友人に誘われて「蜘蛛女のキス」という映画を観たのは何年前のことでしょう。
内容全く知らずに観て衝撃を受け、モリーナを演じたウィリアム・ハートがすばらしくて、今でも忘れられない映画のひとつです。
原作は1976年にアルゼンチンで出版されたマヌエル・プイグの小説で、ブイグ氏自身が戯曲化して1981年にマドリードで初演、1985年にレナード・シュレイダーの脚色とエクトール・バベンコの監督により映画化(私が観た映画はこれ)、1991年にジョン・カンダーとフレッド・エッブの作詞・作曲によりミュージカル化された作品。
ストプレ版、ミュージカル版ともに日本でも何度か上演されていて、「コンボイの今村ねずみさんのモリーナで観たなぁ」と調べてみたら2005年でした(バレンティンは山口馬木也さん)。
上演記録には、村井國夫さんモリーナ、岡本健一さんバレンティンというキャスティングもあって、今さらながら「観たすぎるやん!」と思いました。
ミュージカル版を観るのは今回が初めて。
演出された劇団チョコレートケーキの日澤雄介さんもミュージカル初演出だそうです。
ミュージカル 「蜘蛛女のキス」
脚本: テレンス・マクナリー (マヌエル・プイグの小説に基づく)
音楽: ジョン・カンダー
歌詞: フレッド・エブ
演出: 日澤雄介
翻訳: 徐 賀世子 訳詞: 高橋亜子
音楽監督: 前嶋康明 振付: 黒田育世 美術: 二村周作
照明: 佐々木真喜子 衣装: 西原梨恵 映像: ムーチョ村松
出演: 石丸幹二 安蘭けい 相葉裕樹/村井良大(Wキャスト)
鶴見辰吾 香寿たつき 小南満佑子 間宮啓行 櫻井章喜 ほか
2021年12月18日(土) 12:00pm シアター・ドラマシティ 10列センター
(上演時間: 2時間55分/休憩 20分)
物語の舞台はファシズムが支配するラテンアメリカ某国の、非人道的拷問が横行する刑務所。
同性愛者のモリーナ(石丸幹二)の獄房へ若き政治犯バレンティン(相葉裕樹)が引っ立てられて放り込まれてきます。
映画を愛し、ウィンドースタイリストで美しいものが大好きなモリーナと、世の中の変革を信じて社会主義運動に身を投じてきたバレンティン・・・人生も価値観も全く異なる2人は、互いを理解できずに激しく対立しますが、モリーナが心の支えである華やかな大女優オーロラ(安蘭けい)の映画の素晴らしさをバレンティンに語って聞かせ、次第に2人は心を通わせるようになります。しかし所長(鶴見辰吾)はモリーナの病気の母親(香寿たつき)を材料に圧力をかけ、バレンティンの秘密を聞き出すよう取引を持ちかけ・・・。
ファシズム、政治、貧富、マイノリティ、人間の尊厳、愛、生と死・・・ダークで厳しくて、胸が押しつぶされそうな内容です。
これまではモリーナとバレンティン、2人の物語として観ていましたが、今回最も印象が違ったのは、モリーナと蜘蛛女(オーロラ)の物語になっていたことです。
調べたところ、「ミュージカル版は原作や映画版とは異なり、蜘蛛女が主人公に設定されているのが特徴的である」ということでしたので、なるほどなと思いました。
「蜘蛛女」はモリーナの憧れの女優オーロラが映画で演じた役で、死を象徴するキャラクター。
公式サイトのコメントで安蘭けいさんは「オーロラはモリーナにとって永遠の憧れで絶対的存在ですが、彼女の演じる蜘蛛女は、モリーナにとっては死の象徴なのだと思います。だからオーロラには絶対的なカリスマ性が必要だと思っています。」と語っていらっしゃいますが、その安蘭さん演じるオーロラ/蜘蛛女の存在感たるや。
深いスリットの入った黒いドレスで、胸元にもスリットから覗く脚にも蜘蛛の巣のような黒い網目を見せると一瞬で空気が変わるよう。ただ立っているだけで、そこに「蜘蛛女がいる」と思わせます。あの姿を見ていると、蜘蛛女は死とか生とか、性別も超越した存在なんだなと感じられます。
お得意の歌はもちろんすばらしい上に、オーロラとしてドレスや白燕尾まで、衣装をあれこれ替えつつ歌い踊る場面はとても華やか。
後半のオーロラが演じた映画の場面(映像)は見入ってしまいました。
日澤さんの演出は、モリーナの夢のような、華やかな幻想と、現実の冷たく暗い牢獄の場面との対比が鮮やか。
刑務所長はいつも二階建てになった下手の高い位置にいて、モリーナやバレンティンや受刑者たちを見下ろしているのも象徴的でした。
頑なだった心を次第にモリーナに寄せるようになったバレンティンが、肉体的にもモリーナと結ばれるくだりは愛なのか打算なのか、観る側の判断に委ねられるところだと思いますが、今回の演出ではそこに愛があった訳ではなく打算・・・つまりモリーナを利用しようとしてとった行動のように感じられました。
が、いよいよモリーナが釈放されて牢獄を出て行く別れの場面でのキスは、バレンティンの方からモリーナにするキスで、もちろん抱き寄せて耳元で伝言を伝えるという意図はあったにしても、そこには愛とまでは言えないまでもモリーナへの思いがあったと信じられるキスでした。
その伝言が、ブルジョワの恋人マルタ(小南満佑子)へのものだったのが違和感。
私の記憶では、バレンティンのゲリラ仲間への伝言だったと思っていたのですが・・・これはミュージカル版の改編かな?
どんなに拷問されても口を割らず守り抜いたバレンティンの秘密が、仲間のことではなくて、愛する女性のこと、しかもその女性は富裕層で”体制側”の人間-つまりバレンティンのとって一番大切なものは革命の理想ではなく個人的な恋愛感情だったということに、何ともやり切れない思い。
その伝言を聞いたマルタの反応がまたいかにも迷惑そうで「関わりになりたくない」といったものだったのが、その後のモリーナを知っているだけに一層やり切れない。
もう一つの違和感はラスト。
マルタに電話をかけていたことで再度逮捕され、拷問されてバレンティンの前に引き出されても決して口を割らず、銃殺されるモリーナ。
・・・で、その後に始まる場面。
モリーナは煌びやかな白燕尾のスターになって歌い、バレンティンも所長も、登場人物たちが皆見守る中で蜘蛛女と踊りキスをするショーアップされた場面に、モリーナの憐れな死に流した涙も引っ込む思い。
最初は「え?これ、いきなりフィナーレが始まったの?」と思ったのですが、ここまでが物語の中だった模様。
モリーナの夢のような場面ではあるにしても、ハッピーエンドに持ってきたということ?いやいやいや、それはないでしょう。
これもミュージカル版ならではの改編なのか今回特有の演出なのか、他のミュージカル版を観ていませんのでわからず。
上述した蜘蛛女の安蘭けいさんはもちろん、石丸幹二さんの繊細なモリーナ、武骨な雰囲気が意外にもハマった相葉裕樹さんのバレンティンを包み込むような歌声の香寿たつきさんのモリーナの母はじめ役者さんは皆よかったです。個々の歌唱もアンサンブルも聴きごたえありました。
この日は相葉裕樹さん千穐楽だったらしく、カーテンコールで「相葉くん千穐楽でした〜」と石丸さんが紹介して「ありがとうございましたーっ!」と笑顔で手を振る相葉くん。
カテコラストは安蘭・石丸・相葉の3人で腕組んで下手まで行ったところでとうこさんだけ先に袖に入って石丸さん相葉くんカップルで腕組んで笑顔てはけて行かれました。
ハッピーエンドには断固反対派です の地獄度


