
夜の部は三谷幸喜さんの新作一本ものですが、昼の部はいかにも歌舞伎な古典の演目が並んでいて、その対照も楽しく、歌舞伎の懐の深さを感じるところです。
六月大歌舞伎 昼の部
2019年6月6日(木) 11:00 歌舞伎座
3階1列センター
一、寿式三番叟
松本幸四郎 尾上松也三番叟相勤め申し候
出演: 松本幸四郎 尾上松也 中村松江 中村東蔵
(上演時間: 30分)
天下泰平を祈り、五穀豊穣を寿ぐといわれる三番叟。
「操三番叟」や「舌出三番叟」など、バリエーションもいろいろある中で、この「寿式三番叟」が大元になるものなのかな。
「邪気を払う儀式的な舞踊を歌舞伎化するとアクロバティックな三番叟になったという、三番叟の原点を目指して演じる心です」と幸四郎さん。
2006年5月 幸四郎(当時 染五郎)さんが猿之助(当時 亀治郎)さんと新橋演舞場で初演されて、2014年11月に歌舞伎座で尾上松緑さんと再演(感想はこちら)、今回が三度目ということで、上演数(というか幸四郎さんの出演数)の少なさからもかなり貴重で、とても楽しみにしていました。
東蔵さんの翁、松江さんの千歳の厳かな舞で始まる幕。
二人の三番叟がつつつと花道まで出て、七三で揃ってきりりと舞台を向き直り、トンッと足を踏んだ時、背中がゾクッとしました。良い意味で「鳥肌が立つ」という、あの感じです。
以来、目を奪われっぱなしです。
幸四郎さんと松也さん、目を瞠るほどの速さ、勢いで舞い続け、一瞬たりとも目を離すことができません。
軽やかでしなやかでキレッキレ。
体幹がまったくブレることなく、力強く踏むかと思えば、羽根のように軽やかに跳ぶ幸四郎さん。
袂や裾さばきや扇子遣いもピタリピタリと収まって鮮やか。
松也さんがしっかりこれに食らいついて、二人の連れ舞いは熱量がぐんぐん高まって、後半は観ていて息をのむほど。心臓バクバクでした。
二人が床を踏む力強い音に、以前 野村萬斉さんが「三番叟は『舞う』のではなく『踏む』」のだとおっしゃっていたことを実感しました。
二人とも黒の装束がとてもよく映えるんだ、また。
とてもワクワクして、こちらまで神事にあやかれるような幸せな気分になる三番叟でした。
は~

できることなら何度でも観たいくらい。
二、女車引
出演: 中村魁春 中村児太郎 中村雀右衛門 ほか
(上演時間: 18分)
「菅原伝授手習鑑」の「車引」の三兄弟を女房に置き換えた舞踊。
松王丸の妻 千代(魁春)、梅王丸の妻 春(雀右衛門)、桜丸の妻 八重(児太郎)が舎人が着る白丁の羽織を着て踊ります。
初見でした。
「車引」の女性版があることも今回初めて知ったのですが、楽しい♪
魁春さん、雀右衛門さん、児太郎さんはそのまま本役もお勤めになりそうですが、この演目では、松王丸、梅王丸、桜丸がそのまま映しているようでおもしろかったです。
三人は今月昼夜通してこのひと役だけなのが何とも贅沢。
お姉様方の間に入ると児太郎くんの可憐さ際立つよね(←)。
三、梶原平三誉石切
鶴ヶ岡八幡社頭の場
出演: 中村吉右衛門 中村又五郎 中村歌昇 中村米吉
中村種之助 中村鷹之資 中村錦之助 中村歌六 ほか
(上演時間: 1時間21分)
よくかかる演目で、景時は、当代松本白鸚さん、片岡仁左衛門さんはじめたくさんの役者さんで観ています。
珍しいところでは、2012年顔見世の中村鴈治郎(当時翫雀)さん-休演となった市川團十郎さんの代役でした(涙)-や、2017年團菊祭の坂東彦三郎さん(襲名披露でしたね)なども。
でもでも、そんなことみーんな凌駕してしまうくらい、梶原平三景時=中村吉右衛門さんのイメージ。
直近で観た数回の梶原景時は全部吉右衛門さんだということもありますが、やはり「当たり役」なのだと思います。
梶原景時はたとえば同じく吉右衛門さん当たり役の熊谷直実(熊谷陣屋)と違って、感情表現が豊かな陽性の人物ですが、喜びや怒り、その活き活きとした人物描写に何とも愛嬌があります。それでいて、人間として大きく、懐が深い。もちろん口跡のよさは絶品ですし、立ち姿も押し出しも立派。
「吉右衛門さんの景時にはもれなく歌六さんの六郎太夫がついてきます」といった赴きの歌六さん六郎太夫も死を覚悟しながら娘の梢への情愛が滲んで、安心安定。
梢の米吉くんは相変わらずの可愛らしさの中に、お色気プラスな感じ。人妻だものね。
拵えだけで誰がわからなくて、声を聴いて歌昇くんとわかった俣野五郎、そして、こちらもやはり「何これ、聴きとりやすい台詞。え?この声、鷹之資くん?」と驚いた森村兵衛、若い二人の踏ん張りも頼もしかったです。
四、恋飛脚大和往来 封印切
出演: 片岡仁左衛門 片岡孝太郎 片岡愛之助 坂東彌十郎 片岡秀太郎 ほか
(上演時間: 1時間9分)
昨年 南座の顔見世で久しぶりに観て、「はぁ~、忠さんってこれよねぇ、『封印切』ってこうよねぇ~」と思わせてくれた仁左衛門さんの「封印切」アゲイン。なーんと、東京では30年ぶりなのだとか。
30年前と同じ役をやるって、歌舞伎ではままあることですが、仁左衛門さんの忠さんの若々しさは驚異的。
美しく色っぽいのはもちろんのこと、上方のぼん特有の何ともいいえないやわらかみや愛嬌があって、そりゃ廓の皆さんも「忠さん忠さん」と贔屓するでしょうというものです。
そんな忠さんだからこそ、超えてはならない一線を超えてしまった時の悲劇性が一層際立ちます。
封印を切ってしまった瞬間のあの表情。
「五十両」「二百両、まだあるわぃ!」という言葉とは裏腹の絶望と悲しみに沈んだ目。
忘れられません。
今回、八右衛門は片岡愛之助さんでしたが、さすがに上方言葉は上手いし、仁左衛門さんの忠さん、秀太郎さんのおえんさんというザ・封印切な盤石のお二人を向こうにまわしてなかなかの健闘ぶりが光っていました。
やっぱり昼の部も1階で観ればよかったな(いつもこれ) のごくらく地獄度



