2017年06月08日

もし、雪の降って積もる夜のあったら 「マリアの首 ―幻に長崎を想う曲―」


maria.jpgこのブログが誕生したのは2005年8月9日。
その日はリアルスキップの誕生日でもあり・・・ということからもおわかりの通り、私が生まれた日は長崎原爆の日です。

だからという訳ではないのですが、長崎には少なからずご縁があって、旅行や仕事で何度か訪れたことがあります。
とりわけ学生時代、何も知らずに観光気分で訪れた浦上天主堂の前に並ぶ、首がなかったり鼻が吹き飛ばされたり焼け焦げたりした聖人像、天使像を見た時の言葉なくす思いは忘れることができません。


「マリアの首 ―幻に長崎を想う曲―」
作: 田中千禾夫
演出: 小川絵梨子
美術: 堀尾幸男   照明:服部基
出演: 鈴木杏  伊勢佳世  峯村リエ  山野史人  谷川昭一朗  
斎藤直樹  亀田佳明  チョウヨンホ  西岡未央  岡崎さつき

2017年6月4日(日) 1:00pm 兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール 
1階A列センター (上演時間 2時間35分)



原作は田中千禾夫さんが1959年(昭和34)に自ら演出して初演した作品。
この物語で描かれるのはその前年 1958年の長崎。
1958年という年は、原爆投下で多大な被害を受けた浦上天主堂を戦争遺跡としてそのまま保存しようという声が高まる一方、天主堂再建のために遺構を撤去することが決議された年だそうです。


廃材でつくられたようなバラックが不安定な佇まいで舞台中央に構え、それを義足の傷痍兵が人力で回転させます。
その傷痍兵をはじめ、バラック、流れるジャズ、娼婦たち、戦争でわが子を亡くした老人、闇で稼ぐ悪徳医師、訳ありの極道・・・一つひとつのアイコンが「戦後復興」という言葉を連想させる世界に生きる3人の女たち・・・

左頬のケロイドを隠し、昼は看護婦、夜は娼婦として働く鹿(鈴木杏)
戦時中、防空壕で強姦された心の傷を抱え、ポン引きまがいの立売りをして原爆症の夫を支える忍(伊勢佳世)
鹿が勤める病院の同僚看護婦で明るく屈託のない静(峯村リエ)

実は結構最近まで三人芝居だと思っていたくらい、3人の女性たちの物語だと捉えていたのですが、そういう訳でもなかったです。
鹿と忍は「信仰」という繋がりがあるようですが、静は鹿の同僚という以外は特に強い結びつきはなさそう。
鹿と静が勤務する病院に運び込まれたピストルで撃たれた極道が、あの防空壕で忍を強姦した男であり、その次五郎は原爆症を発症していて・・・という展開。


「脚本」や「潤色」、「上演台本」といったものがクレジットされていませんでしたので、おそらく田中千禾夫さんの戯曲をそのまま上演しているものと思いますが、信仰に根ざした強い言葉の数々を全部受け止めきれたという自信はあまりありません。
特に、鹿の怒りや絶望の根源に何があるのか、理解が及ばなかったように思います。
それは、自らの顔に消えることのない傷を刻み込んだ戦争(原爆)に、だったのでしょうか、あるいは、その絶望から魂を救済してくれない神に、だったのでしょうか。


「もし、雪の降って積もる夜のあったら、来てくれまっせ」と、忍が老人を誘った浦上天主堂。
「めったに雪は降らんところ」のはずの長崎の、漆黒の空から溢れ出るように次々と雪が舞い降りてくるその夜。
「マリアの首」を盗み出そうと集まる鹿や忍たち。

この雪降りしきる場面の美しさ。
そして、鈴木杏さん演じる鹿の独白の凄まじさ。

「外道の歓喜の中で、あなた様ばお慕いしておりました」と鹿はマリアの首に向かって言ったと思いますが、「外道の歓喜」(←この字で合ってる?)とは何を意味しているのか、
また、鹿が自らを「外道」と呼ぶに至る思いは何なのか
・・・うーん、手強い。

この時、鹿の言葉に応えるマリア様の声は峯村リエさんだったのですが、これがとてもやさしく慈悲深く尊い響きで、本当に天から降ってくるよう。

そこでふと、鹿と忍と静は、もしかしたら独立した3人の人格ではなく、一人の女性の多面体なのではないかと思い至りました。
純粋さも狂気も神聖も母性も、女性はすべて持ち合わせているということではないか、と。
そういえば、赤ちゃんを抱いた忍は、イエスを抱いた聖母マリアを思い起こさせもして。


一方で、やはり原爆(核)の脅威も感じないではいられません。
鹿のケロイド、原爆症を患いながら頑なに否定する忍の夫(それが何故なのかはわからなかったけれど)、抜け毛を見て「きたか」という次五郎の静かなつぶやき・・・彼らの苦悩や絶望は被爆を体験した国、被爆した街だけが鳴らせる警鐘なのではないか、それは1945年8月9日から一瞬たりとも変わることはないのではないか、と思いました。
58年も前に書かれた作品ですが、核の脅威が再びヒタヒタと迫る今、より一層現実味を帯びて私たちの前に迫ってくる思いです。


物語とは直接関係ありませんが、開演前の諸注意を舞台上からされた方が出演している役者さん(多分 チョウヨンホさん)で、「それでは間もなく開演です」と客席に向かってにこやかな笑顔を向けた後、うしろを向いて他の役者さんに合図を送る時にはピシッと厳しい表情に一変して、「うわぁ、役者さんだぁ」と思ったのでした。



最前列ど真ん中だったのに隣席のおじさん爆睡するからこっちが役者さんに気を遣っちゃったわよ の地獄度 (total 1226 vs 1230 )


posted by スキップ at 23:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 演劇・ミュージカル | 更新情報をチェックする
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