
日の出を見ながら、戦争が終わったら何がしたいか語り合う2人。
「私はじっとしていたい」と言うマタ・ハリ。
「小さなカフェを買って、夜じゅう踊って、昼じゅう寝て・・・」
朝陽に顔を輝かせながら歌うマタとアルマン。
新しい太陽とともに訪れた朝が幸福感に満ちていればいるほど、この後2人が辿る運命が切ない。
ミュージカル 「マタ・ハリ」
脚本: アイヴァン・メンチェル
作曲: フランク・ワイルドホーン
歌詞: ジャック・マーフィー
オリジナル編曲・オーケストレーション: ジェイソン・ホーランド
美術: 堀尾幸男 照明: リック・フィッシャー
訳詞・翻訳・演出: 石丸さち子
出演: 柚希礼音 加藤和樹 佐藤隆紀 東啓介
西川大貴 百名ヒロキ 栗原英雄 和音美桜 福井晶一 ほか
2018年1月22日(月) 1:00pm 梅田芸術劇場メインホール 1階6列(3列目)下手/
1月28日(日) 12:00pm 2階6列センター
2月8日(木) 5:00pm 東京国際フォーラム ホールC 1階8列(4列目)上手
(上演時間: 3時間/休憩 25分)
物語の舞台は1917年 第一次世界大戦中のヨーロッパ。
オリエンタルな魅力と力強く美しいダンスで人々の心をとらえていたダンサー マタ・ハリ(柚希礼音)は、戦時下であっても国境を越えて活動する自由を手にしていました。そこに目をつけたフランス諜報局のラドゥー大佐(加藤和樹/佐藤隆紀)はマタ・ハリの秘密を暴くと脅迫して彼女にフランスのスパイとなることを強要します。同じ頃、マタ・ハリは戦闘機のパイロット アルマン(東啓介/加藤和樹)と出会い、心を通い合わせるようになります・・・。
2016年に韓国で初演されたミュージカルの日本初演。
第一次世界大戦期に実在した女スパイ(と言われた)マタ・ハリの半生を描いた作品です。
とはいうものの、時代背景や政治的な駆け引きといったもののは希薄で、史実をかなりフィクションで脚色されたマタ・ハリの愛と生きざまの物語になっています。
マタ・ハリが危険を顧みずスパイになることを承諾する心情が、♪戻らない 戻れない あの時には~ とマタ・ハリが歌う(柚希さん熱唱!)「わたしは戻らない」の1曲だけに集約されていてその心情の変化がわかりづらかったり、アルマンがマタ・ハリに近づく方法が「中学生か!」だったり(いや、私も騙されたけれども)、そのアルマンがマタ・ハリの裁判にいきなり戻ってくる(どうやって?ドイツから?!)・・・など脚本的に粗さも散見されますが、大きな時代のうねりの中で翻弄されながら、凛と前を向いて進むマタ・ハリの懸命な生き方に惹き込まれ、ワイルドホーンさんのドラマチックな楽曲の数々はとても聴き応えありました。
舞台装置はシンプル。
印象的だったのはフランスとドイツの国旗をプレヒト幕みたいに使って、どちらの場面か表わしていたことですが、これはもう少し小さな規模の劇場に適した演出ではないかしら。2階から見降ろすと小さく見えたり。
プレヒト幕といえば堀尾幸男さんだよなぁと思って観ていたら、後で美術が堀尾さんだと知って苦笑い。
裁判のシーンの白い布を使った演出はよかったです。
柚希礼音さん演じるマタ・ハリはその魅力を武器に各国の高官や将校を手玉に取る、というイメージはなくて、とてもピュアで、強くて儚くて、何ものにも媚びず懸命に生きている女性。
それがこの物語マタ・ハリ像として正解かどうかはわかりませんが、とても魅力的でした。
壮絶な過去を封印して、妖艶な踊り子「マタ・ハリ」として生き抜く力強さ。
恋した時のときめき。ふとした瞬間に見せる弱さ、儚さ。
ファムファタルといった特別な存在ではなく、自分の人生を懸命に生きる等身大の女性がそこにいました。
ダンスはもとよりお得意ですが、くすんだ色の群衆の中に一筋の光のように鮮やかな衣装で登場して踊る妖艶なマタ・ハリから一瞬たりとも目が離せませんでした。
歌唱もますますのびやかでパワフル。「柚希礼音史上最高音」という高音まで地声で出ていて凄い。
舞台観た後、宝塚時代の「ナポレオン」とか聴くと、どちらも柚希さんなんだけどその声の違いにも驚きます。
強さ、潔さとともに女性としてのやさしさ、可愛らしさにもあふれていて、アパルトマンでの無造作なロングヘアが意外にも(と言っては失礼ながら)似合っていて可愛かったな。
「大きな挑戦」とおっしゃっていたこの作品。
退団後、1作ごとに挑戦を続け、違った顔、今まで観たことなない柚希礼音を見せていただけるのはファン冥利につきます。
ラドゥーとアルマンの二役を演じる加藤和樹さん。
マタ・ハリをスパイに仕立てた挙句、二重スパイとして自らの証言で葬り去るラドゥー。
任務としてマタ・ハリに近づきながら真実の愛に目覚めるアルマン。
アフタートークの柚希さん曰く「好きな人と嫌いな人」という落差ある二役をマチソワで役替りの日もあるそうで、どんなメンタル?と驚くばかりです(シャワー浴びながら気持ちを切り替えるのだとか)。
役としては冷酷な諜報局の大佐ながら絶ち切れぬマタへの思いやアルマンへの嫉妬に苦悩するラドゥーが断然好みですが、♪一万の兵士を無駄死にさせた と歌う彼もまたその時代を必死に生きた一人だと思います。、
加藤和樹さんはどちらかといえばこれまでアルマンのイメージでしたが、クールなラドゥーもとてもよかったです。色っぽいし。


加藤さんの役によってラドゥーとアルマンはダブルキャスト。
もう一人、ピエール役も西川大貴さんと東京のみご出演の百名ヒロキさんの両方観られたので、3回の観劇で効率よくダブルキャストコンプリートです。
佐藤隆紀さんのラドゥーは皆さんおっしゃっていますが、圧倒劇な歌唱力。
佐藤さんの回は2階から観ましたが、メインホール全体に響き渡る声に聴き惚れました。
加藤さんに比べると色悪感は薄めで、あくまも職務に忠実な軍人がマタ・ハリの魅力にとりつかれて自分でも驚いてコントロール失う、といった趣き。
マタ・ハリが訪ねて来るときのガウン。加藤さんは肩にかけて羽織っていたのに、佐藤さんはきっちり着て布ベルトもしっかり結んでいたのでちょっと笑ってしまいました。
東啓介さんは初めて拝見したのですが、加藤アルマンよりさらに繊細な雰囲気。
若くてイケメンで背が高くて芝居できて聴かせてくれて、って、まだこんな人材いたのか、ミュージカル界ほんとすごいなと感心。
ラドゥー、アルマン、マタの3人で歌う絶品三重唱は加藤・東/佐藤・加藤 どちらの組み合わせも聴き応えたっぷりで魅力的だったなぁ。
出番は多くありませんが、福井晶一さんのヴォン・ビッシングも印象に残りました。
いかにもキレ者のドイツ軍人という雰囲気。
彼が登場するシーンの♪真実と嘘はうらは~ら ただ信じるな 疑うことは生きること 自分で選べ「捕らえろ スパイを」はとてもキャッチーな曲で最初からすぐ歌えるくらいだったのですが、某イベントのお陰でさらに忘れがたいナンバーとなりました。
そしてこの物語の救いのようなアンナの存在。
いつもマタの側にいる衣裳係で、マタのよき理解者で、絶対的な味方。
和音美桜さんの透明感ある歌声がその存在を際立たせています。
なんともやり切れない結末ながら、ただ悲しいだけでは終わらない物語。
愛と真実、生きる強さと希望を随所に見せてくれたマタ・ハリ。
危険を冒して偽造パスポートを使ってベルリンの病院にいるアルマンに会いに行こうとするマタ・ハリが、♪私が望むのは 選んだ道行くこと~ と歌ったとおりの生き方を示してくれた。
あなたを忘れません。
音源か映像欲しいのだけど製品化聞えてこないのは著作権の関係かしら のごくらく地獄度



