
大阪育ちとはいうものの、そんな世界はドラマや小説の中でしか知りません。
なのに、どこか懐かしく温かく、そして優しく切ない物語。
とても、とてもよかったです。
玉造小劇店配給芝居 Vol.21 「おもてなし」
脚本・演出: わかぎゑふ
音楽: 佐藤心
出演: みやなおこ うえだひろし 江口直彌 浅野彰一
江戸川萬時 コング桑田 鈴木健介 久野麻子
森崎正弘 内山絢貴 畝岡歩未 松井千尋
わかぎゑふ 八代進一 福本伸一 茂山逸平
2017年5月28日(日) 1:00pm ABCホール A列センター
(上演時間 2時間10分)
大正13年の大阪。
船場から川をひとつ隔てた日本橋黒門町にあるこじんまりした日本家屋の一間で物語が展開されます。
この家の主は芳崎兼(みやなおこ)。
着物を粋に着こなし、こなれた船場言葉を操る美しく如才ない女性です。
この春 東京の大学を卒業したばかりの息子 清(江戸川萬時)と二人暮らしですが、この家には、船場の材木問屋 岩井商店の一人息子 喜一(うえだひろし)をはじめ、様々な人々がそれぞれの事情を抱えて出入りしています・・・。
兼(世間からはおかねさん、喜一からはねーちゃんと呼ばれている)は岩井商店に奉公する女衆だったところを喜一の乳母に取り立てられ、やがて主の岩井庄之助に見染められて妾となり、清を産みました。この家は庄之助に建ててもらった別宅でしたが、その庄之助も今は亡く、跡取りの喜一は原因不明の病ため失明寸前にあり、兼を母のように慕い、清をただ一人の血を分けた弟と頼りにしているのでした・・・という事情を、説明台詞一切なく、登場人物の会話や芝居だけで私たちにわからせてくれるわかぎゑふさんの筆致が相変わらず鮮やか。
また、船場ことばや言い回し、古き良き時代の船場の文化、世界観や独特のしきたり、おかねさんをはじめそれぞれの身分や立場で違う着物まで、細部にわたって時代考証や検証が行き届き、そこにゑふさんのこだわりが加味されて、登場人物はまるであの時代の船場から時空を超えて私たちの目の前に現れたよう。
言葉でいえば、船場ことばの美しさ、深さに聴き惚れたのですが、その中に紅一点ならぬ「江戸一点」のように挿し込まれる八代進一さん演じる藤原の東京言葉の硬質感と歯切れ良さがまた際立っていました。このあたりも上手いなぁ。
おかねさんのもとに寄せられる様々な相談。
船場の大店のお妾さんになろうという若い芸妓さんに「お家さんへの挨拶のしきたり」を伝授したり、大店のこいさん(三女)の婚礼の宴席を豪華さを損なわずできるだけ「始末」するよう手はずを整えたり、さらにはそのこいさんと丁稚との駆け落ちを思いとどまらせたり、奈良の田舎から出てくる父親に妾の一人ぐらい囲っているところを見せたいという若い旦那のために一芝居打ったり・・・何ごとにも動じることなく、でもやわらかな物腰で、その一つひとつを鮮やかに収拾させていくおかねさん。
その度量の大きさ、艶やかさ、カッコよさにホレボレします。
と同時に、息子たちが留守の夜に藤原京太郎(八代進一)を家に引き入れてコトに及ぶ(未遂に終わったけれど)・・・という女の部分を失わない色っぽさも魅力的です。
喜一が「たった一人の血を分けた弟」である清に店の跡取りを譲り、最初は固辞していた清も「たった一人の血を分けた兄さんを見捨てることはできない」と引き受け、いろいろあった末に清が店に入り、おかねさんが晴れて「お家さん」と呼ばれるようになった日。
東京へ帰るために挨拶に訪れた藤原に、
「知り合いの話ですけど」と前置きした後、「好きでたまらんかった人の子どもを産んで囲われた旦那さんの子どもとして辛抱して育ててきて、その息子が旦那さんの店を継ぐことになったんですわ」と告げるおかねさん。
遠くを見ながら、幸せそうに。
これって、捉えようによってはおかねさんの積年の深謀遠慮のようにも見えるかもしれませんが、私はそんなふうには感じられませんでした。
ここへ来てブワ~ッと蘇った二つの場面。
一つは、婚礼を間近に控えたこいさん(内山絢貴)が丁稚と駆け落ちしたい、実はその前に他に好きな人がいて子どもを産んだ、この丁稚はその子を取り返してくれたと丁稚ともども両手をついて懇願した時。
まずはきちんと嫁いで時を待て、というおかねさん。
「ほんまに好きな人と出会うのが遅なっただけや。
ふんばってふんばって、恋の一念通しなはれ。おなごにできるのはそれだけや」と。
もう一つは、この騒ぎを経て、家に呼んでいた藤原を「バチが当たったんや。やはりこれはなかったことに」と帰そうとして、その変化に驚き納得できない藤原に「ひとつだけ聞かせてください。おかねさんは人を好きになったこと、ありますか?」と問われた時。
「へぇ」と、幸せそうな笑顔を見せて即答したおかねさん。
あぁ、おかねさん。
きっとあの時のこいさんと同じ気持ちだったんだ
本当に好きだった人の子どもを、守って育てたい一心だったんだ
一人でわが子を守るため、生きていくためにはこうするしかなかったんだ
20数年、誰にもひと言も真実を口にすることなく・・・
と思うとまた涙が。
あの場面が伏線だとは全く思っていませんでしたが、ここで回収されるとは・・・ゑふさん、お見事です。
みやなおこさんは、そとばこまち時代に何度か舞台を拝見したことがあると思うのですが、こんなタイプの女優さんだとは認識していませんでした。
酸いも甘いも噛み分けたようなところがありつつ色っぽくて綺麗でカッコいい。
おかねさんがみやさんか、みやさんがおかねさんかというくらいハマっていました。
佇まいも声も話し方も、メイクも髪型も、着物の着こなしや所作も素敵だったな。
うえだひろしさんの喜一がまたすばらしかったです。
心の中では目が見えなくなることへの恐怖と一人闘いながらいつも明るくふるまって、大店の息子で何不自由なく「ぼん、ぼん」と育てられた鷹揚さや育ちの良さも見せて。
急に目の前が真っ暗になった喜一が「覚悟はできてた」と明るく話しながら一転しておかねさんに抱きつくところで思わず涙がこぼれました。
一人ひとり挙げていたらキリがないくらい役者さんは皆よかったのですが、中でも印象的だったのは福本伸一さん演じる島村雄之助。
いかにも代々続くの船場の老舗の旦那といった風情。
お金も度量もあって、ヘラヘラ面白おかしく遊んでばかりいるように見えてちゃんと本質を見抜く目は持っています。
喜一が清を岩井商店の跡取りとして商工会に届けるにあたり「後見人がいるねんけど」と困った素振りを見せると、「なんや、俺にいうたらええのに。俺がなったる」と言い放つ島村の旦那、カッコイイ~。
カッコイイといえば八代進一さんの藤原京太郎は、登場人物中ただ一人の”東京もん”で(役者さん的にもそうなのかな?)、白いスーツにベスト、ソフト帽とステッキ、口ひげ、とまるで絵から抜け出してきたようなレトロダンディ紳士でした。
もう一人 茂山逸平くん。
開演前にロビーで物販していらしたので逸平くんが出演することは知っていたのですが、物語が進むにつれて、「この話の中で逸平くん、どんな役で出てくるんだろう」と思っていたら、狂言師の役でした(笑)。
わかぎゑふさんの遊び心たっぷり。
しかも事情があって京都には帰れないから「今度は萬斎さんに頭を下げて・・・」とか言ってました。
こいさんの結婚式の余興にとおかねさんが呼んだ狂言師。
すっごくいい声で一節謡い、舞ってくれて、何だか贅沢なご馳走でした。
人情喜劇らしく笑いが散りばめらていてよく笑いました。
次々に繰り出されるエピソードはどれもおもしろく飽きさせません。
そしてラストはハッピーエンド・・・なのにどこか物哀しさも漂って、「おもうろうて、やがて切ない」といった趣きです。
この日は大千穐楽で、カーテンコールでは劇中に出てきたこんぺい糖を役者さんたちが客席に投げてくれました。
そして、音楽の佐藤心さんのアコーディオン演奏でコング桑田さんが劇中歌を歌って、役者さんたちもセットに腰掛けて客席と一緒に聴くというゴージャスなプレゼント。
とてもやさしく温かくステキな歌。
Instagramに動画をアップされていた方がいらっしゃいました(こちら)。
「私らは写真撮るから気にせんとうとて」というゑふさんに、「みんなも撮って」と客席に向かって言うコングさん。
つられてゑふさんも「みんなも・・」と言ってしまって、「あんたが『みんな』言うから私も言うてしもたやんか。『皆さんも』」と言い直していらっしゃいました。



そんな訳で歌うコングさんを撮る福本伸一さんやゑふさん
・・・とそれを笑顔で見守る役者さんたち。ステキな空間でした。

終演後には恒例のサイン会。
この日は八代進一さんとみやなおこさんでした。
役者さんからサインいただくことにさほど興味はないスキップですが、八代さん大好きだしせっかく東京からいらしているのだから← と並んでみました。
八代さんにサインいただく時、「『いろは四谷怪談』も観に行きます」と言ったら、
「東京に?」「12月にも別の新作でこっちくるよ」とおっしゃってくださって、「え~っ!大阪にぃ?うれしい!!」とテンション高く言ってしまいました


この作品、もっと早く観ていたら間違いなくリピートしたなぁ のごくらく度


