2018年04月03日

生きることは怒りと狂気に満ちている 「岸 リトラル」


littoral.jpg昨年観て魂を揺さぶられる思いだった「炎 アンサンディ」を含むワジディ・ムワワドの“約束の血4部作”の1作目となる作品の日本版初演。
藤井慎太郎さんの翻訳、演出の上村聡史さんはじめ同じスタッフでの上演です。
「炎・・」が子どもたちが「母」の真実を辿る展開だったのに対して、こちらは「父」の物語。


「岸 リトラル」
作: ワジディ・ムワワド
翻訳: 藤井慎太郎
演出: 上村聡史
美術: 長田佳代子   照明: 沢田祐二   音楽: 国広和毅 
出演: 岡本健一  亀田佳明  栗田桃子  小柳友  
鈴木勝大  佐川和正  大谷亮介  中嶋朋子

2018年3月17日(土) 4:00pm 兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール 
1階A列センター  (上演時間: 3時間30分/休憩 15分)



物語: モントリオールに住む青年ウィルフリード(亀田佳明)は行きずりの女性と「人生で一番すごいセックス」をしている最中に1本の電話を受けます。それは疎遠だった父イスマイル(岡本健一)の死を知らせるものでした。ウィルフリードは母ジャンヌの墓に父を一緒に埋葬しようと考えますが、ウィルの誕生と引き換えに命を落とした母の親族は「ジャンヌを殺したのはイスマイルだ」と父を同葬することを断固拒絶します。ウィルフリードは遺品のスーツケースから投函されなかった彼宛の某大な数の父の手紙を読み、父の魂と埋葬の地を求めてその遺体を籠に入れて背負い、内戦の傷跡が癒えぬ中東の祖国を彷徨います・・・。


ウィルフリードが幼い頃から空想していたアーサー王の騎士ギロムランが現れたり、ウィルたちを撮影する映画監督とスタッフがいたり、遺体である父イスマイルが動いてウィルと会話したり、ウィルが祖国で出会う人々もどこか寓話的というか、すべてウィルフリードの妄想の世界のような観があって、虚と実、生と死の境を超えて物語は繰り広げられます。


時に笑いを散りばめながら、描かれる内容はとてもシリアス。
恋人を殺されてから歌い続ける女、混乱の中、誤って自分の父を撃ち殺してしまった若者、目の前で母が犯され父が惨殺された過去を持ちピエロのなりをする青年、親に捨てられた孤独な少年、殺されてしまった自分の両親や犠牲者たちの名前を記憶しておこうと何冊もの電話帳を持ち歩く女性・・・ウィルフリードが出会って行動を共にするようになる彼らが語る内戦の現実は聴いていて耳をふさぎたくなるほど。

そんな悲惨な現実の中にあっても「生きることの意味」をこの物語は問いかけているよう。

終盤、十字架にかけられたイエス・キリストを思わせるような姿になったイスマイルが放つ「生きることは怒りと狂気に満ちている」という言葉が心に残ります。
彼はこれを清々しいような、明るい表情で言ってのけて、「それでも・・・」と、生きることのすばらしさを伝える表現が後に続くような気がしました。遺された子どもたちの背中を押して「生きろ!」と勇気づける言葉のようにも聞こえたのです。

死を受け容れることができず、現世に未練たっぷりのイスマイル。
「海に沈めないでくれ!波に洗われて粉々になるのは嫌だ!」と海に埋葬されることを嫌がっていた彼が、子どもたちと手をつないで歌ったり踊ったりしながら電話帳を錘にして海へ入っていくシーンは、イスマイルがウィルフリードだけでなく心に傷をもつ子ともたちみんなの父親になったようで、笑いながら涙があふれるとう不思議な感覚でした。

この海のシーンは手や足を青くペインティングするという視覚的にもおもしろい演出。
もう一つ、柔らかに降り注ぐ光をビニールの天幕で表現したシーンも印象的でした。
大きく広がってふわりと舞台奥へ向かうビニールが照明の光を反射してキラキラ輝いて、まるで子ともたちを包み込む赦しの光のようにも感じられました。

イスマイルの岡本健一さんとウィルフリードの亀田佳明さん以外は複数の役を兼ねる役者さんたち。
初めて拝見する役者さん含めて皆さんすばらしかったですが、中でも岡本健一さんと中島朋子さんの存在感が際立った印象。
「歌う女」の中島さんと岡本さんイスマイルのデュエット(というのか)にも聴き惚れました。

関西での公演はこの日1日1回きり。
カーテンコールでは舞台上の岡本健一さんが客席を見渡して手招きして上村聡史さんも登壇されました。


「ハムレット」「オイディプス王」「白痴」「オデュッセウスの帰還」とすべて父に関わるモチーフがある・・・と後でフライヤーを読んで知る。観ている時は最初の2つしか気づかなかった のごくらく地獄度 (total 1895 vs 1897 )


posted by スキップ at 23:33| Comment(0) | 演劇・ミュージカル | 更新情報をチェックする
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