
「生き延びよう」
「今の星で生きていけないなら別の星を探そう。優しくてあったかい星を探すんだ。宇宙に星はたくさんあるから、安心して住める星がひとつぐらいあるはずだ」
最後にダレンがエリオットに言ったこの言葉。
そこに重なる激しい爆撃音。
今思い出しても涙が出てきます(これ書きながらまた泣いている・・・)。
「マーキュリー・ファー Mercury Fur」
作:フィリップ・リドリー
演出:白井晃
翻訳: 小宮山智津子
美術: 松井るみ 照明:齋藤茂男 衣裳:太田雅公
出演:吉沢亮 北村匠海 加治将樹 宮崎秋
小日向星一 山﨑光 水橋研二 大空ゆうひ
2022年2月26日(土) 12:00pm 兵庫県立芸術文化センター
阪急中ホール 1階C列下手
(上演時間: 2時間15分)
イギリスの劇作家 フィリップ・リドリーが2005年に書き下ろした作品。
2015年に白井晃さん演出で日本初演され、過酷な状況下で生きる兄弟を演じたのは、今をトキメク高橋一生さんと瀬戸康史さん。
今回、吉沢亮さん、北村匠海さんという人気者の共演ということも相まってチケット戦線がとんでもないことになり、世田谷パブリックシアターが転売と確認されたチケットの入場不可宣言まで出す事態となりました。
荒れ果てた廃墟のような暗い部屋にエリオット(吉沢亮)とダレン(北村匠海)兄弟がやってきて、何やら”パーティ”の準備をするため、部屋を片付け始めるところから物語は始まります。
兄のエリオットは足が悪く片足を引きずって歩き、弟のダレンは障害があるらしく言葉をうまく理解できないところがあるようです。
二人の会話から、少しずつわかってくることは
・ここは近未来の、ディストピアと化したロンドン
・街は暴力、略奪、殺人で荒廃し、幻覚作用のある「バタフライ」という薬物が蔓延している
・エリオットはバタフライを売って日銭を稼ぎ、ダレンはバタフライ常用者で記憶が混濁している
そこに一人、また一人と加わる登場人物たち
・この部屋に迷い込んできてバタフライ欲しさに準備を手伝い、ダレンと意気投合するナズ(小日向星一)
・トランスジェンダーでエリオットの恋人?のローラ(宮崎秋人)
・彼らのリーダー格のスピンクス(加治将樹)と彼が連れてきた「姫」と呼ばれる盲目の女性(大空ゆうひ)
・”パーティプレゼント”と呼ばれる、薬物中毒でほぼ意識が飛んでいる様子の少年(山﨑光)
・そしてこの日のパーティゲスト(水橋研二)
新たな人物が現れるたびに不穏さが増幅され、ナズが、姫が、それぞれ語る過去の惨たらしく痛ましい体験を聴くにつれ、自分の心がどんどん消耗していくのを感じます。
そんな中、とても嫌なものがじわじわと近づいて来るように、締め付けられるように明らかになる”パーティ”の正体。
ゲストのリクエストは少年を虐待すること。彼はそうすることで興奮を覚えるサディスト。
ところが、”パーティプレゼント”が死んでしまい、スピンクスはナズを代わりに差し出すことにします。
反対するエリオットとダレンにスピンクスは、近々この街を破壊する大規模な集中爆撃が始まり、そのあと兵士が町を支配しにやってくるらしいこと、軍関係者であるゲストに報酬として、彼が知っている「安全な脱出ルート」を教えてもらうことを告げます。
パーティが行われるのは閉じられたドアの向こうの部屋なので中の様子は見えませんが、飛び交う怒声やナズの悲鳴にどんな残忍な行為が繰り広げられているか目の当たりにしているような感覚になり、蹴るようにドアを開けて現れる彼らの血みどろの姿は直視できないほど。
エリオットやダレンはこの残虐さに耐え切れず反発し、ダレンは拳銃でゲストを撃ち殺します。
「生きること、愛することの答えを探す残酷な寓話」と題されたレポートを見かけましたが、必ずしもこれが”寓話”とは思えない現実が私たちの周りにあることに戦慄する思い。
弱い者が狂気の権力者に追い詰められ、自分より弱い者を犠牲にする姿。
血とか残虐行為とかよりもっと恐ろしいものを目の前に示されたように思えて、本当に怖くて怖くて、指先まで冷たくなりました。
そこに追い打ちをかけるような爆撃音。
多分それまでに精神的にいっぱいいっぱいになっていたと思われる不肖スキップ、ここで落涙。
スピンクスたちが脱出した後、二人残ったエリオットとダレン。
ダレンの頭に拳銃をあて、ともに死のうとするエリオットに、それまで兄に頼り切っていたダレンは、エリオットを抱きしめ、冒頭に書いた言葉を放ちます。
「宇宙に星はたくさんあるから、安心して住める星がひとつぐらいあるはずだ」
そんな声をかき消すような閃光と一層激しい爆撃音に包まれる二人・・・。
劇中に出てきた「サウンド・オブ・ミュージック」の「Climb Every Mountain」が流れる中、舞台がゆっくりと明るくなって、誰もいない部屋のあちらの扉、こちらの窓から役者さんたちが次々現れるカーテンコールとなって、エリオットもダレンも笑顔で、何だかとてもほっとしたのでした。
吉沢亮さんのエリオットは、いつも苛立っていて、何かに追い立てられているように見えました。
常にテンション高く声を張っている感じで、もう少し緩急があってもよかったかなと思いましたが、弟のダレンをとても愛していて大切に思っていて、それだけにかつて弟を残して自分だけ逃げてしまったことが心に深い傷を落としているエリオットが切ない。
北村匠海さんはこれが初舞台ということですが、これまで歌っているところとドラマで軽い役をやっている姿しか観たことがありませんでしたのでうれしい驚きでした。
ハイトーンボイスで幼さが見えるいかにも弟キャラで、精神的に脆さもあるけれど、時として核心を突く言動を見せるダレン。
何もかも飲み込んで生きているようなローラの宮崎秋さん、いかにも高圧的なボス然としていながら、エリオットもダレンも姫も自分が守らなければという気概と温かさが見え隠れするスピンクスの加治将樹さんもとてもよかったです。
そして大空ゆうひさん。
ゆうひさんって、元宝塚トップスターの中では選ぶ作品や役が本当に独特。
狂気なのか幻想の中なのかで生きている女性ですが、かつては優しく愛情深い母だったのだろうと思わせる姫。
姫が盲目なのは、もしかしたら今の厳しい現実を見たくないからなのかなとも思いました。

物語の世界もさることながら、ラストの爆撃音があまりにも今の世界とシンクロしすぎていて、震える思いで劇場を出たらこの青空が広がっていて、また訳もなく涙がでました。
とても観応えあったけれどもう一回観るのはご遠慮したい作品がまた一つ のごくらく地獄度



