2022年01月12日
60年の時を結ぶ物語 「彼女を笑う人がいても」
昭和35年6月17日 主要新聞7社が「暴力を排し 議会主義を守れ」と題して掲載した共同宣言。
物語の最初と最後にスクリーンに映し出されるこの共同宣言が、降りしきる雨のように津々と心にのしかかる舞台でした。
「彼女を笑う人がいても」
作:瀬戸山美咲
演出:栗山民也
美術:松井るみ 照明:服部基
映像:上田大樹 衣装:前田文子
出演:瀬戸康史 木下晴香 渡邊圭祐 近藤公園
阿岐之将一 魏涼子 吉見一豊 大鷹明良
2021年12月30日(木) 12:00pm 兵庫県立芸術文化センター
阪急中ホール 1階C列(最前列) 上手
(上演時間: 1時間45分)
物語:東日本大震災後も故郷東北に帰れない避難家族の長期取材を続けてきた高木伊知哉(瀬戸康史)は、連載の中止と広告部門への不本意な異動を下命され、新聞記者を続けるべきか迷う中、タクシー運転手だった祖父高木吾郎(瀬戸康史二役)もかつて新聞記者だったことを知り、その取材ノートを読み返します。そこには、1960年安保闘争に加わった学生達の声、死亡した女子学生の真実を探る日々がつづられていました。60年以上の時を経て、2人の姿は重なっていきます・・・。
2021年の今と1960年安保闘争の時代。
暗転はなく、終始緊張感を失わずシームレスに2つの時代を行き来して展開する物語。
どちらの時代でも記者は報道の真実と正義を追求し続けますが、必ずしもその思いが結実する訳ではなく、それは60年前も今も少しも変わっていない現実が切ない。
冒頭、スクリーンにモノクロで映し出される建物を「国会議事堂かな?」と思いながら見ていて、その場所を無数の傘の群れが取り囲んでいることに気づきます。そこに重なる共同宣言のナレーション。
60年安保デモで東大生の樺美智子さんが亡くなったことはおぼろげに知っていました。
「彼女を笑う人がいても」というこの舞台のタイトルは、樺さんが高校時代に書いた「最後に」という詩の一節からとられたものだとか。
誰かが私を笑っている
向うでも こっちでも
私をあざ笑っている
でもかまわないさ
私は自分の道を行く
この舞台に彼女は登場しません。高木吾郎の取材で浮かび上がる周りの人たちの言葉のみで語られます。
彼女が亡くなったことは知っていても、その死がデモ隊に押しつぶされたものか、警官隊の暴行によるものなのか、今も真実が明らかになっていないことも、そしてその2日後に「暴力を排し 議会主義を守れ」と、主要新聞社が全く同じ言葉を紙面に掲載した「七社共同宣言」が出されたことなど全く知りませんでした。
報道機関の中立性、独立性を投げ捨てる行為だと批判し、報道は死んだとペンを捨てる決意をする高木吾郎。
事実、この宣言以降メディアの論調はそれまでと一変してデモ隊を批判する方向へと舵を切り、それに迎合する世論、という構図が出来上がったそうですが、こういった類の情報操作は今も公然と行われているし、全然変わってないよね、と、暗澹たる思いでした。
ただ、高木目線からは体制側と映る新聞社の上層部・・・1960年の主筆(大鷹明良)、2021年のデスク(魏涼子)・・・を短絡的に”悪”とせず、彼ら自身の立場でそれと信じる”正論”を述べさせて、それは高木吾郎、伊知哉とは相容れない考えではあるけれども、説得力とリアリティを持って聞かせるのも、このホンのすばらしいところだなとも感じました。
時空が2つの時代を行き来するように、役者さんたちもそれぞれの時代で別の役柄を演じます。
ほぼ出ずっぱりの瀬戸康史さんは、柔らかく繊細な雰囲気ながら、どちらの時代でも記者という仕事に信念と正義感を持って真摯に取り組む姿が、確かに血を受け継いでいることを感じさせます。
1960年では彼女に影響を受けた友人の山中誠子、2021年は原発事故の避難者で故郷を離れて父と暮らす岩井梨沙を演じた木下晴香さんはこれがストプレ初挑戦だとか。
お顔をはっきり認識できていなくて最初別々の女優さんかと思っていました・・・ということは演じ分けすばらしかったということですね。透明感のある雰囲気で台詞の口跡もよく、これからも楽しみです。
1960年で渡邊圭祐さんが演じていた東大大学生・松木が2021年では83歳になって吉見一豊さんが演じ、渡邊圭祐さん演じる高木の後輩記者の大学の先輩(ややこしい💦)で、その縁で高木が松木に話を聞くことができるという演劇的手法もおもしろかったです。
冒頭と同様、国会議事堂前の雨と傘の群れで終幕する舞台。
静かに降り続く雨は、”彼女”への追悼のようでもあり、安保闘争も震災復興もすべてを包み込むようでもありましたが、それはまた、それらを決して忘れることのないようにと私たちに語りかけるようにも感じられました。
日本にもまだまだ知らないこと、知らなければならないことたくさんあります のごくらく地獄度 (total 2254 vs 2252 )
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