
ほどなく「千穐楽には澤村藤十郎さんもご出演」という情報が流れて、「やったー!」と6月3日(チケット発売日)の自分をほめたものです。
関西・歌舞伎を愛する会 結成四十周年記念
七月大歌舞伎 夜の部
2019年7月27日(土) 4:30pm 松竹座 3階2列センター
一、 芦屋道満大内鑑 葛の葉
出演: 中村時蔵 中村萬太郎 片岡松之助 上村吉弥 ほか
(上演時間: 1時間)
安倍晴明生誕の地と伝えられる安倍晴明神社は自宅からほど近いところにありますし、信太山にももちろん行ったことあります大阪の人間だもの(自衛隊の駐屯地があるのよね)・・・という訳で、安倍保名・晴明親子そして葛の葉は私にとって身近な存在・・・とはいえ、物語を知ったのは歌舞伎や文楽を観るようになってからですが。
陰陽師の安倍保名(萬太郎)に命を救われた白狐(時蔵)は、保名の許嫁 葛の葉姫に化けて夫婦となり童子という子をもうけますが、ある日、本物の葛の葉姫とその両親が訪ねてきたことで、身を引く決心をします。そして葛の葉は、泣く子をあやしながら、家の障子に「恋しくばたづね来てみよ和泉なる 信田の森のうらみ葛の葉」という歌を書き残して、古巣の信田の森へと帰って行くのでした。
白狐の葛の葉と姫の早替り、子別れの曲書き、狐の面をつけた道行きに立ち廻りやぶっ返りと歌舞伎ならではのケレン味たっぷりの演目ですが、主題は人の情愛。母と子、夫と妻、そして父母と娘の情愛がたっぷり描かれています。
これまでいろんな役者さんの葛の葉を観てきましたが、時蔵さんは今回が初めてでした。
いかにも子どもに愛情を注ぐやさしい母親という風情で、しかもウェットになり過ぎず品がよくて、素敵な葛の葉でした。
夫の保名のこと、わが子 童子のことを心から思っているのに、本物の葛の葉姫が現れたのでは自分は山に帰るしかないという切なさ、悲しさがよく伝わってきました。
早替りで拵えが変わるのはもちろん、声色や所作までガラリと変化。
そればかりか、同じ葛の葉でも何も起こっていなかった最初の頃と狐だということがわかった葛の葉も細やかに演じ分けていてうまいなぁと思いました。
歌舞伎の様式美とリアリティの両立ぶりもすばらしいなっ。
うまいといえば、
「恋しくばたづね来てみよ和泉なる 信田の森のうらみ葛の葉」
優しくわが子を抱き抱えて、左手で、裏文字で、筆を口にくわえて、の曲書き。
文字自体もとても綺麗でうまいなぁとまたまた感心。
保名は萬太郎くん。
口跡よく丁寧な台詞で品も艶もあるのはお父様譲りかな。
2016年4月 明治座花形歌舞伎で七之助くんが葛の葉をやった時、梅枝くんの保名がとてもよくて感心した記憶があるのですが、ご兄弟揃って素敵な保名を見せていただきました。
松之助さん、吉弥さんの葛の葉の両親も出は短いですが滋味あってよかったです。
ニ、関西・歌舞伎を愛する会 結成四十周年記念
弥栄芝居賑 (いやさかえしばいのにぎわい) 道頓堀芝居前の場
出演: 片岡仁左衛門 中村時蔵 中村扇雀 片岡孝太郎 尾上菊之助
中村梅枝 中村萬太郎 中村壱太郎 中村隼人中村橋之助 中村福之助
市川猿弥 坂東竹三郎 片岡進之介 坂東彌十郎 中村芝翫
中村鴈治郎 片岡秀太郎/澤村藤十郎
(上演時間: 25分)
「関西・歌舞伎を愛する会」結成40周年を祝う演目。
芝居仕立ての口上といった趣き。
芝居前といえば、松竹座では「関西・歌舞伎を愛する会」三十周年の時もありましたが、昨年、歌舞伎座で1月2月続けて高麗屋三代襲名披露興行が打たれた際、2月は口上代わりに「木挽町芝居前」だったのも印象的でした。
鴈治郎さん、扇雀さん、進之介さん、孝太郎さん、壱太郎さんの「雁金五人組」で口火を切った後は、時蔵さん、芝翫さん、菊之助さん、彌十郎さん、梅枝さん、橋之助さん、萬太郎さん、隼人さん、福之助さん・・・と続々と登場して目も耳も忙しい。萬太郎さん、隼人さん、福之助さんは獅子舞を舞っていらっしゃいました。
手ぬぐい撒きはわりとあっさり。もちろん私は3階なので取れません💦
そうして満を持して、仁左衛門さんの太夫元が秀太郎さんを伴って登場。
やわらかな笑顔で、「40年前というと、この後ろの列の人たちは誰も生まれていませんでした。右端の猿弥さん以外は」・・・ここで猿弥さん一人、列から離れて上手袖に寄る(笑)。
菊之助さんのことも、「この会を結成したときは2歳ですよ。それが息子さんの丑之助くんが今年初舞台」と愛あふれるご紹介。
「松竹座で毎年歌舞伎を・・」というところ、「毎年」を「毎月」と言い間違えて「毎月ちがうわ、毎年や」とセルフつっこみした後、「もう あきませんわ」と盛大に照れる仁左衛門さんが可愛すぎる。
その後「何言うんやったかいな?」とお隣の時蔵さんに聞いていらっしゃいました(笑顔)。
仁左衛門さんのご紹介で澤村藤十郎さんが舞台中央のせりから登場。
事前の告知で私は知っていましたが、知らなかった方も多かったらしく、どよめきと歓声が起こっていました。
「紀伊國屋っ!」の大向こうがかかる中、感無量といった表情の藤十郎さん。
9年前より白髪になって、床机に座ったままでしたが、顔色もよくお声もよく通ってお元気そうでした。この日のためにいらっしゃった松竹の大谷会長から感謝状が渡されると、仁左衛門さんが「藤十郎さんは関西の歌舞伎ばかりじゃなく、四国のこんぴら歌舞伎も藤十郎さんが始められたんですよ」とおっしゃっていました。
幸四郎さんが襲名披露の御園座で演じられた清元の「吉田屋」は澤村藤十郎さんに教えを乞うたもの。
舞台でのお姿を拝見できないのは寂しいですが、藤十郎さんの遺されるものの大きさを改めて感じました。
三、上州土産百両首
作: 川村花菱
演出: 大場正昭
出演: 中村芝翫 尾上菊之助 中村壱太郎 中村橋之助
市川猿弥 上村吉弥 坂東彌十郎 中村扇雀 ほか
(上演時間: 1時間40分/幕間 10分)
オー・ヘンリーの「After Twenty Years」(20年後)をベースにした作品。
アメリカの小説が元になっているなんて、歌舞伎って本当に懐が深いワ。
正太郎(芝翫)は、ある日、ドジだが愛嬌のある幼馴染の牙次郎(菊之助)と再会。互いがスリになっていることを知りますが、牙次郎に説得され、ともに足を洗い、真面目に働いて10年後に再会を約束します。
10年後、上州館林の料亭で板前となった正太郎は貯めた金を昔のスリ仲間の三次(橋之助)にゆすられ、殺してしまいます。一方、牙次郎は岡っ引きの勘次(扇雀)の子分になっていましたが、未だに手柄がなく、百両がかかる罪人を捕まえたいと願かけをしていましたが、その罪人こそ・・・。
何とも切ない物語でした。
自分の首に百両の賞金がかかっていると知り、牙次郎に捕まってその百両を渡したいと考える正太郎。
幼いころから兄と慕ってきた正太郎を何とか逃したいと願う牙次郎。
捕手たちに囲まれ、お縄をかけられた正太郎。
「縄を解いてやってください。お願いでございます~。必ず名乗って出ますから・・・」と泣きながら勘次に懇願する牙次郎。
縄が解かれ、手を取り合い、支え合いながら花道を行く2人。
「これで歩きおさめだな」と正太郎
「あの世までも一緒だよ」と牙次郎
10年前のあの日と同じ。
二人でスリから足を洗い、末来への希望を持って歩いた道。
空には月。聖天様の参道。
芝翫さんの正太郎がとてもハマり役でした。
スリをやっている頃から根っからの悪人ではなく、一時的な非行というか、生きるための術としてやっている感じ。
そんな正太郎だから、幼いころから牙次郎をかばって来たし、足を洗おうという牙次郎の言葉にちゃんと向き合うし、真人間になって板前として真面目に働いてコツコツお金を貯めたというところにもリアリティがあります。
だからこそ、過去の悪事に足を掬われて、殺人を犯しお尋ね者になってしまったことが、運命の歯車の掛け違いに思えて、この物語の悲劇性や不条理感が際立った印象です。
それにしてもなぁ、何で与一や三次の前で「ここに10年で稼いだ二百両持ってる」なんて言っちゃったかなぁ~。
あの時点で、もう悲劇的な結末しか考えられないもの。
菊之助さんの牙次郎は意外な配役でしたが、歩いているだけで茫洋とした人間だということが伝わる、所作の一つひとつにまで細かく行き届いた役づくり。台詞も、「あの菊之助さんがこんな話し方するの?」というくらい牙次郎そのものでした。
ただぼんやりして人が好いばかりでなく、純粋なゆえの魂の清らかさ、真実を見極める鋭い感性を持っていると感じさせるところも凄いです。
正太郎と牙次郎が二人で客席を歩く時、牙次郎@菊之助さんが「人間国宝の2人も孫の前ではただのじいじ」と言っていて、正太郎も芝翫さんに戻って「そんなこと言えるのはお前だけだ」と笑いながらツッコんでいて、爆笑してしまいました。
正太郎をゆするみぐるみの三次は橋之助くん。
眼光鋭く、いかにも下司で小悪党な感じがよく出ていて、「へぇ、こんな役できるんだ」と意外な発見でした。
その親分でスリの元締め与一 彌十郎さん男気と度量の大きさ・・・おい、三次、ちったぁ見習えよ、と言いたい。
正太郎が板前として働く料亭の亭主の猿弥さんの短い出ながらさすがの存在感、その娘で正太郎のお嫁さんになったかもしれないおそで 壱太郎さんの可憐さと送ったり送られたりのくだりのじゃらじゃらぶり(笑)。
上村吉弥さんの勘次女房おせきのキリリとした姐さんぶりも印象的でした。
関西歌舞伎を愛する会 四十周年おめでとうございます。この先、五十年百年と続きますように・・・私は生きていないけど のごくらく地獄度



