
タイトルの「帰還不能点」は燃料の残量から計算して、離陸した空港に戻れなくなる限界点のことを指す航空用語。
そんな「引き返すことができない」地点、超えてしまったらもう前に進むしかない限界点は私たちの人生の中にもきっとあったはず。そしてそれがあるのは組織にとっても同じ。たとえば会社。たとえば国家。
物語のラスト。
もう一度「模擬内閣」を再現する9人。
この舞台の冒頭にやった時とは打って変わって活き活きとした表情で。
そのやり取りを観ていて、これが昭和16年(1941)の現実だったらどんなによかっただろうと思ったらぶわっと涙でました。
劇団チョコレートケーキ 第33回公演 「帰還不能点」
作: 古川健
演出: 日澤雄介
舞台美術: 長田佳代子 照明: 松本大介
出演: 岡本篤 今里真 東谷英人 粟野史浩 青木柳葉魚
西尾友樹 浅井伸治 緒方晋 村上誠基 黒沢あすか
声: 近藤フク
2021年3月13日(土) 1:30pm AI・HALL B列(最前列)センター
(上演時間: 2時間5分)
物語の舞台は1950年の東京。
小料理屋に集まる9人の男たち・・・彼らは1940年に陸海軍や中央省庁、日銀など官民の若手エリートたちを集めて首相直属機関として設立された「総力戦研究所」の一期生でした。同期生であった山崎の三回忌に、その妻が営む店に集まって旧交を温める中、「アメリカと戦争して勝てるわけがなかった」と一人が発言したことから・・・。
冒頭に演じられた「模擬内閣」だけがリアルにその時代のもので、後は終戦して何年か経って、居酒屋に集まった9人が、いわば酒席の余興といった感じで和気あいあいと当時を懐かしみながら振り返る、という趣向だったのが、雰囲気も彼らの表情も一変し、その即興劇が大きく転換する瞬間がとても興味深かったです。
それまで「戦争は止められなかった」「自分たちにはどうしようもなかった」といった諦念に支配されていたのに、「開戦を防ぐために自分たちにできたことは本当になかったのか」と自問し始める彼ら。
「総力戦研究所」が実在のもので、彼らのシミュレーションがその後の戦争の推移と敗戦を見通していたことは史実としても知られていて、ずいぶん前に何かで読んだことがあります(その書名も忘れてしまった私の海馬よ💦)。
そこにどんなメンバーがいて、彼らにどれほどの葛藤があったのか知る由もなく、実際問題として戦争の行く末に疑問を持っていたとしてもそれを止める力や権限があったとはとても考えられません。それでも、彼らが多分蓋をしてきたであろう自分の心のうちと闘いながら彼らが行った戦前の模擬内閣とは「別の結論」へと導く模擬内閣には心揺さぶられました。
「もう二度と、知らなかったことにして見過ごしたくない」という岡田一郎の魂の叫びのような言葉。
そのラストの場面を見ていて、これが戦後ではなく、模擬内閣でもなく、1941年当時の、内閣総理大臣 近衛文麿、外務大臣 松岡洋右、陸軍大臣 東条英機らが率いる本当の内閣で、彼らが導き出す結論がこうだったら、あの戦争は起こらななかったんだと思うと涙があふれてきたのでした。
岡田一郎は最初からそういう意図を持ってこの会を招集したように感じましたが、他のメンバーの意識を喚起させたのが亡くなった山崎のエピソード・・・
日銀職員だった山崎は戦後「自分が何もしなかった→戦争を止められず多くの人の命を奪ってしまった」という贖罪の意識から、残りの人生を人々を助けることに捧げ、夫を亡くして自暴自棄になった女性に手を差し伸べて、「困っている人みんなを助けるっていうのかい?」と反発する彼女に「すべてを救えないことは一人を救わない理由にはならない」と言ったことが彼女(居酒屋を営む山崎夫人)の口から語られます。が、これは些かエモーショナルに過ぎるかなという印象も。
山崎道子を演じた黒沢あすかさん。
道子の他にも何役か(声だけで)演じ分けていらっしゃいましたが、もちろん拵えはそのままなのに瞬時に声も表情も姿勢や所作までも変わって凄かったです。以前は映像でよくお見かけしていましたが、久しぶりにご活躍を拝見できてうれしかったです。
9人の男優陣は劇団員、客演陣シームレスでこれまたすばらしい。
ただ、岡田一郎の岡本篤さんの滑舌が(舌足らずなのか舌が長いのか?)個人的にある人物を思い起させて気になって気になって仕方ありませんでした。
第二次世界大戦開戦がメインテーマとなっていますが、そこに至る、対中関係(国民政府との和平交渉決裂)、日独伊三国同盟締結、独ソ不可侵条約、そして南部仏印進駐といった史実が忠実に織り込まれいて、開戦へどうしようもなく転がっていく時代のうねりも感じられてとても見応え聴き応えありましたし、日本の昭和史ももっときちんと振り返らなくてはと、大いに刺激的な作品でした。
次回公演「一九一一年」もとてもおもしろそうだけど、地方公演ないつらみ のごくらく地獄度




私は劇場で見た時、何人もが同時に喋るような場面のある舞台がほんとに苦手なんだな、と思って、配信も購入してじっくり見ました(購入特典の全員トークも良かったです)。
タイトルを見た時には、なに?だったのが、なるほど、となり、でも結局今にまで通じる精神性に背筋が寒くもなりました。
岡本さん! ひぃぃ(笑)。
何かとタイミングのよいきびだんごさま(^^ゞ
いつもありがとうございます。
確かにこの作品は何人もが同時に喋る場面多かったですね。
配信というのはそういう意味でもありがたいことです。
今にまで通じる精神性というのはまさにおっしゃる通りで
特にこの状況下で重なるものが多々あって、うすら寒さを覚えます。
>岡本さん! ひぃぃ(笑)。
え?これってご同意いただいているということかしら(笑)。