2019年10月25日

命より重い任務があんですか? 「最貧前線」


saihinzenzen4.jpg宮﨑駿さんが模型雑誌「月刊モデルグラフィックス」に1980~90年代に不定期に連載した『宮﨑駿の雑想ノート』という連作絵物語&漫画の中の1作。その「雑想ノート」からは『紅の豚』も生まれたのだとか。
わずか5ページの小品という宮﨑駿さんのオリジナル作品を国内初の舞台化だそうです。


「最貧前線」 ~『宮﨑駿の雑想ノート』より~
原作: 宮﨑駿
脚本: 井上桂
演出: 一色隆司
美術: 松井るみ  音楽: 久米大作  
映像: 上田大樹  照明: 倉本泰史
出演: 内野聖陽  風間俊介  溝端淳平  佐藤誓  加藤啓  蕨野友也  
福山康平  浦上晟周  塩谷亮  前田旺志郎  ベンガル

2019年10月17日(木)6:30pm 兵庫県立芸術文化センター 
阪急中ホール 1階H列センター
(上演時間: 2時間40分/休憩15分)



物語は昭和19年から始まります。
太平洋戦争末期の日本。
軍艦をほとんど失くした日本海軍は、漁船を徴用し特別監視艇として、来襲するアメリカ軍の動静を探る任務を課していました。
徴用された小さな漁船 吉祥丸。
乗組員は、艇長(風間俊介)を始めとする海軍軍人5名と、もともと吉祥丸で漁をしていた船長(内野聖陽)を含めた漁師たち6名。
軍の規律を重んじる軍人たちと叩き上げの漁師たちはことごとく対立しますが、やがて軍人たちは漁師たちの知識や経験値、行動力に一目置くようになり、互いに信頼関係を芽生えさせていきます。しかし、戦況は厳しく、吉祥丸は海の最前線ともいうべき南方の海域に急遽派遣されることになります・・・。


「生きねばなんねぇ」とフライヤーに書かれています。
それは内野さん演じる船長の台詞なのですが、宮﨑駿さんのメッセージと聞こえました。

戦争で死ぬなどとは考えてもいないような漁師たちに対して、艦長以下の軍人たちはすでに死(と敗戦)を覚悟していて、お国のために死ぬことこそ生きる証と考えているように見えます。

これから南方の最前線へ行く、というところで一幕が終わって、戦況やいろいろな側面からどうしても辛い結末を予想してしまって、重い気持ちで二幕を迎えたのですが、そうはならない、安易に悲劇に走らないところがまずはすばらしい。
あのB29を迎え撃つ場面はそれこそ手に汗握って観る感覚でしたが、お守りを口に加え決死の形相の船長が敵機を蹴散らした時、そうだ、宮﨑駿さんはいつも、辛くてどうしようもない世の中にもわずかながら希望はあると、未来への希望を感じられる物語を描いてきた人だということを思い出しました。
生きることや命のとらえ方を改めて考えさせられる物語ですが、それは宮﨑駿さんの作品に共通したメッセージなのではないかな(全部拝見しているという訳ではありませんが)。

5ページの原作をどれくらい脚本で膨らませているのか定かではありませんが、どこか牧歌的な雰囲気とか、戦時下にあってもクスリと笑えたりする感じとかがいかにも宮﨑駿ワールドだなぁと。


軍人が鯨を敵の潜水艦と間違えたり、漁師が嵐になる兆しを言い当てたり、海に落ちた水兵を救い上げるために船長が一計を案じたり、軍人たちが全員船酔いでヘロヘロな中、漁師たちはみんなピンピンしていたり、敵機来襲という初めての体験に腰を抜かす漁師たち・・・とユーモラスだったりへぇ!だったりなやり取りの中で、軍人と漁師の間の分厚い壁が少しずつ近づいていく感じもとてもよかったです。

それと同時に、あえて声高に叫ぶことなく戦争の理不尽さを感じさせるのもすごい。
「大義」という名のもとに、どれほど「役に立たないもの」に命をかけさせられているか。
見習いをかばって敵の銃弾を受け、瀕死の砲術長の命を救うため、一旦帰港することを主張する船長に対し、「我々には任務がある」と頑として受け入れない艇長。
「命より重い任務があんですか?」という船長の言葉も、戦争の大義にがんじがらめの艇長には届かない虚しさ。

不勉強でこんなふうに一般の漁船が駆り出されていたことを知りませんでした。
あんな装備でアメリカの要塞のような戦艦、潜水艦や雨あられと爆撃してくる航空機に向かうなんて、大人と赤ん坊以上の差があって、全く無茶な、と思いましたが、思えば特攻隊も人間魚雷も、戦争末期の日本の戦い方は本当に理不尽なことばかりだったな。



saihinzensenkisshomaru1.JPG 
©Studio Ghibli


舞台装置も素敵でした。
物語は基本的に吉祥丸の船上だけで進みます。
舞台いっぱいに設えられた大きな船のセット。それが上下三層になっていてそれぞれの階層で芝居が展開し、さらに二層めの部分は半分に分けて左右で見せたりも。
下の方にはずっと海面の映像が流れ続けています。
嵐はリアルな映像で、B29の編隊や巨大な機影は実録フィルムが使われていたそうです。

スクリーンにプロジェクションマッピングで映し出される宮﨑駿さんの原画が,紗幕を通して浮かび上がる装置とシンクロして、漁船の電灯を思わせるオレンジの電球が灯って、映像が舞台に重なって動き出す瞬間もとても好きでした。
美術は松井るみさん、映像は上田大樹さん。またかあななたちですかーと思うくらい、お二人とも本当にご活躍ですね。


6月に「化粧二題」を観た時にも絶賛したのですが、内野聖陽さんのうまさはには感服するしかありません。ほんと、漁師だもの、そして船長だもの。ラストの場面では歳を重ねたこともきちんと感じられて。しかも主役として舞台を真ん中で支える華もあってすばらしい。

艇長は風間俊介くん。
決して笑顔を見せない頑なな雰囲気が、戦争にがんじがらめになっていた当時の日本と日本軍人を象徴するようでした。それがあってラストの解き放たれたようなやわらかな佇まいが印象的。涙ボロボロ流しながらの熱演でした。

軍服がキリリと似合う溝端淳平くんの通信長。
艇長に代表される軍人の立場も理解し、無線士や見習いとの交流で見せる温かさも素敵でした。

力が抜けた感じで何ごとにも動じなくて、船長とのバディ感も際立つベンガルさんの漁労長、自然体だけど仕事はきっちりこなす佐藤誓さんの無線士・・・と役者さんみんないいなぁと思いながら観ていて、見習い誰?となりまして、休憩時間にポスター確認しに行って、「旺志郎?おうしろおおぉ?」と二度見しました。あのまえだまえだの弟がこんな立派な舞台役者になって、おばちゃんびっくり&感激でございました。


カーテンコールで、舞台に横一列に並ぶのではなく、吉祥丸のてっぺんから船底、そして甲板まで、それぞれの持ち場(一番よくいた場所)に立ってご挨拶というのも洒落ていました。



「平和が何よりだのぉ」by 船長 のごくらく度 (total 2023 by 2025 )

posted by スキップ at 23:42| Comment(0) | 演劇・ミュージカル | 更新情報をチェックする
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