2021年06月05日
受け継がれる魂 「夏祭浪花鑑」
勘九郎さんが初役で団七を勤めたのはまだ勘太郎時代の2011年3月。
勘三郎さん休演のための急な代役で、東日本大震災が起こった月の公演で、千穐楽でさえ空席の目立つ博多座でした。
あれから10年。
役者として一回りも二回りも大きくなって、勘三郎さんの魂を受け継ぎ、中村屋を背負い、力漲る団七がそこに立っていました。
渋谷・コクーン歌舞伎 第十七弾 「夏祭浪花鑑」
演出・美術: 串田和美
補綴: 竹柴徳太朗 照明: 齋藤茂男
作調: 田中傳左衛門 上田秀一郎
映像: 栗山聡之 立師: 中村いてう
出演: 中村勘九郎 中村七之助 尾上松也 中村虎之介
中村長三郎 中村鶴松 中村歌女之丞 笹野高史 片岡亀蔵 ほか
2021年5月16日(日) 5:00pm シアターコクーン 1階C列(5列目)上手
(上演時間: 2時間15分)
覚悟の団七 「夏祭浪花鑑」(2011年)
覚悟の団七 再び
勘九郎さんが10年ぶりの団七なら、コクーン歌舞伎としても「夏祭浪花鑑」は13年ぶり。
そんなに?と時の流れに驚くばかりです。
当初5月6日初日の予定だったものが緊急事態宣言のもと、5月11日までの公演が中止、5月12日開幕となりました。
「LUXE」とともに5月16日のチケットを取っていて、宣言が発出されていない神奈川県の横浜アリーナはともかく、こちらはダメかも・・と一旦は覚悟していましたので、無事開幕して観られるとなった時は本当にうれしかったです。
とはいえ、コロナ禍の状況下という数々の制約を乗り越えて工夫をこらしての上演です。
脚本を削り、演出を変更し、幕間もなくして2時間15分の上演。
平場席もなければ役者さんたちが客席通路を行き交う演出も一切ありません。
それでも、この演目のおもしろさ、すばらしさが全く損なわれておらず、上演時間が短くなったせいばかりとは言い切れない疾走感があって、演出の串田さんはじめスタッフ、役者さんたちの熱い思いが迸るような舞台でした。
役者さんたちが一人、また一人と舞台上を行き交い、子供が走り、江戸時代の市井の人々の生活の匂いが立ち昇るようなプロローグ。
神主さんが現れて、皆で祭りと人々の安寧を祈願する中登場する弁慶格子の浴衣を着た団七(勘九郎)の水もしたたるいい男っぷりに思わずヘンな声が出そうになりました。いや~、カッコいい。
ここから物語は、お鯛茶屋、住吉鳥居前、釣船三婦内、長町裏、九郎兵衛内とテンポよく進みます。
長町裏の場は、次に幕間が入らないことを考慮してか泥場ではなく、本水を使った演出に変更されていました。
団七と義平次のやり取りも短めではありましたが、それでも、暗闇に紙蝋の火が揺らめき、二人の表情を照らし出す凄惨な殺し場は迫力も妖しさもたっぷり。義平次に雪駄で額を割られ、「こりゃこれ男の生き面を」と一旦は憤怒しながらもギリギリで自分を抑えた挙句の「しもたぁ~!」は、いつも本当に観ているのが辛いのですが、今回特に痛々しく感じたのは、勘九郎さんの団七がより等身大に感じられたからかもしれません。
義父と息子が命のやり取りをした二人だけの世界に、「チョーサジャ ヨーサ」という祭りの声がだんだん大きくなり、鉦の音とともに照明がパッと明るくなり御輿がなだれ込んでくる場面は、団七がこの後も、明日も生き続けなければならない現実に引き戻される場面でもあって、祭りの喧噪の中に団七の孤独感と切なさが際立つ、この演目屈指の名シーンだなと改めて思いました。
幕間が入らないことで、より物語の地続き感が高まった九郎兵衛内の場。
他の場面は短くなったり端折ったりもされていましたが、この場はとても丁寧に演じられた印象です。
夏の夕暮れの西日が光と影をつくる一部屋で、義父を殺してしまったこと、そしてそれを女房に言えないことに苦悩する団七は元より、お梶、徳兵衛、釣船三婦、それぞれの団七への思いや悲しみや切なさが絡み合って、この場面だけでも濃密な人間ドラマのようでした。
ラストの演出は10年前の博多座とほぼ同じ。
捕り手に追われる団七と徳兵衛の二人が舞台奥に駆けて行き、開かない扉を叩いて一瞬絶望して、それから互いの顔を見てニヤリと笑い合って今度は客席に向かって駆け戻ってくる・・・ここでストップモーションにならず映像に切り替わってコマ送りになったところが今回の新演出かな。
博多座の感想にも書いたのですが、やはりこの場面は、私の大好きな映画「明日に向かって撃て!」でブッチ・キャシディとサンダンス・キッドが響き渡る銃声の中駆けだして行ったラストシーン・・・負けるとわかっている戦いに最後まで望みを持って挑んでいく姿と重なって涙。
とはいえ、この場面はとにかく初めて観た二人が扇町公園の中をずっと遠くまで駆け出して行った鮮やかさ、高揚感が忘れられませんので、いつかまた、扉が開く明るく鮮烈なラストシーンも観たいな。
勘九郎さん団七。
恩人への忠義を忘れす、侠客らしく面子も重んじる熱い男。
身体能力の高さ、役者絵のような姿形の美しさに加えて、年月を重ねた余裕と男気、色気が加わって、元より愛嬌もあり、これ以上ない団七でした。
あのしゃがんだままの立ち回りも相変わらずキレッキレ、やはり驚くくらい勘三郎さんに台詞まわしが似ていると感じることが時折ありますが、浪花ことばのイントネーションがとても自然でうまくなっていてオドロキ。
博多座の時はそれこそ勘三郎さんの団七をなぞるのにいっぱいいっぱいという感じでしたが(それはそれで命がけの精一杯感があってよかった)、今回の団七は勘三郎さんの魂は受け継ぎながら”勘九郎さんの団七”として揺るぎなくそこにいるように感じました。
きっとこれから回数を重ねて、ますます勘九郎さんの団七となっていって、やがてその魂は勘太郎くんや長三郎くんへとまた受け継がれるのだろうな。
七之助さんのお梶は初役。
とても落ち着いた感じのお梶でした。団七への深い愛が感じられるお梶でしたが、九郎兵衛内の徳兵衛との場面が何とも色っぽくて、「え?偽りのはず・・・だよね?」と焦りました(笑)
その徳兵衛とお辰の二役を松也さん。
年も近くて何度も共演している松也さんの徳兵衛は勘九郎さんと見た目の並びもお芝居のバランスもよくて、これからも定番のコンビになりそう。いやしかし、お梶と胸に手を入れるシーン、エロかったよね(まだ言うか)。
お辰はいささかふくよかすぎるかとも思いましたが、三婦が心配するのも納得の色っぽい美人さん。私が大好きなお辰の台詞「こちの人が好くのはここじゃない。ここでござんす」もキメてくれました。
釣船三婦の亀蔵さんも今回が初役だそうです。
てっきり彌十郎さんだと思い込んでいて、登場した時びっくりしたよね(←)。
端々に気骨が感じられるより侠客っぽさの残る三婦。好きでした。歌女之丞さんのおつぎとの並びも違和感なかったです。
虎之介くんの磯之丞は「ったく、こんな男のために」と思うくらい情けないあかんたれのぼんですが、それこそ役の意を得たりということで、虎之介くんが上手いということかな。
鶴松くんの琴浦は可愛いけれど少しお行儀がよすぎるというか、傾城としての色っぽさとか華やぎがほしいところでしょうか。
そして義平次の笹野高史さん。
今回、串田版「夏祭浪花鑑」としては勘九郎さんの団七はじめキャストが一新されましたが、笹野さんだけは不動の四番バッターのように、義平次としてそこにいらっしゃいました。
実は正直なところ、笹野さんの義平次は何回か観ているうちに「デフォルメが過ぎてお腹いっぱい」と感じるようになっていたのですが、今回久しぶりに観るせいか、笹野さんの中で何かか削ぎ落されたためか、はたまた時間が短縮されたためか、まるで原点に戻ったようなシンプルさでストンと肚に落ちる義平次でした。
5月30日に無事千穐楽を迎えられましたこと、心からお祝い申しあげたいです。
チケット難になるほど人気公演だったとはいえ、客席率50%という中でのこと。
近い将来、すべての制約を取り払って、満員の客席の万雷の拍手を浴びて、勘九郎さんがやりたいことを全部やれる団七が帰って来ますように。
叶うならば「夏祭浪花鑑」の地元 大阪で、青空の下 スコーンと扉も開いて。
勘三郎さん この団七観て空の上で悔しがってるかも のごくらく度 (total 2258 vs 2258 )
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