2022年01月08日

「THE BEE」 がいつまでも成立する世界


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2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件に触発された野田秀樹さんが、ロンドンで現地演劇人とワークショップ壮を積み重ねて書き下ろし、2006年にロンドンで初演された英語戯曲。翌2007年、日本語版が東京で初演され、2012年の再演を経て、今回キャストを総入れ替えして9年ぶりの再々演となりました。

2012年の再演版で初めて観たのですが、あの時の衝撃は今も鮮やかに心に刻まれています。


NODA・MAP番外公演 「THE BEE」
原作: 筒井康隆~「毟りあい」より~
共同脚本:野田秀樹 & Colin Teevan
日本語脚本・演出:野田秀樹
美術:堀尾幸男   照明:服部基   映像:奥秀太郎  
出演:阿部サダヲ  長澤まさみ  河内大和  川平慈英

2021年12月24日(金) 6:30pm ナレッジシアター F列センター/
12月25日(土) 6:30pm I列上手
(上演時間: 70分)



2012年版の感想はこちら


物語: 妻子の待つ家に帰宅しようとしていたサラリーマンの井戸(阿部サダヲ)は、自宅の周りに警察の警戒線が張られ、無数のメディアが集まっていたことから、脱獄した殺人犯・小古呂(川平慈英)が妻子を人質に自宅に立て籠もっていることを知ります。小古呂が会いたがっている妻(長澤まさみ)に説得を頼みに行ったものの断られ、逆上した井戸はその妻と息子(川平慈英)を人質として逆襲に出ます・・・。



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舞台模型
幕間がなく、終演後だけロビーの端っこにひっそり飾られていたので気づかない人も多いようでした。2012年版ではこの模型と同じ茶色い紙でしたが、今回の舞台では真っ白の紙が使われていました。


70分という短さとはいえ、とても濃密で緊迫した時間の連続なので観終わった後はぐったり、しかも物語としてのあと味はかなり悪い・・・。
けれども、その演劇としてのチカラが圧倒的で私たちの心を捉えて放さない作品です。
一つにはそれが訴えるテーマで、もう一つは演劇的手法として。


暴力による報復からは暴力しか生まれないという「暴力の連鎖」というテーマの普遍性。
前回の上演から9年、初演から数えると15年経った今も、世界は、人類は、それをまだ繰り返し続けています。
今回のプログラムに掲載された内田洋一さんのインタビューで野田さんが最後に結んだ言葉
「この作品が今でも通用するということはつまり世界が不幸だということなんですよ・・・『THE BEE』がいつまでも成立してしまう。初演から15年経っても」が心に突き刺さります。


人質にされた自分の妻子を解放させるための手段として、犯人の妻をレイプし、子供の指を切り落として相手に送りつける井戸。
多分井戸の家でも同じことが行われいて、井戸のもとに送られてくる子供の指。

知性も良識もあったはずの温厚で平凡な男性が、自分の内なる暴力性に支配され狂気の淵へと追い立ててられていく様は目を覆いたくなるほどです。
そして、その狂気の矛先となる小古呂の妻が暴力に屈服し、極限状態の中からそれに慣れ従い、命じられる前に自らの指を差し出すようになる姿は、観ていて背筋が冷たくなる思い。
小古呂の6歳の子供も、指を1本ずつ切り落とされ、最初は泣き叫んでいたのに、最後は表情をなくして自ら手をテーブルの上に置いたことに今回初めて気づきました。
観ていて本当に絶望感というか、無力感に苛まれます。


野田さんがおっしゃるところの”演劇の根源的な力”である「見立て」。
今回基本的に演出は2012年版と変わっていません(多分初演からずっと変わっていないはず)。
その鋭さすばらしさが少しも色褪せていないことに感嘆するばかりです。

「見立て」について2012年版の感想に書いたものを以下に再掲します。

たとえば鉛筆。
手に鉛筆をはさみ、これを指に見立て、鉛筆を折ること=指を切断すること という約束事・・・これは舞台だから成し得ることで、映像では成立しないものでしょう。指を切断して血の一滴すら流れないのに、観ている私たちはどんなスプラッタな映像よりも強くイマジネーションを刺激され、直視に耐えかねる痛みに顔を歪めることになるのです。小道具と、演出と、そしてもちろんそれをそれと見せる役者さんの演技力と。
演劇の力って凄い。「見立て」の威力って凄まじい。


鉛筆以外にも、大きな紙一枚が、壁になったり柵になったり、小さくちぎって封筒になったり。
帽子の使い方も際立っていました。
長澤まさみさんがポールのようなものに帽子(キャップ)をかぶせてそれを息子に見立てていたかと思うと、井戸を案内してきた刑事の川平慈英さんが振り返りざまにその帽子をパッと取ってかぶって正面を向くと、その息子になっちゃう鮮やかさ。

初めて観た時は驚いて感嘆して、一つひとつ息をのむ思いで観ていた記憶がありますが、9年の間にいろんな舞台を観てきて、今回すべてわかって観ていてもやはり凄いとしか言いようがありません。


阿部サダヲさんは、この作品の上演とキャストが発表された時、「あの役をサダヲちゃんがやると思うと今から怖い」とつぶやいたワタクシですが、やっぱり怖かった。
被害者が加害者となり、温厚な普通のサラリーマンが狂気へと暴走していく凄まじさを見せつけられながら、まるで劇場全体がその狂気に覆われていくような気がしました。
時折、「あれ、サダヲちゃんなの?」と思うほど、これまで観たこともない表情を見せる場面があって震えたな。
尾藤イサオさんの「剣の舞」に乗って見せる狂気の踊りも、どんなにブチ切れて叫んでも声がぶれず台詞がきちんと届くにも、いつもながらすばらしいです。

12/24に観た時、通路側の席だったのですが、開演時間過ぎて後ろからサラリーマン風の男性が歩いて来たので「遅れて来た人かな?」と思って横通る時にお顔見たらサダヲちゃんでびっくり。

この日のカーテンコールでは鳴り止まない拍手に下手奥に一人顔を出して、客席に向かって拳銃ぶっ放し、茶目っ気たっぷりの笑顔ではけていかれました。12/25はやっていなかったので毎回という訳ではなかったのね。


サダヲちゃん以外の3人は警察官やマスコミや何役も兼ねていましたが、滑舌もよく動きもシャープで皆さんすばらしかったです。
長澤まさみさんや川平慈英さんが本来持つ明るさのせいもあってか、全体的にウエットになり過ぎないのもよかったな。



今回、NODA・MAPはじめ各種先行全滅しまして、もちろん一般発売で取れる訳もなく「今回は観られないのかなぁ」とあきらめムードの中、ダメ元でチケプラのリセール申し込んだところ、こちらも最初の方は連敗続きだったのですが、急にクリスマスイブとクリスマスの2日続けて当選して、しかも電子チケットダウンロードしたらどちらも結構な良席で、何だか舞台の神様からクリスマスプレゼントいただいた気分でした。



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ナレッジシアター なかなかの気合入りっぷりでした。
ストプレはこれくらいの大きさのハコで観るお芝居がやっぱり好きだなぁ のごくらく度 (total 2252 vs 2250 )


posted by スキップ at 23:06| Comment(2) | 演劇・ミュージカル | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
SNSを拝見して、スキップ様、2回もご覧になるんだ(私は全然取れなかったさ)!と思っていたのですが、そんなわけでしたか。
私はNODA・MAPと芸術劇場の先行に外れた時点で諦めてしまいまして……以前なら、他の先行や当日券チャレンジは絶対してたと思うんですが、昨今の状況でそのエネルギーが出ず、でした。ああ、見習わねば。今年はこのエネルギー、モチベーションの部分をこそ、なんとかせねば、と強く思ったことでした。
(スキップ様には宝塚があるから、わくわくツヤツヤしてらっしゃるんだ、とも思ってるんですが)
Posted by きびだんご at 2022年01月18日 11:07
♪きびだんごさま

私も結構心折れまして、かなりあきらめモードだったのですが、
チケプラは一度エントリーするとその回のチケットが出品される
限り、当たるまで毎日12時に何度でも抽選していただけるということ
を今回初めて知りました(ちろん最後まで当たらない場合もある)。
ですので、行ける日を最初に1回エントリーしておくだけで後は
果報は寝て待て状態で大変ありがたかったです。

確かに宝塚は今の私の活力になっているかもしれません。
公演を楽しむことはもちろん、チケ取りの面でもいつもかなり
気合入っています(^^ゞ
Posted by スキップ at 2022年01月19日 18:22
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