
遠征だと仕方なく昼夜通しになってしまうことも多いのですが、こういう面でも、松竹座での上演はありがたい。
大阪松竹座新築開場二十周年記念
五月花形歌舞伎 夜の部
2017年5月5日(金) 4:00pm 松竹座 3階2列上手 (上演時間 3時間50分)
昼の部の感想はこちら
一、新版歌祭文 野崎村
出演: 中村七之助 中村歌昇 中村児太郎 坂東竹三郎 坂東彌十郎 ほか
お染・久松の心中という実話を題材にした「新版歌祭文」の中で最も見取り上演される演目。
野崎村の百姓久作(彌十郎)の家では、娘のお光(七之助)が養子の久松(歌昇)との祝言を控え、喜びを抑えきれない様子で婚礼の準備に勤しんでいます。そこへ久松が奉公する油屋の娘お染(児太郎)がやって来ます。最初は嫉妬しお染を邪険にするお光でしたが、「一緒になれないのなら心中しよう」という二人の覚悟を知り、尼になって自ら身を引きます・・・。
七之助さんはこのお光を2014年11月の十七世中村勘三郎 二十七回忌・十八世中村勘三郎 三回忌 追善公演の時に初役で演じられて以来かと思いますが、すっかり手の内のお役という感じです。
怜悧な美しさを持った女方さんなので、お染との対比としてそれほど野暮ったい田舎娘には見えない、というきらいはあるものの、お染ちゃんについ意地悪してしまう気の強さを持ちながら、愛する人とその恋人を思って身を引く一途さ、哀れさがよく出ていました。
特に終盤、久松とお染がそれぞれ野崎村を去って行く時、二人が見えなくなるまで涙を見せることなくギュッと唇を噛んで耐えていたお光が、ゴ~ンと時を告げる鐘の音が聞こえた瞬間、我に返ったように父親の久作にすがりついて泣くところ、切なすぎる。
初演の時話題になっていた大根の切り方もずい分上達した模様(笑)。
でもなぁ。
やっぱりこのお話は何度観てもあまり好きになれません。
ありがちとはいえ、お光ちゃんがあまりにも可哀想すぎるし、お光ちゃんがそんな思いしても二人が幸せになるならまだしも、この先のお染・久松の行く末を知っているだけになおさら。
お染ちゃんの母上様で竹三郎さん出てきた時「おー」と思いました。
お元気なご様子で何よりです。
最後に久松が乗っていく駕籠かきが又之助さんと猿四郎さんで、息の合ったステップを披露。
猿四郎さん、やっぱりオトコマエだ(←そこ?)
ニ、三世實川延若より直伝されたる
十八世中村勘三郎から習い覚えし
怪談乳房榎(かいだんちぶさのえのき)
中村勘九郎三役早替りにて相勤め申し候
原作: 三遊亭円朝
出演: 中村勘九郎 中村七之助 市川寿猿 市川猿弥 市川弘太郎 市川猿之助 ほか
これまで何度かこのブログにも書いていますが、「怪談乳房榎」は私が初めて観た歌舞伎(それまでにも観ていたかもしれませんが、自らチケット買って観たのはこれが最初)。
勘九郎時代の勘三郎さん。
平成3年(1991)の中座。
もう26年も前ということに驚愕する思いですが、今でもあの時の感動と衝撃は忘れられません。
20年位経ってからもどんなにすばらしかったか、行きつけのバーのマスターに長々と語ったことがあるくらい。
大阪ではそれ以来となる上演。
私は、2013年3月 赤坂大歌舞伎で観て以来でした。
絵師 菱川重信・菱川家の下男正助・小悪党のうわばみ三次の三役を勘九郎さんが早替りで勤め、重信の妻 お関を七之助さん、重信を殺してお関と家をわがものにしようとする磯貝浪江が猿之助さんという布陣です。
超高速早替り、本水を使った大掛かりな滝つぼのセットなど歌舞伎のケレンたっぷりの舞台。
除幕で隅田川の向こうに「中村座」が描き込まれているのを見て、「中村屋さんの舞台だぁ」と思いました。
勘九郎さんが早替りで出てくる度にどよめく客席。
いや、わかっているけど本当に早い。
しかも、今揚幕から引っ込んだと思ったら次の瞬間舞台奥から出てくるとか、移動距離もハンパありません。
もちろん、姿形が変わるだけでなく、目つきや仕草、声色、体全体から醸し出す雰囲気などが瞬時にガラリと変わります。
端正でストイックな芸術家・重信、朴訥として小心者の下男・正助、したたかな小悪党・うわばみ三次・・・まるで魂まで入れ替わったように瞬時に別の人間になる勘九郎さん。すばらしい。
そして。
滝つぼから逃れてくる正助と揚幕から傘をさしてやってくる三次が花道で出会い頭に入れ替わり、三次が浪江とともに土手の上で見得する場面でぶわっと涙があふれました。
全然泣く場面じゃないのに。
赤坂でも泣かなかったのに。
場所は違えど、中座と同じ道頓堀にある松竹座という大阪の小屋がなせるワザだったのでしょうか。
七之助さんのお関はこちらも手の内のお役という印象。
綺麗でどことなく儚げで色っぽくて、浪江でなくても横恋慕しそうだし、またそれに付け込まれるような脆さもある風情です。
夜の部の演目が「乳房榎」だとわかった時、「猿之助さんは獅童さんがやった役(浪江のことね)かな?あれって、勘九郎さんにおまんじゅうだか最中だか無理やり食べさせられる役でしょ。そんな役猿之助さんやるかなぁ?」と友人と語り合ったものですが、やりましたね。
ま、さすがに「食べさせる」はなくて、ソルマックネタでいじられていましたが。
浪江ってば、ほんと、悪い。
いわゆる色悪という役柄ですが、猿之助さんがやる時点でただのいい人な訳ないと思ってしまいますよね(笑)。
ただ、こちらの勝手ながら知的な策略家のイメージが強く、正助が自分の言うことを聞かず思い通りにならないとすぐ「殺すぞ!」と脅すような武闘派の人物にはあまり感じられなかったです。私が観たのは初日から4日目で、まだ若干遠慮がちだったのかもしれません。
ともあれ、猿之助さん筆頭に、寿猿さん、猿弥さん、弘太郎さんといった澤瀉屋さんたちが、三世實川延若さんから勘三郎さんが直伝された中村屋さんの演目で共演されるのはとてもうれしい観ものでした。
弘太郎さんといえば、滝つぼの場面の前、場面転換中に幕前で「水のよけ方」の説明担当。「皆さん一緒にやってみましょう」とユーモラスに客席も巻き込んで。
その間に「キャー!」という声が二階席から聞こえてきて、どうやら三次が二階通路を走り抜けたらしい。
「この時間ぐらい休めばいいのに」と弘太郎さん。
三次は日によっては三階にも登場することがあるようですが、私が観た日は現れなくて残念。
早替りにどよめき、水をかけられて喜び、勘九郎さんのカッコよさに高揚する客席。
初めてご覧になる若い方も多いようですが、「ほぇ~」「ひょえ~」と驚いてばかりで舞台に釘づけになって心揺さぶられていた26年前の中座の私のように、これをきっかけに勘九郎さんが好きになり、歌舞伎を楽しむようになる人が増えれば、こんな喜ばしいことはありません。

初日(5/2)の松竹座。
張り切って出勤前に様子見に寄ったらまだシャッター閉まってたという

夜の部もやっぱり一階で観ればよかったなぁ のごくらく地獄度



