2016年12月27日

ニセモノが見せたホンモノの生き様 「エノケソ一代記」


enokeso.jpg市川猿之助さんが三谷幸喜さんの作品に出演するのはパルコ歌舞伎「決闘!高田馬場」(2006年)以来10年ぶりなのだとか。
「決闘!高田馬場」は私が猿之助(当時 亀治郎)さんを”発見”した作品でもありますが、今では猿之助さんも三谷さんもあの頃とは比べものにならないくらいビッグネームになっていて、そんな2人が10年の時を経て今度は主演男優と作者としてつくり上げる舞台がどんなものか、とても興味がありました。

しかも、三谷幸喜さんが役者として舞台に立つのは「Vamp show」以来24年ぶりだというではありませんか。

シスカンパニー公演 「エノケソ一代記」
作・演出: 三谷幸喜 
美術:松井るみ 
出演: 市川猿之助  吉田羊  浅野和之  山中崇  水上京香  春海四方  三谷幸喜
影アナ: 山寺宏一

2016年12月17日(土) 1:00pm 世田谷パブリックシアター A列センター



物語の舞台は昭和の喜劇王エノケンこと榎本健一が絶大な人気を誇って活躍していた時代。
ネットはもちろん、テレビも一般家庭には普及する前で、映画やブロマイドでしか役者の顔がわからなかった時代に、エノケンを愛し、エノケンに憧れていた無名の喜劇役者 田所(市川猿之助)は妻 希代子(吉田羊)とともに「エノケソ一座」を名乗って全国を回っていました。、
エノケソこと田所は限りなくエノケンに近づきたいと思うあまり、彼の人生を自分に重ね合わせようとします・・・。

エノケンが長男を亡くしたことを知ると、「自分も愛するものを手放さないと」と子飼いの劇団員 熊吉(春海四方)をクビにするエノケソ。
エノケンの妻と同じ名前の女を妻にし、二番目の妻と同じ名前の若い女の子にちょっかいを出すエノケソ。
エノケンが壊疽で右足を大腿部から切断したと聞くと自分の足も切断してしまうエノケソ。
本物のエノケンに近づくために・・いや、エノケンそのものになりたくて、どんどんエスカレートしていくエノケソ。


偽物であるエノケソの人生を通して、私たちはまた、鏡合わせのように喜劇王エノケンの悲劇的な人生を観ることにもなります。
笑いを散りばめながら、哀しさも切なさも重ねて、シニカル。
でもそこには、華やかなスターではなく、市井で懸命に生きる者への三谷さんらしい温かい眼差しが感じられるよう。
古川ロッパ(三谷幸喜)に、自分がなぜエノケンの偽物として生きようと考えたかを振り返って語る場面が心に残ります。

物語の展開はおもしろいし、パーツパーツはよく彩られていて役者さんは皆達者。
エノケソが「洒落男」や「月光値千金」を歌い踊るなどエンターテインメント性もたっぷりで楽しい。
欲を言うなら、ただ「楽しい」だけでなく、その先にあるものを見せてほしかったという感じでしょうか。

三谷さんがこの物語を通じて描きたかったのは、
喜劇王エノケンの華やかな人生の光と影
本物に近づこうと心から願いながら結局ホンモノにはなれない男の悲哀
それとも、そんな男をずっと支え続ける妻との夫婦愛

そのどれもなのかもしれません。
そしてその判断は観る人の感じ方に委ねられるのかもしれません。
私には、そのどれもがバランス良く適量に収まりすぎて、どれもおいしいけど何となく物足りないワンプレートのお料理みたいな印象になっちゃったかなぁ。

もちろん観ている間はよく笑いましたし、ラスト 息絶えた田所の前で希代子さんが涙ぽろぽろこぼしながら無理に明るく歌い踊るシーンでは思わずもらい泣き。
気丈で、心から田所のことを愛し理解し、最期まで支え続けた希代子。
吉田羊さん、すばらしかったです。

後半は何かにとり憑かれたような狂気も見せたエノケソこと田所の猿之助さん。
さすがに巧くて、三谷幸喜さんが朝日新聞のコラム「ありふれた生活」で書いていらしたように、とても出番の直前まで仮眠していたとは思えません(笑)。
ただ、それが持ち味でもあるのですが、全体の印象としては理が勝ちすぎていて、エノケソの純粋な馬鹿っぷりが薄味になったかなぁ。
それど、歌が口パクだったのは、やむなしとしてもナマの舞台を愛する者としてはいささか・・・。

演じる三谷幸喜さんを観たのは本当に久しぶりでしたが、猿之助さん相手にも引けを取らず、やはり役者としても自在な人という印象。
そしてどことなく楽しんでやっている感じでした。
エノケンはまだしも古川ロッパのことは全く知りませんので、似てるかどうか私はわかりませんでしたが、とてもつくり込んだ拵えでした。

「ベッジ・パードン」の浅野さんには及ばないものの、5役を演じ分けた山中崇さん。
後で見たら5役とも「柳沢」姓なのね。希代子さんの「ご兄弟は?」という台詞が効いています。
三谷さんらしいしゃれっ気。

その浅野和之さんは菊田一夫ならぬ蟇田一夫。
何だか得体の知れない人物で、結局エノケソの死因をつくってしまうのですが悪びれることなく、愛嬌もあってどこか憎めないのは浅野さんのキャラクターならでは。
前作を途中降板されて心配しましたが、お元気そうで本当によかったです。



カーテンコールの時、涙ぬぐってたらエノケソさんにチラ見された・・・気がする のごくらく地獄度 (total 1681 vs 1686 )

 
posted by スキップ at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 演劇・ミュージカル | 更新情報をチェックする
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