては消えていくウィリーの自宅のダイニングルームやオフィス。
その周りを浮遊するように動いたり自転車に乗った人々。
不確かで歪んだような時空。
ウィリーや家族の過去の記憶が織り込まれるフラッシュバックの手法は初演当時斬新だったということですが、今回の演出ではそれらすべてがウィリーの脳内世界のように感じられます。
部屋のセットから舞台へと降り立ち、1人でとりとめもなく話すウィリー。
現在と過去の間をさまよい、老いや衰えに直面し、理想と現実がかけ離れていることを実感し失望して、やがて自分だけの精神世界の中に取り残されていくウィリー。
ウィリーにもうけ話を持ち掛ける兄のベン(高橋克実)は声も表情も明るいけれど、いつも白い服を着ていて、すでにこの世にはおらず、ウィリーの心の中の存在であることを象徴しているよう。
象徴といえば、あの大きな冷蔵庫は、ウィリーがローンで築いたマイホーム、すなわちウィリーの人生の夢の象徴だったのでしょうか。
ラストで死を選ぶウィリーがその冷蔵庫の中に入ることで表されているのは、夢に吞み込まれてしまった結果のようで、何とも切なく痛々しかったです。
そういえば「FORTUNE」でも無機質でだだっ広い空間に、ダイエットコークがぎっしり詰まった冷蔵庫がぽつんと置かれていたなぁと思い出しました。
ショーン・ホームズさん、冷蔵庫は何かの象徴にするのがお好きなのかしら。
「似合う年齢になったらやりたいと思っていた」という段田安則さん。満を持してのウィリー役登板です。
夫として父親として絶対の自信に満ちて家族にも周囲の人たちにも強く接していた若かりし頃、老いに直面して現実を見失い、喪失感を抱える現在を陰影のある演技で描出。
どんなに激高してもどれほど弱々しいつぶやきでもきちんと届くさすがの台詞術は相変わらずすばらしい。
厳しく重い内容の作品でしたが、カーテンコールの笑顔を見て少しほっとしました。
鈴木保奈美さんを舞台で拝見するのは初めてでした。
というか調べたら、1997年の「郵便配達夫の恋」が最初で、2020年の「スジナシBLITZシアターVol.12」まで飛んで今回が3作目。
そりゃ観ていない訳です。
映像では現代的で勝気な女性というイメージが強い保奈美さんですが、ウィリーに寄り添い、息子たちとウィリーとの間の不穏な空気を明るくしようとするよき妻、よき母でした。それだけに、ウィリーが逝ってしまった後のリンダが心配。
福士誠治さんのビフ、林遣都さんのハッピーというそれぞれに屈折を抱えた息子たち、ビフの友だちで少年時代は”負けている側”だったにに成長して弁護士になるバーナードの前原滉さん、そのお父さんでウィリーの友人でもあるチャーリーの鶴見辰吾さん、ウィリーの兄でこの作品の浮遊感を象徴しているようなベンの高橋克実さん・・・役者さんは皆よかったです。
フライヤーには記載がありませんでしたが、ステージングはあの小野寺修二さんだそうです。
今回の演出は終局(リンダの独白部分かな?)がカットされ、原作にある鎮魂のトーンが消えているのだとか。
「作品をよく知る人に向く演出」という評を見かけて、なるほどなと思いました。
確かに、この演出は言うなれば「セールスマンの死」上級者編かな。
物語を理解できないことはありませんでしたが、原作をきちん把握してから観た方がより深まったのではないか、いや、正統派版観てみたいぞ、と思った「セールスマンの死」初心者の不肖スキップでした。
ダスティン・ホフマン主演の映画もあるのですって。機会があれば観てみたい のごくらく地獄度



