2021年04月25日

”今”に息づく 「藪原検校」


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1973年に初演された井上ひさしさんの初期の代表作のひとつ。
2007年 古田新太さん(蜷川幸雄さん演出)、2012年 野村萬斎さん(栗山民也さん演出)と観てきて、今回が3度目の観劇です。

「藪原検校を市川猿之助主演で」と聞いた時、あ~、もうぴったりなんじゃない?と思いました。
演出は今や猿之助さんの盟友のひとり 杉原邦生さん。


劇場20周年記念プレ公演 京都芸術劇場 春秋座 芸術監督プログラム
PARCO PRODUCE 2021 「藪原検校」
作: 井上ひさし
演出: 杉原邦生
音楽・演奏: 益田トッシュ
美術: 田中敏恵   照明: 原田保   衣装: 西原梨恵
振付・ステージング: 尾上菊之丞
出演: 市川猿之助  三宅 健  松雪泰子  髙橋 洋  佐藤 誓  
宮地雅子  松永玲子  立花香織  みのすけ   川平慈英

2021年3月21日(日) 1:00pm 春秋座 1階9列上手
(上演時間:3時間15分/休憩 20分)



江戸時代、東北の貧しい生まれの座頭・杉の市が悪事を重ね、金を積んで成り上がりながら、盲人の最高位である検校の地位につく直前にすべてが露見して破滅するというピカレスク譚。

PARCO劇場のある渋谷の路地裏を思わせるような、一面にスプレーで描いた落書きがある壁で囲まれた空間。
張り巡らされた黄色に黒文字で”KEEP OUT”と書かれたポリスラインテープ。
ギター片手に登場したミュージシャン(益田トッシュ)が奏でる音楽はエレクトリックポップ。

・・・何度も上演されてきた作品を新しい演出家がやる時、 “今”を採り入れるってわりとよくある手法だよなぁと思って観ていたのですが、ああ、この黄色いテープは、これまで観た2作にも出てきた、井上ひさしさんの戯曲に記述されているという、盲目の世界を囲むロープなのね!と思い至りました。
そういえば、「薄汚れた戸板に囲まれた空間」もそうだったなぁ、と。

物語の途中はそれらに気をとめることもなかったのですが、あの三段斬りのラストとともに聞こえてきた都会の雑踏の音にまたふと渋谷の路地裏が蘇り、演出の杉原邦生さんの確信犯ぶりにヤラレタ思いでした。
井上ひさしさんが40歳の時に書いたエネルギー溢れる問いかけを、38歳の杉原邦生きんが切れ味鋭く“今”に受け継いだ演出。

杉原さんの手腕の鮮やかさとともに、改めて感じ入ったのは井上戯曲の普遍性。
差別を糧として社会の底辺からのし上がった者が最後には民衆の見世物として処罰される残酷さ。
差別する側、される側、その構造も複雑になり形を変えてはいても、時代を超えてなお、差別がなくなることはないし、差別される側の情念や怒りの炎もくすぶり続けていると言われているようでした。


舞台に最初に登場するのは盲太夫。
物語の語り部のような役どころで、冒頭に舞台中央で語った後は、ミュージシャンとともに舞台上手で物語を俯瞰しています。
川平慈英さんは、個性的ながら口跡よく聴き取りやすい語り口。音楽との相性もノリもよくて時に笑いも織り交ぜ明るく軽妙・・・なだけに、「あたしら盲人は、目明きの人みたいにうっかり池に落ちるなんてことは絶対ありやせん」の言葉がまるでひやりとナイフを当てられたようにゾクッと響きます。

藪原検校こと杉の市は極悪非道で生まれついての悪人という設定ですが、猿之助さんが演じるとそうではなかったのではないかと思わせるものがあります。より人間味があって、愛嬌や可愛らしさもある杉の市。
初めて人を殺してしまって、怯えて母に救いを求める杉の市にはまだ人間らしい心や哀しみがあったにもかかわらず、その母親を目が見えないために誤って殺してしまってからは何かの歯車が狂い始めたように感じました。情より理が、愛嬌より欲望が、可愛さより悪辣が、彼の中でとめどない大きさを占めていき、悪の連鎖へと堕ちていった印象です。

元より台詞の口跡はすばらしく、「早物語」が圧巻。立て板に水のごとくまくし立てながら、地元ネタ、歌舞伎ネタも織り交ぜて自由自在、余裕たっぷり。いつまでも聴いていたい名調子でした。
春秋座はホームグラウンドでもあり、千穐楽でカンパニーも温まっていたこともあってか、アドリブも結構飛び出していて、「早く江戸に帰って次の歌舞伎の稽古しないといけないんだよぅ」なんてこともおっしゃっていました。
猿之助さんは所作の美しさも際立っていましたし、杉の市のその時の立場や地位で、顔つきはもちろん、姿勢、立ち姿まで変わる様は観ていて震えるくらい。最後にちらりと出てくる斬首役人の佇まいと刀捌きもお見事でした。

杉の市と表裏一体のような対照として存在する塙保己市は三宅健さん。
このキャスティングは少し驚いたのですが、三宅くん、大健闘だったのではないかしら。
杉の市と対面した時に里芋を食べる場面の、潔癖で学究一筋といった静けさ穏やかさ。全く別の道を行く2人ながら心の奥で杉の市への共感も感じられただけに、終盤、杉の市の断罪について松平定信と対面する場面での心を持たないような語り口と表情、その残酷さとの対比が一層際立つ。この保己市の二面性は、そのまま社会の表の顔と闇の顔のように感じられて、不気味さすら感じました。

杉の市にとってファムファタールとも言うべきお市は松雪泰子さん。
これも猿之助さん同様、「あー、お市、松雪泰子さんか。そうだよねー」と思った配役。
暗闇に赤い花が咲いたように華やかで美しく、艶っぽく色っぽい。殺されても殺されてもまた杉の市の前に現れて追い詰めるお市ですが、おどろおどろしさは薄目で怨念というより情念、不気味さよりも一途な哀れさが前面に出る造形でした。

杉の市が最初の殺人を犯すきっかけとなった佐久間検校が、「結解(けっけ)!」「結解!」とほんとヤな奴だけどお顔は綺麗・・・と思っていたら高橋洋さん(気づくのが遅い・・・ちなみに結解役は三宅健さん)で、他にも佐藤誓さん、宮地雅子さんなどナド、周りも達者で盤石の座組。


この日は大千穐楽でカーテンコールで猿之助さんがご挨拶されました。

「この劇場は私の叔父の初代猿之助がつくった歌舞伎のための劇場で、そのご縁で今は私が芸術監督を勤めさせていただいております。私が亀治郎の会を立ち上げてここで最初に公演したのが2002年。その時手伝ってくれたのがまだここ(当時の京都造形芸術大学)の学生だった杉原邦生くんでした。演劇に関わる仕事がしたいというので僕の所で勉強して将来は演出家にでもなったらいいよ、と言っていたのですが、あれから19年。こんな役者さんたちを使って演出するようになって今回初めて故郷に錦を飾りました。」

「あの頃は右も左も上も下もわからず、ろくな話もできませんでしたが今はひとかどの挨拶ができると思います」
と猿之助さんに急に挨拶振られて焦る杉原邦生さんもかわいかったです。




物語の結末がどんなに悲惨でもカーテンコールの役者さんの笑顔は格別 のごくらく地獄度 (total 2237 vs 2240 )


posted by スキップ at 16:29| Comment(0) | 演劇・ミュージカル | 更新情報をチェックする
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