
三宅純さんによる美しく時に不協和音にも聞こえる音楽。
そこに重なる上田大樹さんの変幻自在の映像。
描かれるのは未来のディストピア。
主人公は記憶を消された兵士。
歌のない世界。
上田久美子先生 また新しい挑戦です。
宝塚歌劇 宙組公演 「FLYING SAPA -フライング サパ-」
作・演出: 上田久美子
作曲・編曲: 青木朝子 三宅純
振付: 前田清実 AYAKO 擬闘: 栗原直樹
装置: 二村周作 映像: 上田大樹
出演: 真風涼帆 星風まどか 芹香斗亜 寿つかさ 松風輝
星月梨旺 春瀬央季 瀬戸花まり 紫藤りゅう 留依蒔世
瑠風輝 優希しおん 夢白あや 亜音有星/京三紗 汝鳥伶 ほか
2020年8月5日(水) 11:30am 梅田芸術劇場メインホール 1階9列下手/
8月10日(月) 11:00am 2階2列センター
(上演時間: 2時間50分/休憩 30分)
太陽の活動が弱まったことからポルンカ(水星)へ脱出した一部の人類。
ここでは総統01(汝鳥伶)のもと、国家や人種、言語などすべての「違い」をなくしあらゆる攻撃性を排除して平和で憎しみのない世界を目指しています。総統01は人間の身体に埋め込むことによって地球と変わらず生活できる生命維持デバイス「へその緒」を開発し、装着した人間の精神を含むすべてのデータを政府のデータベース「ミンナ」に送ってポルンカに住む人類すべてを掌握しています。
記憶を消され、政府の兵士として“不穏分子”を摘発するオバク(真風涼帆)は、自殺を図ろうとする女性を検知して、タルコフ(寿つかさ)とともに保護に向かいますが、彼女は総統01の娘で後継者のミレナ(星風まどか)。逆にオバクたちを脅し、自分を総統01の支配が届かない謎のクレーター SAPAへ連れて行くよう強要します・・・。
冒頭 スポークスパーソン101(紫藤りゅう)が登場してポルンカの状況を語り、併せて、摘発された不穏分子がどのように“処理”されるかが描かれます。
武器を手に過激な思想を持つタオカ(留依蒔世)が記憶を消されたところを見せられて、後でオバクが登場した時に「オバクもあんなふうに記憶を消されたんだ」と思い至る導入。上手いな。
一幕を観て「1984」の世界観に似ていると思いました。
もちろんこちらの世界の方がデバイスなどはるかに先進的ではありますが。
人間の生活がすべて監視され、管理されている世界の空恐ろしさ。
パンフレットによると上田久美子先生は、この作品を十年前、iPhoneが出回り始めたころに構想したのだとか。
「無数の個人の情報が一つの巨大な中心に吸い込まれていく」という今作のモチーフは、十年でありふれた現実となりました」と。
管理されたポルンカの中でSAPAだけは人々が自由にものを言い、考えられる場所。
キュリー夫人(京三紗)が営む違法ホテルには様々な人種が集まっています。
そのホテルでオバクは精神科医のノア(芹香斗亜)と反政府活動家のイエレナ(夢白あや)に出会います。2人はオバクのことを知っている様子。
ノアとイエレナの会話からオバクの過去が断片的に垣間見え、同時にミレナの真実も少しずつ明らかになり・・・過去と現在が交錯して畳みかけるような一幕ラスト。上田大樹さんの不穏な映像が舞台全面に広がって幕。
幕が下りた瞬間、「すぐ二幕観たい!」と思うくらいおもしろかったです。
歌は車椅子の息子を連れたテウダ(松風輝)がアカペラでつぶやくように歌う「眠り歌」のみということもあって、ストレートプレイの舞台を観ている雰囲気。NODA-MAPみたいという声をtwitterで散見しましたが、私の感覚としてはイキウメに近い。
それに比べると二幕は少し失速感がありました。
オバクやミレナの記憶の謎解きも、一幕で想像した以上のカタルシスはありませんでしたし、タカラヅカ的ハッピーエンドの着地点も個人的には好みではありません(デビュー作「月雲の皇子」から続くウエクミ先生の切ないラストが大好物なので)。
それでも、戦争や暴力シーンの、普段タカラヅカでは描かれないような突っ込んだ生々しい描き方、銃撃戦の激しさ、この作品に込められたメッセージ・・・上田先生の新しい挑戦に大いに拍手を贈りたいです。
真風涼帆さんのオバク。
兵士としては優秀ですが、笑顔を見せず、クールで無気力で目的意識もなく、いつも「眠い」と言っているようなアンニュイな雰囲気がぴったり。ポスターにもなっている兵士の白い衣装の似合い方ハンパありません。
若いころの実像サーシャは両親を敬い、恋人を愛する好青年。この演じ分けも鮮やかでした。私はオバクの方が断然好みですが。
星風まどかさんのミレナ。
奔放でありながら自分で考えて行動する自立した女性像が、いつもの宝塚のヒロインの枠を超えているようですが、まどかちゃん、よかったです。
記憶を取り戻した時の狂気のような激しさも、最後に自らの手で総統01を撃つ強さも。
芹香斗亜さんのノアは精神科医であり反政府主義者。
いつも冷静で温厚、イエレナのよき理解者です。
いや~、こんな先生にいつもそばにいてもらえたら幸せですよね。撃たれてもまだ進もうとするイエレナに後ろから寄り添って「最後まで付き合ってやるよ」・・・シビれました~

兵士たちに追われながらSAPAに向かう途中のつかの間の休息で歌うアカペラもステキでした。
この歌をBGMに会話するまかまどがまたかわいくてね。
イエレナは夢白あやさん。
ボディコンシャスな黒の衣装に金髪ショートカット、いかにも好戦的な女闘士といった雰囲気。
キリリと精悍で感情の起伏も激しく、男役さんがやる女役みたいでした。
実はサーシャの婚約者で、両親を総統01(ブコビッチ)に殺される前は普通のお嬢さん。この演技の振り幅もすばらしかったです。
夢白さん、初舞台のころから注目の娘役さんですが、もうすっかり完成された印象。月組か雪組にお嫁入なかのかなぁ?
これが宙組デビューの紫藤りゅうさんが全身白の衣装のスポークスパーソン101で端正な美しさと口跡のよさを印象づけ、ちょっと人間じゃない感じがいかにもという雰囲気でした。
口跡よいといえば、冒頭からハキハキ話すスポースクパーソンの副官 山吹ひばりさん。昨年初舞台の105期で美人の誉れ高い娘役さん。抜擢ですね。
ペレルマン瑠風輝さんのクールさ、スパイ的役割なズービンの優希しおんさん、ホテルの客で何かと目立つハックルベリーの亜音有星さんと、「壮麗帝」チームと2つに分かれているのに、宙組は人材豊富です。
そしてテウダの松風輝さん。
1回目観た時「あのテウダの人、見かけない娘役さんであまり美人じゃないけど(失礼!)お芝居も歌もうまいなぁ」と思って幕間にキャスト確認したら「えーっ!まっぷーなのぉ!!」となりました。凛きらの女役はすぐ見破ることができますが、まっぷーとは・・・すっかりダマされたわ(笑)。冒頭の場面では「お菓子を盗んだ少年」で出ていたことを後で知りました。おそろしい子!(子ではない)
「地球語」が消滅した世界。
「ハッピー」「ラッキー」と意味も忘れてしまったのに適当に浮かんだ言葉を口にしてきたオバク。
最後にミレナと寄り添い、「地球語で何て言ったっけ・・・」「希望!」と声を揃える2人。
日本が、世界中が息を潜めるように見えないものと闘っている今。それでも希望は持ち続けていたいと、そんなメッセージが聞こえてくるようでした。
「どんなに時代が変化しようと、今を生きる私たちは希望を忘れず歩んでいきたいと思います」とカーテンコールの真風涼帆さん。
物語の世界観とも今の世界情勢とも、この時(大劇場の花組も東京宝塚劇場の星組も公演中止になっていた)の宝塚歌劇の置かれた立場ともリンクした素敵なご挨拶でした。
初日から千穐楽まで無事完走おめでとう。東京公演も誰一人欠けることなく最後まで上演できますように のごくらく度


