2018年10月20日

好きなものは呪うか殺すか 争うかしなければならないのよ 「贋作 桜の森の満開の下」


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ふわりと風をはらんで舞台いっぱいに流れていく淡い桜色の布
人を場面を 切り取って、時には心の動きまで表す赤く縁取るテープ
大きな大きな満開の桜の木から とめどなく降りしきる花びら

哀しいくらいに美しい舞台でした。
気が遠くなるほど美しくて、ふわりと幻想的で、痛いくらいに残酷で、そして哀しい。


NODA・MAP第22回公演
「贋作 桜の森の満開の下」
坂口安吾作品集より 
作・演出:  野田秀樹
美術: 堀尾幸男   照明: 服部基
衣裳: ひびのこづえ  
出演: 妻夫木聡  深津絵里  天海祐希  古田新太  秋山菜津子  大倉孝二  
藤井隆  村岡希美  門脇麦  池田成志  銀粉蝶  野田秀樹 ほか
2018年10月16日(火) 7:00pm 新歌舞伎座 1階3列下手/
10月17日(水) 7:00pm 1階4列センター
(上演時間: 2時間25分/休憩 15分)



物語: ヒダの匠の弟子・耳男(妻夫木聡)は誤って死んでしまった師匠と間違えられ、ヒダの王家に匠として迎えられます。そこにはやはり名人の匠を殺害し、匠を名乗ってやってきた山賊のマナコ(古田新太)と、その素性を語らないオオアマ(天海祐希)という名人も集まってきました。3人の匠にヒダの王(野田秀樹)は、王家の二人の姫・夜長姫(深津絵里)と早寝姫(門脇麦)を守護する弥勒を彫るよう求めました。やがて約束の3年が過ぎ、夜長姫の16の正月が訪れます・・・。


「贋作 桜の森の満開の下」の初演は夢の遊眠社時代の1989年(平成元年)。
野田秀樹さんが耳男を演じ、夜長姫は今も語り継がれている毬谷友子さん。
その再演を経て、2001年には堤真一さんの耳男、 深津絵里さんの夜長姫で上演されていて、今回が4演目。
いずれも拝見していますが、今回が一番肚に落ちたというか、いろいろなものが見えて、聞こえて、心に響く舞台でした。

思えば、30年前から17年前にかけての私は未熟で、この舞台から何かを感じることはできても理解するまでには至ってなかったのかもしれませんし、昨夏、歌舞伎版を観て、その前に原作(坂口安吾「桜の森の満開の下」「夜長姫と耳男」)を読み返したことが助力になったのかもしれません・・・かといって、今回 野田さんからのメッセージをきちんと受け止められたか、は甚だあやしいところではありますが。


耳男と夜長姫の悲恋を軸に、仏像をつくる名もなき職人のものづくりと、オオアマこと大海人皇子(天武天皇)の現実的な国づくりを重ねた物語。
仏師としての耳男の矜持、秩序を構築しようとするオオアマの冷徹、鬼と化す夜長姫の凄味。
息もつかせず迫ってくる、二幕のたたみかける展開。
そしてその後に訪れる静寂と孤独。


坂口安吾作の原作で、どこか童話のようなおかしみのある文体で描かれるのは、美しくて無邪気でそして残忍で、命を弄ぶように他者の死を望む女。
それに翻弄された男はやがて、自らの手で女を殺めることになる・・・。

あの美しい桜の森で、自分の鬼の角で耳男に胸を刺されて息絶える夜長姫。
「好きなものは呪うか殺すか 争うかしなければならないのよ」という言葉を遺して。
横たわる夜長姫に泣きながらすがりつき、何度も何度も桜の花びらを降り注ぐ耳男。
まるで花びらの中に溶け込むように姿を消す夜長姫。

「ずっとここにいる。でもここからどこにでも行ける」と泣く耳男。
桜の森の満開の下で。
ひとりきりで。

そして、舞台を斜めに行き交い、すれ違う天武天皇一行と幸福な王の時代の鬼たち。
その真ん中で、夜長姫の衣と鬼面を胸に抱いて座る耳男。
桜の森の満開の下で。
ひとりきりで。

このラストシーンの美しさと絶対的な孤独感に胸を打ち抜かれた思いでした。


もう一つ。

飛鳥の国をつくっていく過程でまつろわぬ民(このワード、「阿弖流為」思い出す)を禊のように鬼に仕立て、邪魔な人々を殺しては「西の境が定まった!」「東の境が定まった!」と国境を制定していく為政者オオアマ。
「古事記」も「日本書紀」も、後から都合よく書き換えられ、ヒダの国は存在すらしなかったことになります。

国境に限らず、秩序とか規則とか、そういったものを定義するのは権力を持つ者とその権力者の欲望・・・これって、歴史の教科書に出てくる「壬申の乱」といういにしえの話ではなく、いつの時代にも、今にだってあてはまる普遍的なことなんだと遅まきながら気づく。
「鬼」は死者であり、排除された少数派であり、理解されない異端者であり、為政者にとっての邪魔な脅威。

30年前の私は政治のことなんて親身に(表現ヘン?)考えたこと全くなかった・・ほんと、何も考えずにのほほんと生きてたなとわが来し方を顧みたりなんかして(←)。


よくこれだけ豪華キャスト揃えたな、というくらいこれでもか、の配役の中で、際立ってすばらしかった深津絵里さんの夜長姫。
2001年版から17年を経ての再登板に「17年前の私はたぶん、何も理解できていなかったんだと思います。といって今回どれだけわかっているのかと聞かれたら心もとないですけど」とパンフレットのインタビューで語っていらっしゃるのを後で読んで、「私と同じじゃん!」と少しうれしくなりました(決して同じではない)。

無邪気な可愛らしさと残酷さ、畏ろしさ。
まさに耳男が言う「下り坂をブレーキもかけず笑いながら自転車で下り続けていくような姫」を体現。
・・・この自転車については、「自転に乗って下り坂になると、この世が永久に下り坂だったらどんなに楽しいだろうって思う」という耳男の言葉も、それに対する「とことん下り続けるほどに人間は強くない。どこかでブレーキをかける」というマナコの答えもとても印象に残っています。

耳男の耳を切り落とすよう命じるのも、戦争で死んでいく人たちがキリキリ舞いしていると眺めて喜ぶのも、「私、明日からいい子になるの」と耳男に告げるのも、それがすべて夜長姫。

ラストの耳男とのシーン。
桜の木の下に立つ夜長姫のあのかわいい声が少しずつ、でも確実に変化していって、白い大きな紙がぶわっと舞った瞬間(あれは風を表現していたのかな)鬼面に変わる刹那の、夜長姫の中から何かが溢れ出すような凄味。震えるほどすばらしかったです。

耳男が妻夫木聡さんと発表された時、「あー、ぶっきー耳男合いそう」と思ったものですが、予想通り。
邪気のなさ、というか、純粋で明るくて真っすぐな耳男がぴったりでした。
耳を切り取られたり、畏れたりもしていたけれど、ずっと夜長姫のことが大好きで、夜長姫の手をぎゅっと握って一緒に駆け出して行った耳男。
そんな耳男だから、まるで母を亡くした子どものように夜長姫の亡骸にすがりついて泣きじゃくるラストシーンは、観ていて苦しくなるほどでした。

耳男とは逆に「えっ!男役っ?!」と驚いた天海祐希さんのオオアマ。
美しさとカリスマ性際立つ。
綺麗な人の冷酷さは凡人の1000倍増しですね。
どちらかといえば強さ、冷徹さより、王座を手中にした者の苦悩が色濃く出ていた感じかな。
そして、これは意外なことでしたが、声の圧が他の役者さんに比して若干弱い印象でした。天海さんが女性としてキャスティングされている時には感じたことがありませんので、男優の中にあって「男」を演じるハードルの高さを知った思いでした。

マナコの古田新太さんは深津さん同様、17年ぶりに同じ役で登板。
いい声爆弾炸裂で、いく分キレは鈍めながら殺陣もあり、何だか楽しそうでした。
「鈴つけに行く」時、竹棒で舟漕ぐポーズしながら ♪バーン パパバパーンってオペラ座の怪人のメロディ口ずさんでいて爆笑してしまいました(周りはわりと無反応)。もう、ふるちんってば、ミュージカル好きなんだから。

池田成志さん、秋山菜津子さん、大倉孝二さん、藤井隆さんの鬼組も、野田秀樹さん筆頭に銀粉蝶さん、門脇麦さん、村岡希美さんのヒダ国グループも、ほんと、しっぽまであんこたっぷりのたい焼きみたいに盤石なキャスト揃い。

どこを切り取っても楽しかったり切なかったり怖ろしかったり、飽きることのない場面の連続でした。


今回、音楽をすべてオリジナル曲に変更されたのだとか。
これまで(昨年の歌舞伎版にも)ラストシーンに使われていた「Suo Gan」が大好きだったので、それが聴けないのは少し残念でしたが、今回のラストも素敵な曲だったな。


週末のチケットが取れなかったため、平日ソワレ2日連続の観劇となりましたが、1回目の記憶が新しいうちに2回目観ることでより理解が深まったり、1回目には気づかなかったことが見えたりもして、これもアリだなと思いました。

1回目観た時は花道横の席でしたので、耳男やオオアマが駆け抜けるたびにふわりと風を感じたり、なるし~エンマの竹棒が頭上スレスレをゆる~と往復したりも(この日は帰りに劇場前の横断歩道でそのなるし~に遭遇というおまけつき)。
2回目はセンターブロックの通路側で、古田さんマナコが最前列のお客さんに話しかけるのを正面至近距離で堪能したり。
座席の変化も楽しめてよかったです。



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ロビーに展示されていた舞台装置ミニチュア
1日目の幕間に上の分だけ撮って、終演後は行列を横目に「もう幕間に撮ったもんねー」と、とっとと退出。2日目も帰ろうとしていてチラリと目に入った装置が「あれ?昨日のと違う」と列に加わりました。

スタッフの方に「毎日変わるのですか?」と伺ったところ、「幕間と終演後で変えています。気づかない方も多いみたいです」ということでした。確かに、一幕ラスト、二幕ラストのシーンです。




おー、見逃さないでよかったゼ のごくらく度 (total 1971 vs 1975 )



posted by スキップ at 23:31| Comment(0) | 演劇・ミュージカル | 更新情報をチェックする
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