2019年12月20日

新作歌舞伎 「風の谷のナウシカ」


kabukinausicaa.jpg宮崎駿さんが1982年(昭和57)に連載開始して13年をかけて完結した大作漫画。
1984年(昭和59)には宮崎駿さんご自身の監督で映画化もされています(単行本全7巻のうち2巻目まで)。
そのどちらも未読未見。絵本だけの予習で、配役もナウシカの菊之助さん、クシャナの七之助さん以外は把握せず、些か不安を抱えて臨みました。



あの壮大な世界観を理解できたかどうかはさておいて、ストーリーや登場人物に混乱することはなく、舞台作品として、歌舞伎の演目として、とても楽しくおもしろく観ることができました。


新作歌舞伎 「風の谷のナウシカ」
昼の部:  序幕  青き衣の者、金色の野に立つ/二幕目  悪魔の法の復活/
三幕目   白き魔女、血の道を征く
夜の部:  四幕目  大海嘯/五幕目  巨神兵の覚醒/
六幕目  浄化の森/大詰  シュワの墓所の秘密
原作: 宮崎駿
脚本: 丹羽圭子  戸部和久
演出: G2
協力: スタジオジブリ
美術: 中嶋正留  照明: 千原悦子  音楽: 杵屋巳太郎
作曲: 新内多賀太夫  振付: 尾上菊之丞
衣装: 松本勇  映像: 上田大樹
出演: 尾上菊之助  中村七之助  尾上松也  中村歌昇  坂東巳之助  尾上右近  中村種之助  中村米吉  中村芝のぶ  市村橘太郎  嵐橘三郎  片岡亀蔵  
河原崎権十郎  市村萬次郎  中村錦之助  中村又五郎  中村歌六 ほか
声の出演: 市川中車  中村吉右衛門  

2019年12月18日(水) 11:00am 新橋演舞場 1階3列下手/
4:30pm 1階4列センター
(上演時間: 昼 3時間35分/幕間 35分・20分  夜 4時間/幕間 35分・20分・10分)



あらすじを書くととてつもなく長くなるので省略。
大枠としては、「火の7日間」と呼ばれる戦争を経て産業文明が滅び、大地のほとんどが、瘴気(しょうき)という毒を発する森 腐海に覆われた世界で、トルメキア王国と土鬼(ドルク)諸侯国連合帝国の戦争が激化する中、トルメキアと古くから盟約を結ぶ辺境の小国「風の谷」の族長の娘 ナウシカが立ち上がる、という物語です。

「火の7日間」やその後の汚染された世界はもちろん核戦争を連想させますし、世界が荒廃してもなお止むことのない国と国、人間同士の争いや「巨神兵」の復活などとても意味深。
文明の破壊と再生、自然への畏怖と敬意、戦争に対する批判と共生への道など、他の作品にも共通する宮崎駿さんの世界観が脈打つ物語。

余談になりますが、王蟲の台詞に「全であり個、個であり全」というのがあって、「それ、この間『終わりのない』の感想に書いたやつ!」とハッとなったのですが、後で調べたら、ナウシカの名前は「オデュッセイア」に登場する王女ナウシカアー Nausicaä から取ったということ。「終わりのない」の原典はその「オデュッセイア」。こういう演劇的世界観の繋がり、ゾクゾクします。


nausicaa.jpeg


原作の7巻を昼夜通しでの上演ですが、映画版の部分は昼の部で、その後のストーリーを夜の部でという構成。
私は映画も原作も知りませんので、どこがその区切りとかよくわからないのですが、昼の部は人物紹介も兼ねたストーリーがどこか牧歌的な雰囲気もありつつゆったり流れて、夜の部でぐっと物語に厚みが増して動き、メッセージ含めいろんなものが押し寄せてくる、という印象でした。

特に大詰の「ヒドラの庭の場」と「墓所の主の場」。
ここにこの作品のキモが集約されているという感じ。
「暮れ行く世界に生きる(今の)人間は浄化とともに滅びるように定められている」という真実が明らかになって(このあたり、台詞しっかり聞いていないと置いていかれそうになって、昼夜通しで疲れた頭に鞭打って集中したよね)、それでも、「どのように生まれようと全ての命は同じ。生きとし生けるものの定めはこの星に託し、どんなに苦しくとも精一杯に生きねばならぬ」というナウシカの言葉が、プログラムを開いた最初のページに書かれた鈴木敏夫さんの手による「生きねば。」という力強い文字とも重なって、これこそがこの作品を通してのメッセージなのだと心に響きました。


舞台は思っていた以上に歌舞伎寄りでした。
もちろん「原作」ありきなのですが、古典に敬意を払いつつの挑戦という感じでしょうか。
衣装や拵えは(多分)原作に近づけていて、米吉くんケチャなんて出てきた時、「え?ノーメイク?!」と思ったくらい。←
それ以外は、本水や宙乗りといったケレン含めて、所作や立ち回り、自分のことを「わらわ」と言うクシャナや、ナウシカを「母上」と呼ぶオーマ(原作は「ママ」)をはじめ台詞も、長唄や義太夫、琴などの音曲も、舞台装置や美術も、そして大詰のあれも、「わぁ~、歌舞伎っ!」と感じました。
そこが「ワンピース」とかなり印象が違うところで、どちらがいいとか悪いとかではなく、これが「音羽屋」さんの新作歌舞伎かと感じ入りました。

クシャナが「この恨みはらさでおくべきか~!」と見得をしたり、クロトワ(亀蔵)の「おらぁシッポを出しちまうぜ」からの「源氏で言やぁ梶原景時 並ぶ者なき立身出世 描いてみたが水の泡」と続く七五調の語りなんて、元の歌舞伎思い浮かべてニマニマ。

あの、墓の主の精(歌昇)とオーマの精(右近)の対決はねー。
墓の主の精が登場したところで、それまで後ろ向きで文字が大量に書かれた人たち(←語彙不足)がダダダッとドミノ倒しのように順番にぶっ返って墓の主の精と同じ拵えになるところ。
白の墓の主軍団 vs 赤のオーマの精軍団 という色彩の対照の鮮やかさ。
ここぞとばかりに張り合う歌昇くん、右近くんの毛振り。
うわっ、ここにそれ持って来たのか~と、シビレる演出でした。
歌昇くん、右近くん二人きりの毛振りを観るのは初めてで、二人の踊りの個性の違いも際立っていてとても観応えありました。

右近くんはアスペルとして、ユパ(松也)とともに本水の大立ち回りでも大活躍。
左右の大きな王蟲の培養槽から大量に流れ出る水、斬られてバシャンバシャン水槽に飛び込む蟲使いたち。ユパが階段の一番上から舞台まで大ジャンプした時には客席から「おお~」というどよめきと拍手喝采。

松也くんユパはキツネリスのテトを追いかけて客席(通路でないところ)を行くのですが、「変わった服を着ておるな」と客席いじりもお手のもの。「荷物がいっぱい置いてある」「荷物がいっぱい置いてある」と何度も言いながら横切って行かれました(笑)。


12月8日の事故で菊之助さんが左肘を亀裂骨折されて演出が変更されたということでした。
・ナウシカの宙乗り(昼・夜)
・ナウシカがトリウマのカイに乗る
・夜の部の所作事(ナウシカの一人踊り)
が中止された主な演出だと思います。

この日、昼の部。
暗転中に何だか宙乗り用のロープが動く気配があって、照明が入るとスポットライトの中にメーヴェにすっくと立つナウシカの姿が。客席どよめきました。
私はといえば、「宙乗りはやめてなかったんだ」とのん気に考えていたのですが、夜帰宅してから菊之助さんのInstagramでこの日から宙乗りを再開されたことを知りました(こちら)。
ゆったりとした動きながら、脚をあげて体は並行になって、左手で手すりを握る仕草もあってドキドキしましたが、ご本人は最後まで穏やかな表情を絶やさず。
観られてとてもありがたかったしラッキーでしたが、本当にご無理はなさらないでいただきたいです。
19日からは夜の部の所作事も再開されたとか。本当にすばらしい情熱と気力です。


ナウシカは、人々が恐れる腐海に入り、蟲と心を通わせ、生きとし生けるもの全てを愛し受け入れる、優しくて母性溢れる少女。
その清廉さと品と、内に秘めた強さを凛として見せる菊之助さん。
主人公ではあるものの、どちらかといえば受動的で、派手なしどころや面白みがある人物ではないと思われますが、終盤、庭の主や墓所の主との対話の中で自己と向き合い、世界の真実に気づいたナウシカから発せられる言葉の凄み。

七之助さんのクシャナは皆さんおっしゃっていますが本当にハマり役で、原作を知らない私が観てもホレボレするカッコよさ。
高貴で華麗でクールで傲慢。
あのパッサーとマント翻すところとか、白い衣装で足組んで座っているところとか、ビジュアル百万点。「明朝、雲の上にて待つ!」「所詮ん血塗られた道だ」「醜く太った豚に情は無用!」と、カッコよすぎる台詞の連打でした。
一転して、自分をかばって倒れたクロトワを抱きかかえて歌う子守歌の哀切な響き。

そういえば、クシャナが自分の服の背中をナウシカに「後ろをとめてくれ」と言う場面があって、何だか唐突な印象を受けたのですが(客席ではちょっと笑いも起こってた)、あれ、原作にある萌えシーンなのですってねー。

松也くん筆頭に歌昇くん、巳之助くん、右近くん、米吉くん・・・若手花形の皆さんの活躍も頼もしい限り。
中でも、二幕で道化を演じた種之助くんの達者ぶりが出番は短いながらことのほか印象的でした。
昼の部冒頭は右近くんが正装の口上、夜の部は種之助くん道化の紹介で登場人物が一人また一人と登場する演出もよかったな。

歌六さんってヴ王の存在感とカッコよさ。
そして、庭の主の中村芝のぶさんですよ(ナウシカの母もだけど)。
いやあの声の変化、本当に凄い。芝のぶさんって、「野田版 桜の森の満開の下」でもエナコで異彩放っていましたが、お家の枠を超えてのご活躍も目立ちますね。


幕間や昼夜の間はあるとはいうもの、11時から8時30分までの長丁場。
終わってみればそんなに時間が経っていたんだ、と竜宮城に迷い込んでいたような気分でした。
「『風の谷のナウシカ』を歌舞伎でやりたい」それも「古典的な歌舞伎の手法で表現したい」という菊之助さんの長年の願いが実現した舞台。
その舞台に立ち会うことができて幸せでした。



それでも原作読んでいた方がもっと深く理解できたかなぁという思いはあります のごくらく地獄度 (total 2048 vs 2052 )


posted by スキップ at 23:44| Comment(0) | 歌舞伎・伝統芸能 | 更新情報をチェックする
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