
アンタッチャブルになっている書庫(という名の物置部屋)の本や雑誌を整理しようと思い立ったものの、つい読み込んでしまって進まないこと甚だしい。
そんな中、こちらを発見(しかも2冊💦)
「染五郎の超訳的歌舞伎」
著者: 市川染五郎 (現 松本幸四郎)
初版: 2013年4月2日
染五郎さんが「月刊 本の窓」(小学館)に2011年1月号から2年間連載され、歌舞伎の名作を採り上げて解説されたものに何作か加えてまとめ、巻末には“盟友” 市川猿之助さんとの対談も収められてています。
とても平易な文で書かれていて読みやすく、たとえば「寺子屋」は、「延享三(1746)年、大坂 竹本座で人形浄瑠璃の演目として初演されましたが、同年9月には京都で歌舞伎として初演、翌延享四年5月には江戸の中村座で再演され、現在まで人気演目であり続けています」といった歴史的な解説もあって、「ほぉ、そんなこともきちんと記録に残っているんだ」と感心したり。
「女殺油地獄」に始まって、「籠釣瓶花街酔醒」「三人吉三巴白浪」「仮名手本忠臣蔵」「東海道四谷怪談」「夏祭浪花鑑」「勧進帳」・・・と代表的な演目が並んでいますので、ほぼ全作観たことがありますし(それも複数回観ているもの多々)、ストーリーも知っているものばかりですが、舞台のメイキングや、染五郎さん独特の視点や考え方が加えられていて興味深いです。
「仮名手本忠臣蔵」の項では、「当時の歌舞伎は単なる演劇ではなく、実際に起きた出来事を広く知らせる情報の発信源でもありました。しかし、『忠臣蔵』では事実とは異なるイメージを作り上げ、それを現代まで語り継がれるものにしてしまった。僕も歌舞伎役者として“未来の歴史”を作るとともに、“過去”も新たな歴史に塗り替えていきたいと思っています。」といった具合。
「差し当たり美化されている赤穂浪士を、家族をはじめ、多くの人々を犠牲にして計画殺人を犯した悪党たちとする歌舞伎を書こうと妄想しているところです」ですって。
「寺子屋」の松王丸は、登場するのは開演してからしばらく後ですが、開演前に支度を始める、というお話も興味深かったです。
「松王丸は我が子を犠牲にするという大きなドラマを背負って舞台に登場します。しかしそれは観客に隠されたまま。芝居としては敵役として登場するのです。演じてみて、じっと出を待つ静かな時間は、複雑な心情を体現するために必要なことなのだろうと感じました。父にこう言われたことがあります。『そういった時間を経てから舞台に出て行ったことは客性からは見えない。しかし、松王丸を演じるためにはとても大事な時間なのだ』と。演じて、その言葉の意味を実感しました。」
こういう「観客から見えない」時間のことを知らせていただけるのも、この本の醍醐味のひとつ。
フルコースディナーを楽しんだ後のスペシャルなデザートのような猿之助さんとの対談。
表現の方法や芸風は違っても、ともに歌舞伎を愛し、互いを信頼しリスペクトし合っているのがとても感じられます。
対談全部おもしろいのですが、中でも印象的だった点が二つ。
一つは高麗屋のものでやってみたいものは?という染五郎さんの問い。
「『勧進帳』弁慶はやってみたいとは思うけれど、もし演じる機会があるとしたら、澤瀉屋の型で。九代目(市川團十郎)さんが若い時になさった型で、幕外でニヤッと笑うやり方があるんです。それが澤瀉屋の型になっている。」と猿之助さん。
へええぇ~、そんな型があるんだ。ニヤッと笑う猿之助さんの弁慶、観てみたいです。
「でももし僕が弁慶を演るとなったら、猿之助だったらあんなにいろいろなことをしなくたって、富樫をうまいことだまして、難なく関所を通るだろうって言われるに違いないと思う」ですって。
「自覚しているんだ」と笑う染五郎さんに「はい」と素直に笑い返す猿之助さん。いい雰囲気です。
もう一つは「先代について」
猿之助さんにとって猿翁さんは「目標」ではなくて「お手本」なのだそう。
「目標は到達したいというところ。でも僕は、同じ地点に行きたいとは思わない。登るのならば違う山がいい。ただ、猿翁さんがここまでの道のりをどうやって歩いてきたかはとても参考になるんです。辞書みたいなものといえばいいかな。こういうやり方があったのかと驚くばかりだもの。とてつもなく巨大なテキストです。」
染五郎さんは、「僕の場合は父ということになるわけだけれど、やはり目標ではないよね。といってライバルでもない。目標であるなら近づこうと追いかけるわけでしょう。それでもし距離が縮まったりしたら、父がくたびれているということになるじゃないですか。子供としては決してそうなってはほしくない。くたびれた父なんて絶対見たくないもの。ずっと先を歩いていてほしい。そこが親子であるゆえの厄介な部分かな。」
「一緒に歌舞伎を引っ張っていこう」という言葉で締めくくられる対談。
「僕は後輩に、あのおじさんは要所はきちんと言ってくれるけれど、ほかは自由にさせてくれていいよね、と言われるようになりたい。」と猿之助さん。
「僕は彼らを悔しがらせたい。若い人を悔しがらせるような芝居をしたい。」と染五郎さん。
そこから7年。
前の年に襲名したばかりだった猿之助さんは押しも押されもしない澤瀉屋の四代目となり、染五郎さんはこの対談から5年後に十代目 松本幸四郎を襲名されました。
その言葉通り、お二人揃って若い後輩に慕われ悔しがらせて歌舞伎界を牽引されているのは頼もしい限りです。


この本、どちらも手付かずのまま2冊出てきた時「あー、後でサイン本買ったのねー」と思ったのですが、開いてみたら2冊ともサイン入ってました💦
「サイン本に舞い上がって持ってるの忘れてまた買ったのね、キミ」とあの頃の自分にツッコんだよね。
読む方は2月に観た「FORTUNE」のフライヤーをブックカバーにしてみました。
何だか洋書みたいでいい感じ。
サイン本売ってたからってむやみに買うのはやめなさい の地獄度


