2017年04月04日

母より 「炎 アンサンディ」


incendies.jpg2014年に初演された作品の同スタッフ、同キャストでの再演。私は今回初見でした。
初演時に数々の演劇賞を受賞した評判の高い作品と聞いていましたが、内容については全く知らず。

中東某国の内戦を背景に、一人の女性の生き様を辿る家族の物語。
激しく心揺さぶられる舞台でした。


「炎 アンサンディ」
作: ワジディ・ムワワド
翻訳: 藤井慎太郎
演出: 上村聡史
美術: 長田佳代子  照明: 沢田祐二
出演: 麻実れい  栗田桃子  小柳友  中村彰男  
     那須佐代子  中嶋しゅう  岡本健一

2017年3月25日(土) 1:00pm 兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール 1階F列センター
(上演時間 3時間20分)


物語: 5年間 心を閉ざしひと言も言葉を発しなかったナワル(麻実れい)が亡くなり、彼女は友人である公証人エルミル(中嶋しゅう)に双子の子供たちへの遺言を託していました。
数学者の姉 ジャンヌ(栗田桃子)には「あなたたちの父を探してこの手紙を渡しなさい」
ボクサーの弟 シモン(小柳友)には「あなたたちの兄を見つけ出してこの手紙を渡しなさい」と。
父は死んだと聞かされ、兄の存在など全く知らなかった2人は、母から愛情を受けた記憶もなく、当惑し、反発しながらも封印された母の過去を辿っていきます。
それはすなわち、彼ら自身の宿命と向き合うことにもなるのでした・・・。


現代のモントリオールに始まって、2人がそれぞれ母のルーツを辿る中東と、母であるナワルの少女時代からの実際の人生とが時空を超えて交錯しながら物語は展開します。
その時代を生きた母、死んだはずの父、存在さえ知らなかった兄の真実に姉弟が少しずつ近づいていく様を観ながら、客席の私たちもまた、まるで謎が解き明かされるように一つ、また一つとナワルの生きた途を知ることになります。
やがて明らかになる真実の厳しさ、残酷さに言葉をなくす思い・・・。


中東の難民の村に生まれたナワルはワハブ(岡本健一)と恋に落ち、14歳で身籠ります。
幼い恋人たちを大人は認めず、ワハブは追放され、ナワルが産んだ子どもは取り上げられ連れ去られます。
「どうして自分の産んだ子どもを手放したりしたの?」と言うのは簡単ですが、
「ひざまづくか、服を脱ぐ(一人で集落を出る)か」と母に迫られた、読み書きもできず算術も知らない14歳の少女ができることは、「泣きながらひざまづく」ことしかなかったことは想像に難くありません。

ナワルが笑顔を見せたのは、この時のワハブとのシーンだけだったと後で思いました。
本当に幸せだった短い時間。

成長したナワルは村を出て字を学び、村に戻って祖母の墓碑にその名前を刻んだ後再び出奔し、連れ去られたわが子を探して難民キャンプを彷徨い続けます。
内戦に巻き込まれ、「書く女」と呼ばれる闘士となり、仲間を殺され、敵対する勢力の指導者を殺し、投獄され拷問され強姦され、出産・・・。

目を背け耳を塞ぎたくほど過酷で壮絶なナワルの半生。

ナワルや友人のサウダ(那須佐代子)の口から語られる、襲撃された難民キャンプや焼き払われた村の様子。
それは決して声高でも激しくもないけれど、これまで報道や書物などで見聞きしていた民族間の血で血を洗う争いや殺戮が、まるで追体験するように私たちの心にヒタヒタと押し寄せてきます。

ですが、この物語の意図は、今も世界のどこかで絶え間なく続いている「報復の連鎖」を糾弾するところにあるのではなく、人間の尊厳と母の愛、母性の深さを感じ取ることだと気づかされる終盤。

ナワルが書いた4通の手紙。
双子の父親へ、心ならずも手放したわが子へ、ジャンヌへ、シモンへ。
この手紙の朗読、感動的でした。

特に、「シモン、泣いているの?」で始まるシモンへの手紙(この時、まるでそれが見えているかのようにシモンは本当に震えながら泣いていたのでした)。
1+1は 2ではなく1、つまり、探していた父と兄は2人ではなく1人の人物だとわかって、その過酷な現実に打ちひしがれ、母と同じように言葉を発さなくなったシモン。
そんな彼を包み込むような愛であふれている手紙の文面、声。
最後の「母より」の響きのこの上ないやさしさ。
あぁ、これでシモンの魂は救われたんだなと思いました。

この「母より」はもちろんジャンヌにも、そして彼女たちの兄への手紙もその言葉で結ばれています。
ジャンヌが渡した父親宛の手紙は「フンッ!」という感じで破り捨てたその男 ニハッド(岡本健一)が、シモンから渡された手紙の、すべてを赦したような愛に包まれた「母より」で形相を変えて倒れたのを観て、心をなくして殺人マシンのようになってしまった彼も、ずっと母の愛を求めていたことが感じられましたし、その愛を知ると同時に取り返しのつかない後悔をすることになったことが悲痛でした。


その「母より」で感じられたように、この舞台では麻実れいさんの声がとても印象的でした。
凛とした佇まいや変幻自在の演技もさることながら、10代から60代までのナワルをその声で見事に演じ分けていたと思います。
時に初々しく、時に強く激しく、時に絶望的に、時に悔恨を感じさせ、そして深く豊かにすべてを包み込むように。

岡本健一さんの存在感も際立っていました。
ナワルの初恋の人ワハブをはじめ6役演じ分け。
恋するワハブもよかったですが、圧巻は最後に登場する兵士ニハッド。
迷彩服にライフルを構え、ヘッドホンでロックをガンガンに流しながら人を殺し、撃った人を写真に撮りまくるキレた若者。
久しぶりに甘い歌声も聴けるというおまけつきです。

ジャンヌとシモン、母の真実を知る中で成長していくような双子を演じた栗田桃子さん、小柳友さん。
飄々としながら信念を持ち、遺された子どもたちに温かい目を向けるエルミルの中嶋しゅうさん。
岡本さん同様、複数役を演じ分ける那須佐代子さん、中村彰男さん(産婆も!)。
役者さんは皆すばらしかったな。


ホリゾントから前方へ傾斜した舞台。
小学校の教室にあったような小さな木製の3脚の椅子。
舞台中央に突然現れて人が出入りする穴。
クラウンの赤い鼻。
みんなで雨をよけるシート。

シンプルながらイマジネーション広がるような空間の演出も洗練されていて素敵でした。




宝塚時代以外の麻実れいさんの舞台の中で一番好き のごくらく度  (total 1728 vs 1730 )


posted by スキップ at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 演劇・ミュージカル | 更新情報をチェックする
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