2020年01月02日

切ない愛おしいまた会いたい 「蝙蝠の安さん」


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松本幸四郎さんがチャップリンの「街の灯」を歌舞伎化した「蝙蝠の安さん」を12月に上演すると情報公開された時、「あ、その話、前に聞いた!」と思い当たりました。
自分のブログ検索してみると、2007年3月 「チャップリン国際シンポジウム」でチャップリンのお孫さんと対談された時でした(こちら)。
あの時、チャップリンのお孫さんのチャーリーさんに正式に上演許可をいただいた作品。
幸四郎さんってば本当に有言実行の人です。

あれから12年過ぎましたが、幸四郎さんがおっしゃるところによると、今年はチャップリン生誕130周年で、チャップリンのご命日の12月25日にも上演。花売り娘お花を演じる坂東新悟さんのお祖父様・坂東好太郎さんは「蝙蝠の安さん」という映画に出演されていたという巡り合わせは計画してできることではなく、まさに「今が上演する時」だったそうです。


国立劇場12月歌舞伎公演 
チャールズ・チャップリン生誕130年
チャールズ・チャップリン=原作「街の灯」より
「蝙蝠の安さん」
脚色: 木村錦花
補綴: 国立劇場文芸研究会
脚本考証: 大野裕之
演出: 大和田文雄
美術: 国立劇場美術係
出演: 松本幸四郎  坂東新悟  市川猿弥  大谷廣太郎  
澤村宗之助  上村吉弥  大谷友右衛門 ほか

2019年12月22日(日) 1:55pm 国立劇場大劇場 1階2列下手
(上演時間: 1時間35分)



映画「街の灯」は多分高校生くらいの時に観たことがあります。
その頃よくチャップリンの映画を観ていましたので、「街の灯」と「ライムライト」がごちゃ混ぜになりがちだったのですが、舞台観ているうちにそうそう!と思い出しました。

ストーリーはほぼ「街の灯」そのままを日本の江戸時代に置き換えた感じ。
「蝙蝠の安さん」は、歌舞伎「与話情浮名横櫛」に登場する「蝙蝠安」に見立てられています。
風来坊の蝙蝠の安さん(幸四郎)は、橋の上で出会った盲目の花売り娘お花(新悟)の目の治療費のため奮闘して手に入れたお金を渡します。やがて目が見えるようになったお花のもとを安さんが訪ねますが・・・。


とてもよかったです。
結末は知っているはずなのにラストは切なくて、花道に佇む安さんが愛おしくて、涙がじわりとあふれました。


序幕 映画で記念碑の序幕式は大仏のお披露目
お花が安さんをお金持ちと勘違いするところ、映画のタクシーが駕籠に
ボクシングの試合は賭け相撲
といった具合に一つひとつ丁寧に日本に置き換えられています。
黒御簾から三味線で「街の灯」が流れてきた時にはうわぁ~という気分になりました。少し後の場面では笛でも演奏されていて、何とも哀愁を帯びた調べでした。

妻を亡くし、寂しさから川に身を投げようとした新兵衛(猿弥)を助ける安さん。
助けようとして川に落ちそうで落ちなかったり、やっぱり落ちたり(笑)。
幸四郎さん、猿弥さんの息のあったやり取りでドタバタ喜劇のような笑いの絶えない場面となっていました。
大店の旦那で裕福な新兵衛の家に招かれて、「何か芸をしろ」と安さんが言われるのも日ネタのようでした(私が観た日は結構グダグダだった)。
帰り際、羽織をパッと投げて着ようとしてうまく袖が通らず、幸四郎さん素で笑ってしまって、「普通に着りゃいいものを」と新兵衛さんに言われていました。
あれ、ちぎちゃん(早霧せいなさん)上手かったよね~と宝塚の「幕末太陽傳」思い出したり。

この新兵衛が気前はいいけれど酒癖は悪く、酔いから醒めると酔っていた時のことをすっかり忘れてしまう人物。
安さんが相撲で負けてしまってお花に渡すお金がないと知ると、財布ごと安さんに渡してやりますが、目覚めた時には覚えていなくて、安さんは岡っ引きに追われることに。
何とかお花に財布を渡して、その後捕まってしまいます。

そうして大詰「浅草奥山の茶店の場」
目が見えるようになって、母のおさき(吉弥)とともに花屋を切り盛りするお花。
それまで舞台がどちらかといえばモノトーンに近い色彩だったのが、この場は重陽の節句でたくさんの菊の花が店先を明るく彩り、目が見えるようになったお花の心を映し出しているよう。

「お前は目が見えるようになったんだね」とお花に語りかける安さん。
うれしそうでもあり、寂しそうにも見える、何とも哀歓に満ちた表情を浮かべて。
それでも恩人をお金持ちだと思い込んでいて安さんがその人と気づかないお花。
「お茶はいらねぇ、花をくれ」という安さんに黄色い菊の花をあげて、みすぼらしい身なりに同情して施しのお金を渡そうとして安さんと手が触れ、ハッとします。
この時の安さんの表情がまたね~。
駆け寄ろうとするお花を振り切る様に、「花をありがとうよ」とだけ言って、何とも言えない表情を浮かべて花道に立つ安さん。
お花の目が見えるようになったことがうれしくて、それだけで満足で、自分がしたことを告げることもせず去っていく安さん。
多分この先二度と会うことがない二人。
涙で安さんの姿も霞みがちだったのです、しみじみ心に残る幕切れでした。


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衣装も拵えもチャップリンに寄せていた幸四郎さん。この親和性。


目で声で表情で仕草で、ペーソスに満ちて何とも愛すべき安さんを描出した幸四郎さん。
「見上げる感じが欲しかった」という新悟くんお花の盲目の時の儚さと目が見えるようになってからの明るさの演じ分け。
いかにもお大尽な雰囲気を醸しつつ笑いの間も絶妙な猿弥さんの新兵衛。
娘を思う気持ちがやさしい吉弥さんのおさき。
おさきお花母娘を温かく見守る友右衛門さんの大家さん。
短い出番ながらヤクザでいなせな感じがいかにもな宗之助さんの海松杭の松さん。
役は多くありませんが、周りの役者さんも皆ハマっていました。

また、国立劇場美術係さんがとてもレベルの高い舞台美術を見せてくれています。
冒頭、花道から出てくる新兵衛と又三郎(廣太郎)が乗った舟が橋げたの下をくぐって、その橋げたのセットが下がって橋の上で安さんとお花が出会う場となり、安さんが自分の住処である橋の下に帰るところではまたセットが上がって、橋の上から縄ばしごで降りてくる・・・と立体的に見せるばかりでなく、一切幕も暗転もなく、流れるようにスピーディな舞台転換ですばらしかったです。

幸四郎さんがトークでおっしゃっていた「振り落とし幕」(劇中出てきた英語や日本語の文字がたくさん書かれていた黒い幕)についても、幸四郎さんが安さんの衣装の柄をコピーして切り貼りしてデザインして、「こんなのできませんか」と初日の1週間前に美術さんにお願いしたら2日で仕上げてくれて舞台稽古に間に合ったという話もほんとすごいです。


チャップリンの「街の灯」もまた観たくなりましたし、安さんにもまた会いたいと思っています。
泣いたけど、切ないばかりではなくて優しくて幸せな持ちにもなれる・・・チャップリンと幸四郎さんにクリスマスプレゼントいただいたような、そんな舞台でした。



201912kokuritsu.jpg順番逆になっちゃいましたが、こちらもちゃんと観ました。

近江源氏先陣館 ―盛綱陣屋―
作: 近松半二
美術: 国立劇場美術係
出演: 松本白鸚  中村魁春  松本幸四郎  市川高麗蔵  
上村吉弥  澤村宗之助  大谷廣太郎  松本幸一郎    
市川猿弥  坂東彌十郎  大谷友右衛門  坂東楽善 ほか

2019年12月22日(日) 1:55pm 国立劇場大劇場 1階2列下手
(上演時間: 1時間50分)



「盛綱陣屋」は歌舞伎座で比較的よくかかっている印象ですが、白鸚さんが佐々木盛綱を演じられるのは28年ぶりだそうです。

大坂の陣で徳川方と豊臣方に分かれて戦った真田信幸・幸村兄弟をモデルにした物語。
佐々木高綱は一子小四郎(幸一郎)を兄の佐々木盛綱(白鸚)に生け捕りにされ、無謀な攻撃を仕掛けて討ち死にします。盛綱が主君 北条時政(楽善)の前で首実検すると偽首とわかりますが、小四郎が「とと様」と叫んで自害するのを見て、高綱が子に自害を言い含めて仕組んだ作戦だと見抜きます。盛綱は命を捨てる覚悟を決め、本首だと時政に告げるのでした・・・。

いつも書いているように思いますが、家のため、忠義のためとはいえ、年端のいかない子どもが犠牲になる話は甚だ苦手・・・という訳であまり好んで観る演目ではありません。

3月に観た仁左衛門さんの「盛綱陣屋」がすばらしくて記憶にも新しいところですが、白鸚さんの盛綱も趣きは異なっていましたがとてもよかったです。

一番違いを感じたのは首実検の場でしょうか。
首が弟の高綱ではないと気づいた時、盛綱は驚くと同時に安堵とも喜びともとれる表情でつい口元もほころぶ・・・という仁左衛門さんに対して白鸚さんは表情を変えません。微かに安堵の色は見せたように感じましたが、一瞬目を閉じて思い巡らせた後、「弟佐々木高綱が首に、相違ない、相違ござりませぬ」と涙ながらに時政に首桶を差し出す様に忠義と覚悟の狭間で、甥である小四郎の死に苦悩する悲哀が滲み出ているようでした。

小四郎を演じた松本幸一郎くんが、声もよく通り、所作もしっかりしていてすばらしくて誰?と思って、後で調べたら、この12月に幸四郎さんのお弟子さんとなって、これが「松本幸一郎」という名前での初舞台とか(こちら)。
こども歌舞伎スクール寺子屋の出身で、以前から子役として歌舞伎の舞台に出ていた市村大雅くん。
昨年十月歌舞伎座の「佐倉義民伝」で宗吾娘おとうをやっていた子とわかって、「あの子かっ!」となりました。
まだ9歳ですが、顔もかわいいし、立ち姿も立派ですし、これからも楽しみな役者さんです。

吉弥さんの微妙、魁春さんの篝火、高麗蔵さんの早瀬と揃った女形陣、楽善さんの時政、彌十郎さんの和田兵衛秀盛、幸四郎さんの信楽太郎、猿弥さんの伊吹藤太と勇壮な立役陣ともに充実で、見応えのある「盛綱陣屋」でした。



12月25日の「Chaplin KABUKI NIGHT」も行きたかったなぁ 専用プログラム買ったけど のごくらく地獄度 (total 2055 vs 2057 )

posted by スキップ at 21:29| Comment(0) | 歌舞伎・伝統芸能 | 更新情報をチェックする
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