
そして、王冠を戴いたハル王子改めヘンリー五世の隊列が舞台上を対角線に静かに進みます。
フォルスタッフに声をかけられたヘンリーが、「私はお前など知らない」と言い放つ、大好きなラストシーンの再現。
若くやんちゃなハル、国王となったヘンリー、どちらも演じるのは、松坂桃李くん。
この物語が「ヘンリー四世」と地続きであることが印象づけられました。
思えば「ヘンリー四世」の時、松坂桃李くんはまだ舞台デビュー2作目でした。
もし蜷川さんがご存命だったら、この「ヘンリー五世」を上演するにあたって、ヘンリーにはやっぱり桃李くんをキャスティングされたかなぁ・・・そんなことに思いを馳せたプロローグ。
彩の国シェイクスピア・シリーズ第34弾 「ヘンリー五世」
作: ウィリアム.シェイクスピア
翻訳: 松岡和子
演出: 吉田鋼太郎
美術: 秋山光洋
照明: 原田 保
出演: 松坂桃李 吉田鋼太郎 溝端淳平 横田栄司 中河内雅貴
河内大和 間宮啓行 廣田高志 沢海陽子 悠木つかさ 宮崎夢子 ほか
演奏: 児島亮介 中原裕章
2019年3月7日(木) 6:30pm シアター・ドラマシティ 6列センター
(上演時間: 3時間5分/休憩 15分)
「ヘンリー四世」の感想はこちら
父ヘンリー四世の後を継いで即位したヘンリー五世(松坂桃李)がフランス皇太子ルイ(溝端淳平)率いる強大な兵力のフランス軍に対して圧倒的不利の中奇跡的勝利をおさめ、講和を結んでフランス王の娘キャサリン(宮崎夢子)と結婚するまでが描かれる物語。
百年戦争のほぼ半ばにあたり、史実ではヘンリー五世の即位が1413年、キャサリンとの結婚は1420年ですのでということですので、この7年間の物語です。
若く凛々しく勇敢で才知に溢れ、カリスマ性もあって臣下の者たちからも尊敬されるヘンリー五世。
「ヘンリー四世」が、放蕩の限りをつくしたハル王子がヘンリー五世の入口に立つまでを描いた物語なら、彼の中にまだ残っていたハルと完全に訣別して、名実ともに国王ヘンリー五世となっていく姿が描かれる「ヘンリー五世」。
フランス行きの船に乗る前、サウサンプトンでケンブリッジ伯、スクロープ卿、サー・トマス・グレイという3人の裏切者を断罪する時、ヘンリーはまだ慈悲をかけようとする心を捨て切れていないような苦悩の表情を見せていて、それを自ら振り切るように激しい言葉を浴びせる姿が、国王としてあらねばならないヘンリーの強い覚悟が映し出されているよう。
野営地で部下のマントを借り、王だと気づかない兵士たちと言い争いになって、「いくら王だといっても兵士一人ひとりの死に責任なんか持てない!」と言うヘンリーの中にもまだいるように感じられたハルが、完全に消え去ったと感じたのは、激しい戦闘のさなか、盗みを犯したバードルフの処刑を命じた・・・というか命じざるを得なかった時。
ハルだったころ、ともに遊んだ仲間のバードルフの命ごいにも耳をかさず、彼が目の前で首を絞められ死んでいくところを目をそらすことなく見続けるヘンリー。心の中に渦巻いているであろう苦悩をちらりとも顔には出すことなく。ヘンリーのこの姿を見て、家臣たちは王としての彼の決意の厳しさを感じ取ったことでしょう。
この時、ヘンリーは自分の中のハルと訣別したんだと思いました。
大きすぎる責任を負い、短い期間で人の何倍も苦しみや悲しみを味わい、決断し、一気に大人になったヘンリー。
その後の苛烈な戦いぶりはまさに鬼神のごとしです。
「今日ここで戦う勇気のない者には帰国を許す」で始まる、有名な「聖クリスピアンの演説」は大幅にカットされていていささか拍子抜けでしたが(あの演説を桃李くんの台詞まわしで聴いてみたかった)、「私は戦友として共に死ぬのを恐れるような、そんな男と一緒に死にたくない」「今日私と共に血を流す者は私の兄弟になる」という言葉に込められた強い思いはストレートで説得力抜群。あれを聴いた兵士たちはどれほど鼓舞され、勇気を奮い立たせたことか、そしてそれが劣勢の戦いを勝利への導いたであろうことは容易に想像がつきます。
戦闘シーンが多いことも印象的でした。
吉田鋼太郎さん演じる説明役が、「1人の兵を100人とも1000人とも想像力を働かせていただきたい」とおっしゃっていましたが、人数のことなんて忘れてしまうほど迫力たっぷり。
両軍とも本当に力の限り戦っていて、「蒲田行進曲」も真っ青な階段落ちがあったり、通路をビュンビュン駆け抜けていく兵士たちのスピード感もハンパなかったです。
血まみれでヘロヘロになって倒れ込む兵士たちの中からよろめきながら立ち上がったヘンリーが「自分たちが勝っているか敗けているのかもわからない」とフランス軍の伝令に言うほどの激しい戦い。
「大勝利です」と言われ、遠くに見える城の名を尋ね、「では今日の戦(いくさ)をアジンコートの戦いと呼ぶことにしよう」と静かに言った時、観ている私も「あぁ、終わったんだ」と胸をなでおろす思いで、泣きそうになりました。
このシーン、床も血だらけで戦闘の激しさを物語っていましたが、「いつあんな血撒いたんだろう?」と思っていたところ、次の場面ではその血がすっかりなくなって、床に別の模様が浮かび上がっている・・・照明だったんだ(気づくのが遅い)。
後で確認してみたら、床には最初から模様が入っていて、それが照明によって血の海になったり、荒野になったりしていた・・・そういえば、幾重にも線が上から下へ射し込む綺麗な照明がまるで新感線の舞台の原田保さんみたいだったな・・・とフライヤー確認したら「照明:原田保」でおおぅとなりました(気づくのがますます遅い)。
ハルと訣別したヘンリーですが、キャサリンへのプロポーズの場面だけはハルがまた戻ってきたよう・・・というか、素の松坂桃李くんが垣間見えるようで、ここは好みの分かれるところかなぁ。
キャサリンの手にキスをしようとして逃げられ、「フランスでは結婚前にキスはしないのか」と侍女に念を押してからさっとキャサリンのそばに寄って今度は唇にキスをするなんて、その強気があまりにカッコよくて見惚れてしまいましたが(ここ、客席から一瞬キャ~

松坂桃李くんすばらしい。
まさにあのハルが、男っぽく、力強く、すごくカッコよくなって戻ってきた感じ。
黒い細身の衣装がよく似合って、マントさばきも殺陣も合格(←何様?)
声よし口跡よしで言葉も観ている者の心によく響き、ヘンリーの迷いや苦悩、強さも弱さも大胆さも細心さも、やさしさも厳しさも余すところなく見せてくれました。
黒のヘンリーに対して、明るい青の衣装と金髪という対比が印象的なフランス皇太子ルイの溝端淳平くん。
やはり達者。血気盛んで短気で自信家という雰囲気がよく出ていました。ラストの包帯ぐるぐる巻きで車椅子に座る姿が切ない。
その父 フランス王は横田栄司さん。
フランス側は王族も兵士たちも青を基調とした衣装で、青に金を施した豪華で品のある王の衣装が素敵でした。
少しもったいないような贅沢な配役ですが、威厳も気品もあって、ゆったりとした動きや話し方が印象的。出番は多くありませんが存在感抜群。そして相変わらずいい声です。
笑いを誘うような軍人を大真面目に演じたフルエリンの河内大和さん、王の伯父エクセター公のあのいい声は?と思ったら蜷川シェイクスピア常連の廣田高志さん、逆にこんな作品にも出るんだ、と驚いたピストルの中河内雅貴さん。
吉田鋼太郎さんは説明役。
場面が変わるごとに登場して観客に想像力を働かせてくれと繰り返し求めます。
戯曲にもある役、台詞ですが、照明や音響もなく少人数で演じていたシェイクスピアの時代ならともかく、今の舞台で何度も「想像力を」と説かれるのはいささか情報過多な気がします。
鋼太郎さんが悪いということではもちろんなくて、場を温めたり盛り上げるのもさすが。
冒頭の「想像力を・・」に客席から応える拍手が起こると「めっちゃうれしい」と大阪弁で返していらっしゃいました。
台詞のない場面でも物語に寄り添うようにいつの間にかそこにいて、時には登場人物の横で酒を注いだりもしていたり。
見応えあってとてもおもしろかった「ヘンリー五世」
シェイクスピアの史劇 やっぱり好きだーと改めて思いました。
終演後のロビーで、「はぁ~ カッコよかった」「カッコよさずば抜けてるな」という声をたくさん聞きました のごくらく度



「ヘンリー5世」、とても見ごたえのある面白い舞台でしたね。
松坂くんのヘンリー、とってもかっこよかった!
「ハル」と「ヘンリー」については、実は私はスキップさんと真逆の印象を受けたのですが、いろいろな受け取り方があるなあ、ととても興味深く読ませていただきました。
これも観劇の醍醐味ですねv
でもって、真横ではなかったですが、私もついつい万歳してしまいました(笑)。
いや~、私も恭穂さんのご感想を読ませていただいて
コメントしようと思っていました・・・先を越されました(^^ゞ
後でまたお訪ねしますね。
とても見応えがあっておもしろかったです。
あの万歳は、やっぱりやっちゃいますよね。
「ハル」と「ヘンリー」については、さい芸で前半に観た友人も
私とは逆の見解・・・つまり恭穂さんと同じ意見でした。
さい芸から大阪までの間に大人になったのかなぁ?(笑)
・・・かどうかはさておき、おっしゃる通り、同じものを
観ても感じ方や受け止め方がいろいろなのもお芝居の醍醐味ですね。