シャーロック・ホームズが「緋色の研究」で一躍世に出る直前の物語。
「第一の事件」から「第四の事件」まで、四つの“事件”から構成されていますが、推理劇というより人間ドラマの様相が濃い。
副題は「THE SPARE」
兄マイクロフトに「お前は俺のスペアだ」と言われるシャーロック
主役は絶対にまわってこないスペア女優のヴァイオレット
夫でありながら妻にとってはスペアだったワトソン
・・・この物語にはいろいろなスペアが出てきますが、三谷さんがラストシーンに込めたメッセージは、シャーロックにとってワトソンは、またワトソンにとってシャーロックは、唯一無二。代わり(=スペア)なんていない、ということじゃないかな。
「愛と哀しみのシャーロック・ホームズ」
作・演出: 三谷幸喜
美術: 松井るみ
照明: 服部基
映像: ムーチョ村松
出演: 柿澤勇人 佐藤二朗 広瀬アリス 八木亜希子
横田栄司 はいだしょうこ 迫田孝也
音楽・演奏: 荻野清子
2019年10月5日(土) 6:00pm 森ノ宮ピロティホール F列下手
(上演時間: 2時間25分/休憩 15分)
19世紀のロンドンを連想させるようなレンガ模様の緞帳に、まるでサイレント映画のように字幕と静止画が浮かび上がります。
下手にはアップライトピアノが一台。上手にはぽつんと小さなテーブルと籐の椅子。
荻野清子さんがピアノの前に座って演奏を始めて幕があがると、そこはベイカー街221b
あのテーブルと籐の椅子がそのまま部屋に溶け込んで、シャーロックのお気に入りの居場所になってるの、素敵な演出だったな。
物語から浮かび上がるのは、シャーロック(柿澤勇人)と二人の男たちとの関係。
一人は兄 マイクロフト(横田栄司)。
そしてもう一人はちろん ワトソン(佐藤二朗)です。
ヴァイオレット(広瀬アリス)という女性が持ち込んだ事件がすべてマイクロフトの仕込みで、ヴァイオレットはもちろん、ワトソンまでもがマイクロフトがシャーロックを見張るために遣わした存在だと知って凹むシャーロック。
さらに追い打ちをかけるように、最初にシャーロックがレストレイド警部(迫田孝也)に出したうそつきと正直者のクイズも実はマイクロフトが考えたものだということが明らかになって、かなり落ち込んでいるシャーロック。
三番目の「スコーン紛失事件」はまぁ、私でもすぐ犯人がわかるくらいだからおまけとして、マイクロフトとシャーロックの葛藤が描かれる第四の事件・・・というか「ランタン」というトランプゲームが見ごたえ聴きごたえたっぷり。
弟を定職に就かせて自分の支配下に置いておきたい兄 マイクロフトに、自分の人生を賭けて頭脳ゲームに挑むシャーロック。
周りを巻き込んで質問やリアクションを見ながら自分のカードを特定する精度を高めていき、マイクロフトとの心理戦を展開する様が圧巻です。
「弟は馬を買ってもらえたが自分は買ってもらえなかった」とゲームの中でマイクロフトが語るエピソードから、長男として幼い頃から跡取りとなるべくプレッシャーを受けて育った兄の、自由に生きてのびのびと感性を発揮する弟への、憧れと妬みの入り混じった複雑で屈折した思いが感じられて切ない。
マイクロフトの傲慢さは、弟へのコンプレックスの裏返しなんだと思うと、あの憎々しいマイクロフトが愛おしくさえ思えてきます。
この勝負は結局シャーロックが勝ちますが、負けるとわかっていて降りなかった時点で、マイクロフトは自分の中の弟への思いにケリをつけ、弟の生き方を認めたのだと思います。
一方、ゲームの中で、ヴァイオレットに「好きなタイプは?」と質問されて、「聡明で」「洞察力があって」「チャーミングで」・・・とヴァイオレットのそばで思わせぶりに言いながら、最後に「口ひげが生えている」とワトソンのそばに行くシャーロックが、ほんとシャーロック。
そしてその言葉を聞いた時のワトソンのあの表情がもうね~。
これ、次のステップへの伏線になっていたのね。
ワトソンとミセス・ワトソン(八木亜希子)の互いへの質問もあって、これも後で考えたら伏線になっていたのねーと、相変わらず三谷さんの緻密な脚本に唸る思いでした。
兄弟の確執と葛藤の末にゲームに敗れ、弟 シャーロックの進むべき道に理解を示して去っていくマイクロフト。
とここで、終わると思いきや、さらにもう一つのクライマックスが。
浮気(なのか本気なのか)して自分を裏切っている妻へのワトソンの復讐。
ワトソンは自分が毒を飲んで死に、その罪を妻に着せようと企み、シャーロックはそれをすべて看破していました。
「死なせるわけにはいかないんだよ、大事な友達だから」「一緒に悩むことぐらいはできる」とシャーロック。
そこへグレグスン警部から事件を知らせる手紙が届き、そうして、トレードマークの黒い外套に身を包み、「行くぞ」とワトソンを伴って、颯爽と二人にとって最初の事件「緋色の研究」へ向かうところで幕。
・・・私たちが知っているホームズ&ワトソンコンビの誕生・・・なんてステキな幕切れなんでしょう。
推理オタクっぽくて人とのコミュニケーションは苦手、天真爛漫で繊細で、屈折した思いを抱えつつも尊大でプライドが高く、いかにも天才肌のシャーロックに柿澤勇人さんがとてもよくハマっていました。
三谷幸喜さんが初めて柿澤さんの舞台を観た時、「僕のシャーロック・ホームズがここにいる」と思ったという逸話、ほんと凄いと今更ながら思います。
カッキー、「アテネのタイモン」観た時も「もう、どんどんストプレやったらいいと思うよ!」と感想書いているのですが、ミュージカルあまり観ないスキップ的には、これからもどんどんストプレで大いに力量を発揮していただきたいです。
人間味があって温かく、味わい深い佐藤二朗さんのワトソン。
「え?佐藤二朗、セリフちょっと棒読みじゃない?」と冒頭のあたりで思ったのですが、「ワトソンの下手な芝居」にまんまと騙されていた訳で、それが終盤にもう一度(ミセス・ワトソンのくだりね)あって、「あっ、これも下手な芝居か!」となりました。
横田栄司さんのマイクロフトもすばらしかったな。
高圧的で傲慢で、シャーロックの前に立ちはだかる大きな壁なのだけど、ビスケットやスコーンが好きって愛嬌があって、最後に去っていく背中には哀愁も漂い・・・。
相変わらずいい声だなぁと聴き惚れていたのですが、後ろの席の人が幕間に「あのお兄さん役の人、心くんと一緒にやってる人やろ?初めて観たけど声でわかったわ〜」とおっしゃっていて、あのマイクロフト観てビッグベンに結び付くその人凄いし、声だけでわからせる横田さんすばらしいと思いました
そうえいばこの舞台のフライヤー、写真ではなくて絵だと横田栄司さんがツイートされるまで全然気づきませんでした。
知的で美人、洞察力もしたたかさもあるミセス・ワトソン 八木亜希子さん。
開演前のアナウンスがいつになく聞き取りやすい良い声で、「あれ?この声、八木亜希子アナウンサーに似てるな」と思って観ていたら八木さん出て来て、「あ!」となったのですが、声もよく通ってもうすっかり女優さんだなぁ。
どこまでも気のいいレストレイド警部 迫田孝也さん、お世話好きで明るく、ちょっぴりユルいハドスン夫人 はいだしょうこさん、華やかさの中にコメディエンヌの片鱗を見せたヴァイオレット 広瀬アリスさん・・・周りの役者さんも皆よかったです。
つくり込まれた舞台装置、緻密に練られた脚本、細かく計算された演出、適役好演の役者陣
クオリティのそろった舞台、楽しませていただきました。
二幕冒頭の♪素敵なショータイム♪
ミュージカル畑の柿澤さんやはいださんではなく、佐藤二朗さんと八木亜希子さんに歌わせるあたり、さすが三谷さん、スナップ効いています。ご本人たちは楽しそうに(?)歌っていらっしゃいました。
スタオペとなったカーテンコール。
一歩前へ出て投げキッス繰り返す佐藤二朗さんに押し出される形で柿澤勇人さんが盛大に投げキッスして、客席から歓声があがりました

スコーンが猛烈に食べたくなって、まんまと買って帰りました のごくらく地獄度



