「ジョナサン・マンビィが『ピーターパン』を演出」と聞いて「ほぅ?」と思いました。
これまで観たマンビィ氏の演出作品といえば、「るつぼ」(2016年)も「民衆の敵」(2018年)も、苦しくなるくらい重い内容の社会派ドラマという印象が強かったから。
佐藤健くんと石原さとみちゃんの「ロミオ&ジュリエット」(2012年)もありましたが。懐かしい。
ジェームス・マシュー・バリー原作の「ピーターパン」をイギリスの若手作家 エラ・ヒクソンがウェンディの視点から翻案して、2013年にジョナサン・マンビィの演出により英国ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーで初演した作品。今回が日本初演です。
DISCOVER WORLD THEATRE vol.11
「ウェンディ&ピーターパン」
作: エラ・ヒクソン(J.M.バリー原作より翻案) 翻訳: 目黒条
演出: ジョナサン・マンビィ
美術・衣裳: コリン・リッチモンド
音楽: かみむら周平 照明: 勝柴次朗
音響:井上正弘 映像:上田大樹
振付:黒田育世 広崎うらん
出演: 黒木華 中島裕翔 平埜生成 前原滉 富田望生
山崎紘菜 下川恭平 玉置孝匡 石田ひかり 堤真一 ほか
2021年8月20日(金) 1:00pm オーチャードホール 1階2列(最前列)センター
(上演時間: 2時間50分/休憩 20分)
物語の舞台は1908年のロンドン。
ダーリング家は、ウェンディ(黒木華)と弟たち・・・ジョン(平埜生成)、マイケル(前原滉)、そして体の弱いトム(下川恭平)が子供部屋で戦争ごっこをして楽しく遊び、両親のダーリング夫妻(堤真一、石田ひかり)が温かく見守る幸せな家族でした。ところがトムが高熱を出し、皆が寝静まった夜に子供部屋の窓からピーター(中島裕翔)がやってきてトムを連れ去ってしまいます。
それから1年後、夫妻の仲もギスギスしたダーリング家の子供部屋に再びピーターパンが現れます。ウェンディはジョンとマイケルを叩き起こし、トムを探すためにピーターとともにネバーランドへと旅立つのでした・・・。
物語の流れはよく知られた「ピーターパン」そのもので、無邪気で楽しいことが大好きな少年、だけど子供だからこその身勝手さや残酷さも持っている、というピーターのイメージもそのまま。
ですが、以前観たブロードウェイミュージカル「ピーターパン」(ホリプロのアレです)が、子どもが観ても楽しいファミリーミュージカルだったのに対して、こちらはいささかビター。
「大人も楽しめる」というより、「大人が楽しめる」舞台という印象です。
ちなみに、ワタクシ、この作品、ずっとミュージカルだと勘違いしておりまして(会場もオーチャードホールだし)、観ている途中で「あ、ストプレ?!」と気づいた次第であります💦
最も強く印象に残ったのは、「女性の自立」という視点。
最初の子供部屋のシーンで弟たちの戦争ごっこにウェンデイが「私も入れて」というと「ダメ!女は戦争ごっこに入れないんだ」と拒否されるところに始まって、随所に当時の女性の立場を描写する言動があります。
そんな中、ウェンディが、ミセス・ダーリングが、そしてティンクがタイガー・リリーが、女の子は、女性は、こうあるべきという世界から飛び出し、もがきながらも自分を縛りつけていたものから解き放たれて前へ踏み出していく姿が描かれています。
「女の子だって負けないわ」と、ウェンディが反発するティンクを説得し、とタイガー・リリーと3人で力を合わせて海賊たちに立ち向かうシーンの鮮やかさ。
ラストのミセス・ダーリングが自分の仕事を見つけてきたと家族に語る場面もこの作品のテーマを象徴しているよう。
ただ、ラストは、何年も経って迎えに来たピーターに「ずっと待ってたけどもう大人になってしまったから一緒に行けない。飛び方も忘れたわ」とウェンディが告げるブロードウェイミュージカル版の切なさが好きでした。
キャラクターとしては、フック船長が血も涙もない極悪人と描かれているのも、これまでとは若干異なったイメージ。
その分、怖さも憎々しさも拍車がかかって迫力ある悪役っぷり。
一方で、海賊たちの中にも男らしいことが万能ではないと考える人もいて、いかにもジェンダーフリーの時代の物語だなという印象です。
ティンクが今まで見たことも聞いたこともない強烈キャラ。富田望生さん、しっかり把握させていただきました。いや~、楽しかった。
そして、ウェンディの末弟トムは原作にはいない登場人物。
だからウェンディたちが「トムを探して連れ戻しに」ネバーランドに行くという理由もこの作品のオリジナルです。
ネバーランドでロストボーイたちに交じったトムに会えたけれど、「連れて帰るべきではない」ときちんと理解するウェンディもよかったな。
舞台美術の美しさも特筆ものでした。
細部にわたってつくり込まれた子供部屋。
正面に大きく切られた窓に現れるピーターパン。
高い天井が星空になって、無数の星が煌めく中、ピーターとともに飛ぶウェンディたち。
絵本を広げたような、魔法のような、夢のようなファンタジーの世界。
心の自由を手にしたウェンディのラストのフライングは、まるで星々の中に溶け込むようで、涙が出そうなほど綺麗でした。
そこに重なる映像と照明、音楽の美しさ。
ゆったり回りながら奥から出てくる海賊船や、ピーターにいつもコロスのような6人の「影」がついていて、ピーターがフライングだけでなく“人力”で飛ぶのもおもしろい演出でした。
黒木華さんのウェンディはみずみずしくのびやか。
弟を思うやさしさも、賢さも明るさも、揺れ動く心も、悪に立ち向かう勇気も強さも、そして家族の再生への願いも、細やかに描出。
メイクしてるの?と思うくらい素顔っぽい笑顔も魅力的。台詞は相変わらずくっきり。
ピーターパンにはカッコよすぎじゃないかしらと思っていた中島裕翔くんですが、子供でも大人でもないピーターパン、よかったです。
アグレッシブで怖いもの知らずだけど繊細な心も持つピーター。
ビジュアルの美しさも、ちょっと心を持たない感じの(褒めています)人間離れして見えるところもいかにもピーターパンでした。
身体能力を活かしてフライングは大きくて華やか。“人力”フライングも姿勢をキープするの大変そうですが微動だにせず綺麗でした。フック船長との殺陣対決も迫力たっぷり。
そして
悪役フェチの不肖スキップといたしましては、堤真一さんのフック船長ですよ。
ピ ーターへの憎悪とウェンディ、タイガー・リリーたちに一点の同情心もない冷酷な心を持つフック船長。
船のへりに片脚かけて立つフック船長を乗せた海賊船が奥から舞台手前へと近づいてくる時のカッコよさ。く~っ、シビレる

片手でも殺陣はキレッキレの上に相変わらずいい声爆弾炸裂で、久しぶりにカッコいい堤さんを堪能した気がします。
一転して温厚なダーリング家のパパもいい感じ。
「よく知っている物語でありながら、同時にまったく新しい物語」とマンビィさんがおっしゃっていたとおり、これまで思っていた「ピーターパン」とはまた別の物語がここにありました。
こんな切り口もあるんだ、と感心する反面、もしかしたら「ピーターパン」は最初から、子供のためではなく、「かつて子供だった大人」のための物語だったのかなとも感じました。
だって私たちはみんな、ネバーランドに行ったこともなく、飛び方も知らないまま大人になってしまったウェンディだから。
最前列というありがたい席ながら、あのファンタジーの世界はもう少し引きで観た方がもっと綺麗だっただろうと贅沢な悩みつきまじ のごくらく地獄度



