
チェーホフの四大戯曲の一つと言われる「かもめ」は日本でも数多く上演されていて、私が最初に観たのは高橋洋さんがコースチャを演じた蜷川幸雄さん演出版だったでしょうか。
宝塚歌劇版含めて私が観た作品は、演出家変われどいずれも比較的戯曲に忠実な演出、という印象でしたが、今回の演出はかなり異彩を放っていました。
「かもめ」
原作: アントン・チェーホフ
演出: 熊林弘高
翻訳・上演台本: 木内宏昌
出演: 満島ひかり 田中圭 坂口健太郎 渡辺大知 あめくみちこ
山路和弘 渡辺哲 小林勝也 中嶋朋子 佐藤オリエ
2016年11月26日(土) 6:00pm びわ湖ホール中ホール H列センター
帝政ロシア末期。
湖のほとりの田舎町で暮らす劇作家志望のトレープレフ(坂口健太郎)は恋人で女優を夢見るニーナ(満島ひかり)を主役に、自作の前衛劇を母親である大女優アルカージナ(佐藤オリエ)やその愛人の人気作家トリゴーリン(田中圭)らの前で上演しますが、アルカージナは評価してくれません。ニーナは都会的で名声もあるトリゴーリンに恋し、彼を追ってモスクワへと向かいます。数年後、作家となったトレープレフのもとにニーナが現れ・・・。
オープンスペースで区切りのないシンプルな舞台(美術:二村周作)。
セットらしきものはほとんどなくて、抽象的な薄暗い空間を切り取るように縁取る大きな白いフレーム。
ふわりと揺れる紗幕が壁になったり、ドアや窓になったりします。
コースチャが撃ち落とすかもめはゆらゆらと舞い降りる原稿用紙でした。
最初にトリゴーリンの芝居を観る観客席となる椅子は、役者さんたちも動かしたりしますが、後半のコースチャとニーナの場面では、舞台奥に並べて、他の役者さんたちが座っています。
真ん中の椅子が空いていて、自分の芝居を終えたニーナの満島ひかりさんがそこに座ったり。
このあたり、はっきりと示されていた訳ではありませんが、メタシアター的な演出なのかな。
二幕冒頭の上手にいる佐藤オリエさんアルカージナも、そこがまるで稽古場の隅の休憩スペースで、真ん中で演じている役者さんたちを観ているような佇まいでした。
演出で気になったのは、床に寝転がって芝居する場面が多かったこと。
あの姿勢で台詞を「聴かせる」のは結構難易度高いと思われ、実際聞こえにくい場面もあり、結構傾斜のついた私の席からでもやはり見えにくいシーンもあって残念だったな。
脇の人物が皆、自分の欲望に忠実というか、かなり直情的なのも特徴的。
マーシャ(中嶋朋子)しかり、ポリーナ(あめくみちこ)しかり、シャムラーエフ(渡辺哲)しかり。
特に一幕は「喜劇」面が強調されていて、かなりドタバタした印象を受けました。
今回、上演台本と翻訳は木内宏昌さんが担当されたということですが、言葉づかいやテイストはかなり現代的。
加えて、ご当地ネタを結構盛り込んできたのは演出家の意図でしょうか。
コースチャが「ママは滋賀銀行に7億貯金がある」と言っていたり、一幕では「湖」が全部「びわ湖」になっていたり。
ニーナが「ここにはビワマスやモロコやゲンゴウロウブナや・・・」とメモを見ながらびわ湖の名産?を言って、言い終わると拍手起こっていましたが、このあたりは好みの分かれるところかな。
「滋賀銀行に7億」と言われたら、それはどうしてもルーブルではなく円を思い浮かべますし、少なくとも私は、たとえびわ湖が目の前にある劇場で観たとしても、ロシアの田舎町の雰囲気に浸りたい方です。
「『かもめ』という戯曲自体はそれほど大好きという訳ではないけれども彼女がニーナをやるなら観てみたい」と思った満島ひかりさんのニーナ。
漠然と夢を追うような前半と、その夢に破れ、辛酸をなめ尽くした後半の落差を、声色や表情、体全体でくっきりと描出して、さすがにうまい女優さんです。
ただ、四幕の台詞が思ったほど胸に訴えて来なかったのは、舞台下手に偏って演じていたからかなぁ。
坂口健太郎くんはこれが初舞台ということですが、声もよく出ていて、透明感のある繊細な雰囲気でよかったです。ピアノを弾く場面、あの後ろ姿、好きだったな。
田中圭くんのトリゴーリンは、さすがに若いですが、その分、ニーナがトリゴーリンに憧れだけではない恋心を抱き、彼の方も旅先の気まぐれだけではなくニーナに惹かれている、というあたりのリアリティがありました。それにしても圭くん、やっぱり色っぽいよね。
あと、佐藤オリエさんアルカージナがトリゴーリンとニーナが2人でいるところを離れたところからじっと見ている眼、コワかったよね~。
びわ湖ホールに行ったのはとても久しぶりでしたが、やはりいいホールだなぁと思いました。
開演前、まだ客席もざわめいていて客電落ちていないうちから遠くにかもめの鳴き声が聞こえ始めたのですが、一瞬、びわ湖から聞こえてきているのかな、という気分にもなりました。
それでもソーリン邸の前に広がるのはびわ湖じゃない の地獄度


