
結構よく観ている気がするのですが、全部東京でしたか。
直近に観たのは2017年の「晴の会」ですが、あれは自主公演だからカウントされないのね。
中村七之助さんが初役でお岩・与茂七・小平の三役に挑みます。
南座開場記念 九月花形歌舞伎
通し狂言 東海道四谷怪談
序 幕 浅草観音額堂の場/按摩宅悦内の場/
浅草観音裏地蔵前の場/同 田圃の場
二幕目 雑司ヶ谷四ッ谷町伊右衛門浪宅の場/
伊藤喜兵衛内の場/元の伊右衛門浪宅の場
三幕目 砂村隠亡掘の場
大 詰 蛇山庵室の場
作: 四世鶴屋南北
監修: 坂東玉三郎
補綴: 竹柴徳太朗
出演: 片岡愛之助 中村七之助 市川中車 中村壱太郎
中村歌女之丞 中村鶴松 片岡千次郎 片岡亀蔵 市村萬次郎 ほか
2019年9月22日(日) 11:00am 京都南座 3階1列センター
(上演時間: 4時間/幕間 30分・20分)
坂東玉三郎さん監修。
戸板返しや提灯抜け、早替りといった「四谷怪談」につきもののケレンはもちろんありつつ、奇をてらったところがなくて、これまで観た数々の「四谷怪談」の中でも結構正統派の印象を受けました。
幽霊やホラーといったイメージが強い「四谷怪談」ですが、お岩という女性の純粋さゆえの悲劇・・・とても切なく哀しい情念と因果の物語だと思っています。
そのあたりがとても丁寧に描かれていました。
七之助さん入魂のお岩。
内からにじみ出る儚さ、健気さ、それらを覆ってしまうような怒りと怨念。お岩の持つ表裏一体の情念を見事に描出。
二幕 「元の伊右衛門浪宅の場」。
夫である伊右衛門に騙された無念、「これがわたしの顔かいな」という悲痛な叫び、髪梳き・・・凄まじいほどに鬼気迫る場面に客席中が静まり返っていました。顔は醜く変貌していますが、えも言われぬ色気を醸し出すお岩さん。伊右衛門に不義をしろと言われて不承不承といったテイの宅悦がついその気になってしまうのもむべなるかな。
宅悦は千次郎さん。抜擢だと思いますが、さすが日頃の精進が表れて上手い。
お岩の最期の場面は、宅悦と争ううちに赤ちゃんが泣いて、その泣き声に「坊・・・」と近づこうとして柱に刺さった刀に首が、という形。これは確か勘三郎さんが勘九郎時代に完成された型だと以前に何かで読んだことがあります。
それを今回、七之助さんが希望して引き継いだのか、監修の玉三郎さんがあえてその型を尊重されたのか定かではありませんが、お岩さんの子を持つ母としての思い、可愛いわが子を遺して果てる無念、未練がより強く出た型だと感じました。
勘三郎さんといえば、三幕 砂村隠亡堀の後に冒頭にも登場した舞台番(亀蔵)が再び出てきて、今回時間の都合で省かれた「三角屋敷」について解説するのですが、この流れで聞くと「やっぱり三角屋敷も観たかったな」となります。
「主筋へのお袖が実の妹だったという畜生道に直助は腹を斬り・・」のところで、勘三郎さんの直助が切腹する姿が脳裏にありありと浮かぶ・・・役者さんが演じるのではなく、耳で聴いたからでしょうか。あれ?何で今?と泣きそうになりました。コクーン歌舞伎の北番だったかな。勘三郎さんの直助は、私にとって唯一無です。
七之助さん、与茂七はいささか線が細すぎるきらいはあるものの、匂い立つような二枚目で変わり身も鮮やか。
愛之助さんの伊右衛門はほんと、クズ(ほめています)。
自分の思い通りにならないからとお岩の父 四谷左門を殺し、産後の肥立ちが悪いお岩への酷薄なまでの仕打ち、それなのに亡霊にとり憑かれお梅や伊藤喜兵衛を殺してしまう小心さ。
愛之助さんは凄みを見せながらことさら気負うでもなく演じていて、それがかえって伊右衛門の色悪ぶりを際立たせていました。
これにゾクゾクするような色気が加われば天下一品の伊右衛門になること間違いなし。
中車さんの直助権兵衛。
こんな世話っぽい役ならもう何の違和感もなく“歌舞伎役者”として観られる感じ。
下世話な悪人ながら歌舞伎の登場人物としての品があって、ここぞという型もきちんと決まっています。
上手いけれど台詞まわしが周りから浮いていたり、所作がたどたどしかったり、喉をやられて声をからしていた頃が嘘のようです。繰り返しになりますが、中車さん直助の「三角屋敷」 観たかったな。
可憐なお袖ちゃんとキリリとした小平女房お花を演じ分けた壱太郎くん。
ひと声聴くだけでそれとわかった萬次郎さんのお弓、さすがに手がたい歌女之丞さんの乳母おまき、白無垢が何とも可愛らしい鶴松くんのお梅-女形陣充実です。
いかにも武家然とした伊藤喜兵衛と軽妙な舞台番演じ分けた亀蔵さんも忘れてはいけません。
三幕では「何か気配が・・」と振り向くと私の座席のすぐ後ろにお岩さんの幽霊が立っていてドッキリしたりも。
伊右衛門、与茂七、お花の三人が並んで正座し、「先今日はこれぎり~」という切口上に何だかほっとすような幕切れ。
本当に怖いのは幽霊ではなく生きている人の心、と改めて感じ入った「東海道四谷怪談」でした。


京都なのに関西の歌舞伎クラスタさんではなく、東京からいらっしゃった方々にたくさんお目にかかった南座。
幕間のおしゃべりも楽しかったです。
ランチは菊乃井さんの穴子ちらしをいただきました。
これ、見本も写真もなくて中が見えない状態で買ったのですが、開けてみたらこんなに華やかで「秋の味覚の宝石箱や~」と喜んで完食です。
「三角屋敷」と「蛍狩り」もついた本当の通し狂言が観たくなりました のごくらく地獄度



