2021年08月01日

コトバの一群 NODA・MAP 「フェイクスピア」


fakespeare.jpg


冒頭、白石加代子さんが一人で登場して
「白石加代子です。女優をしております。でも女優になる前の仕事は皆さん、ご存知ないでしょ?」と、昔、恐山でイタコの修行をしていたことがある、そのことを野田さんに話したことがあると、嘘ともマコトともつかない話を始めます。でももしかしたら白石加代子さんなら本当にやってたかも、と思ってしまいます。


NODA・MAP第24回公演
「フェイクスピア」
作・演出: 野田秀樹
美術: 堀尾幸男   照明: 服部基
衣裳: ひびのこづえ   振付: 井手茂太
出演: 高橋一生  川平慈英  伊原剛志  前田敦子  村岡希美  
白石加代子  野田秀樹  橋爪功 ほか

2021年7月20日(火)7:00pm 新歌舞伎座 1階9列上手/
7月25日(日) 1:00pm 1階6列センター
(上演時間: 2時間5分)



ということで、物語の舞台は恐山です。
万年イタコ見習いの皆来アタイ(みならいあたい/白石加代子)のもとに、mono(もの/高橋一生)と楽(たの/橋爪功)という2人の人物が口寄せの依頼にやってきます。楽はイタコに呼び出してもらいたい相手が「死んだ娘」だったり「死んだ妻」だったりと、言うたびに変わります。一方、小さな鉄の箱を抱えるmonoは、自分が何のために恐山に来たのか今ひとつわかっていない様子。突然「頭をさげろ!」とアタイたちに大声で言い放ったりします。
そこに、先輩イタコのオタコ姐さん(村岡希美)、アタイの母で伝説のイタコ(前田敦子)、神様の使いのアブラハム(川平慈英)や三日坊主(伊原剛志)、星の王子さま(前田敦子二役)が入り乱れ、さらにはシェイクスピアとその息子のフェイクスピア(野田秀樹2役)までが登場して、混沌とした物語を繰り広げます・・・。


東京公演の情報はすべてシャットダウンして、フライヤーの野田さんのメッセージも終演後に読んだ1回目。
出演者以外はほぼ白紙の状態で臨みました。


「8月12日は三日坊主が現れる夜」
物語の比較的序盤でこの台詞を聴いた時、「うん?」と思いました。
私にとって「8月12日」は「日航機墜落事故の日」と深く心に刻まれているからです(そのことについては少しばかりの思い入れがあるのですが、またいつかここに書ける日がくるかもしれません)。

「あの事故がテーマなのかなぁ。でもなぜ今?どうやってそこに収束するんだろう」と思いながら観ていて、「父さんの仕事はパイロット。みんなに人殺しと言われた」という楽の言葉で確信となるのですが、そう考えると

「まるで飛行機をトランジットするみたいに」
「永遠と36年」
「星の王子さま」
・・・示唆された言葉がそれまでにもたくさん。

そして、「頭をさげろ!」も「頭をあげろ!」も。
そしてそして、冒頭のアンサンブルによる、木々がなぎ倒されていく美しい動きも、後から思い返すと胸が締めつけられるよう。

monoが大事そうに抱えていた箱は、ブラックボックス。
神様が”永遠と36年”探していたもの。


二回目を観た時、冒頭の場面で愕然としました。
「午後6時56分28秒と細かい時間を指定してきた客」とアタイが言っていたのを1回目もちゃんと聴いていたのに。
最初から正解が示されていたのですね。


1985年8月12日 午後6時56分28秒 

日本航空123便が群馬県多野郡上野村山中に墜落したあの日、あの時刻。


クライマックスの旅客機のシーンのとんでもない緊迫感と迫力。
この場面の台詞はすべて、野田さんがフライヤーのメッセージ(公式サイトのIntroductionにも同じものが掲載されています)で語っていらっしゃるように、実際に発せられた「コトバの一群」。
つまり、現実にフライトレコーダーに記録された言葉を、役者さんたちを通して私たちは聴くことになります。


旅客機の座席のようにぎっしり並んだキャスターつきの椅子と役者さん(白石さん、橋爪さん、野田さん以外全員)の体だけで、揺れ動く飛行機の機内と緊迫感に満ちたコックピットを再現。
野田秀樹さんが「THE BEE」(2012年)のプログラムで「演劇の根源的な力」だと語っていらした「見立て」、ここに極まれりという感じ。

原因不明の爆発が起き、思うようにならない機体を必死にコントロールしようとする機長と副操縦士。
「頭をあげろ!」「頭をさげろ!」と叫びながら。
乗客にシートベルトや酸素マスク着用を促し、頭を抱えた姿勢を、と動揺を隠して冷静にアナウンスするキャビンアテンダント。
右へ左へと激しく揺れ動き、蛇行する機体。

息が詰まるほどの緊迫感。
あまりにもリアルで怖くて、観ているのが辛くて、機長はじめ乗務員、乗客、そこにいるすべての人の気持ちが痛くて切なくて、涙があふれるのを止めることができませんでした。

何度目かの「頭をあげろ!」を最後に人々は左右に飛び散って、訪れる沈黙。


すべてが終わって、息子 楽の顔を見ながらゆっくりと後ずさりして山を登っていく父 mono。
人生の最期の十数分、彼は機長の職責を全うし、息子や家族への言葉を口にすることはなかったけれど、楽はその思いをしっかり受け止めて
「わかった。生きるよ!」
と吹っ切れたような声で父に向かって言います。
その言葉を聞いて、笑顔を見せて去っていくmono。
あの笑顔にどれほど救われた思いがしたことか。


NODA・MAPの「ロープ」(2007年)の感想を「言葉のチカラ」というタイトルをつけて書いたのですが、この作品に限らず、野田さんがつくり出す戯曲はいつも言葉のチカラで溢れています。

が、今作のクライマックスは、野田さんがつくり出したものではなく、実在した「コトバの一群」。
その圧倒的なパワーと真実を前にして、これは演劇にとって凄い挑戦だと思いましたし、野田さんがどれほどの覚悟と勇気をもってこの戯曲を書いて世に送り出したのかにも思いを馳せました。
そしてその源となったのは、やはり「言葉のチカラ」だったのではないか、とも思ったのでした。


野田さんの演出は相変わらずスピーディで、少しも待ってくれません。
プレヒト幕がシャーッと引かれるたびに場面が切り替わり、忽然と姿を現したり消えたりする登場人物。
「カラスじゃなくてコロス」のアンサンブルの使い方、その力量もすばらしくて、前述した冒頭のなぎ倒される木々をはじめ、森になったり鳥になったり、美しく統制の取れた動きで場面場面を活写。動くたびにひらひらとなびく衣装も素敵でした。
そして、舞台奥にずっと佇んでいる、グレーのなだらかな山。
あれは恐山であり、御巣鷹山でもあったのでしょうか。

アタイのところにmonoと楽がやって来て始まる3人のとんちんかんなやり取りはとても楽しい(後から考えると、そこにもさり気なく示唆された言葉の数々があるのだけれど)。
演劇好きなら誰だってそれが「リア王」だったり「オセロ」だったりするのがすぐわかります。
コーディリアやデズデモーナが憑依する高橋一生さんが圧巻で、今年1月期のドラマ「天国と地獄」で綾瀬はるかさんと心だけ入れ替わる役がとても上手かったのを思い出しました。

その高橋一生さん。
前述したパッと女性に切り替わるところや、台詞がよく届く、倒れ方がすごく上手いとかテクニカルな面もさることながら、そのしなやかな佇まいに目が離せませんでした。
自分が誰なのか、何をしたいのかわからない風の、ふわりとした感じのmonoは、後から考えると楽の父の霊だったのですが、そこからコックピットの“生身の人間”への切り替わりの鮮やかさ。
端正なルックスで、頼りなげな表情もキリリとした目ヂカラも緩急自在。その上笑顔がとびきりチャーミングって、言うことなしじゃない?
倒れ方や後方の山を軽々と駆けあがっていく姿に身体能力もかなり高い役者さんだと再認識しました。
映像のお仕事も引く手あまたと拝察いたしますが、ぜひまたナマの舞台を拝見したいです。

縦横無尽でエイジレスな白石加代子さんと橋爪功さんの力強さ。
二人ともとてもチャーミング。
monoのことを「パパ」と呼んで違和感ない橋爪さん凄すぎる。
白石さんは東京公演で台詞が出ずに台本を手に・・・ということがあったと後で知りましたが(私が以前観た「エレクトラ」でも同様のことがありました)、そのせいもあってかカーテンコールではとても感極まったご様子だったのが印象的でした。

前田敦子さんは常に全力投球で、芝居、発声ともに緩急少な目で平面的な印象は否めませんが、伝説のイタコ、星の王子さま、そして白い鳥と3役演じ分けはくっきり。星の王子さま、ボーイッシュでキュートでした。

先輩イタコとキャビンアテンダントの村岡希美さんのキリリとした佇まいとよく通る艶やかな声、アブラハム 川平慈英さんと三日坊主の伊原剛志さんの軽妙で楽しい掛け合い、そしてフェイクを体現する野田秀樹さんの、真面目なのかふざけてるのかわからない軽薄なテンション(もちろん大真面目です)。
アンサンブル含めて、さすがNODA・MAPな布陣。
三日坊主は当初キャスティングされた大倉孝二さんで観てみたかったなぁと少し思いましたが。


1回目と2回目に観るのとでは、全く景色が違って見えるのが野田さんの戯曲の魅力であり、恐さでもありますが、この「フェイクスピア」は物語の最初と最後でもずいぶん景色が違ったな。
そしてこれを書いている今、猛烈にもう一度観たくなっています・・・でもそれが叶わないのもナマの舞台の魅力の一つ。


7月25日は大千穐楽でした。
カーテンコールラスト
スタンディングオベーションの中、いつものように野田さんお一人で出ていらして舞台中央で端正な正座のご挨拶。
それでも拍手は鳴りやまず、高橋一生さんを伴って再度登場。お二人並んで正座してご挨拶してくださいました。



fakespeare2.jpg.jpeg

fakespeare3.jpg.jpeg fakespeare4.jpg.jpeg

舞台模型
今回は幕間がなかったので1種類だけ。いろんな方向から撮ってみました。



やっぱりNODA・MAP 大好きだ のごくらく度 (total 2279 vs 2281 )



posted by スキップ at 23:10| Comment(2) | 演劇・ミュージカル | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私が見たのは6月2日ですから、2ヶ月以上経ってるのに、拝読すると、あの心臓がバクバクいう感じが甦ってきます。そして、基本、NODA・MAPは2回見るのに、7月初めに確保していた席は、空席にしてしまいました。
いろいろわかってから見れば、ほんとに戯曲の凄さも実感できたと思うけれど……。その戯曲の載った雑誌も友人からもらってるのに、まだ読めないでいます。我ながら、ここまでダメージを受けるとは思いませんでした。事故には全く関わりはないのですが。
と、なんだか愚痴っぽくなってしまいましたが、skipさまがこうして書いてくださってるおかげで、また冷静に考えるチャンスも得ているんだと思います。いずれ戯曲も読めるでしょう。
Posted by きびだんご at 2021年08月04日 21:38
♪きびだんごさま

本当に。心臓バクバクでした。
1回目観た時もそうでしたが、すべてわかって観る2回目は
その場面になる前から体が硬直してしまうのを自分でも
感じたくらいです。
感情が先走ってしまってあまり冷静に感想を書けていませんが
読んでくださってありがとうございます。

戯曲が掲載された新潮、私も持っているのですが、何だか怖くて
まだ読めずにいます。
もう少しクールダウンしたら読む気になるかなー。

私は3回分チケット取っていたのですが、1回はコロナワクチン
2回目接種の翌日になってしまって、泣く泣く断念して事前に
友人に譲りました。
(発熱しましたので劇場行っても多分入れなかったと思います💦)
Posted by スキップ at 2021年08月05日 23:56
コメントを書く
コチラをクリックしてください