2016年10月29日

錦秋名古屋 顔見世 夜の部


kinshunagoya.jpg今年の錦秋名古屋顔見世は仁左衛門さんと染五郎さん、という情報が流れた時、わお!と浮足立ったのですが、いざ演目が発表されてみると昼の部の演目にどうにも食指が動かず、夜の部のみの観劇となりました。


錦秋名古屋 顔見世 夜の部
2016年10月23日(日) 4:00pm 日本特殊陶業市民会館ビレッジホール 1階か列(6列目)センター


一、菅原伝授手習鑑  寺子屋
出演: 片岡仁左衛門  市川染五郎  中村梅枝  
大谷廣太郎  片岡松之助  坂東新悟  片岡亀蔵  片岡孝太郎 ほか


敬愛する管丞相のため、忠義のため
愛しいわが子を犠牲にする松王丸と千代
人の子と知りつつ小太郎を殺めざるを得ない源蔵と戸浪
忠義とそれに殉ずる家族の悲劇の物語


歌舞伎でよくかかる演目で何度も観たことがありますが、昨年3月歌舞伎座で、通し狂言として「菅原伝授手習鑑」()を観て、自分なりに菅丞相とそれにつわる人々に理解が深まったと感じて以来の「寺子屋」。

自分の中でどんな感じ方の変化があるかも楽しみだったのですが
・・・より泣くようになったよね


源蔵と戸浪にとって松王丸がまだ「「三つ子の中の悪人」という前半の段階から、松王の細かい表情や声色の変化に涙がにじむことしばしば。
机の数が一つ多いという時、奥で小太郎の首を討つ源蔵の声が聞こえてきた時、愛しいわが子の首を菅秀才の首と平然と断言する時、どんな思いでいたかと思うと・・・。


これは多分、私が松王の心情により寄り添えるようになったこともありますが、仁左衛門さんが以前おっしゃっていたように、「前半では松王の気持ちをまったく出さないやり方もありますが、私は表面に出さないようにしながらも、ぽろっと出てしまう、そういうやり方で、父から教わったとおりにしています」という松嶋屋さん型の松王に依るところが大きいと思います。
そしてわが子を源蔵宅に差し向けた本心を明かす後半は切なさと哀惜が一気に昇華。
「泣くなというに」と千代を叱りつけながら、自身も笑いながら泣く松王丸。
「持つべきものは子でござる」という血を吐くような台詞はもちろん、「桜丸が不憫でござる」も、とても心に染みました。

黒地に鮮やかな雪待ちの衣装の似合うこと。
緩急自在の台詞を低く重厚な声で伝える口跡のよさ。
陰影に満ちた表情。

仁左衛門さん松王丸、絶品です。


この完璧な松王丸に対する源蔵はとてもハードルが高かったのではないかと思いますが、染五郎さんの源蔵もよかったです。
どちらかといえば、文武の文が勝った源蔵という印象。
いかにも筆法伝授された書の達人という雰囲気です。
その中で、菅秀才の命が奪われるかもしれないという危機に直面して緊迫感漲る前半、何とか切り抜けて安堵したのもつかの間、ことの真相を知って松王丸に共感し小太郎への申し訳なさと不憫に思う気持ちがあふれていました。
「せまじきものは宮仕えじゃなぁ」と苦悩が言わせる言葉が心に染み、その苦悩の中に品を失わず、そして何より、菅丞相への揺るぎない忠義の気持ちが感じられる源蔵でした。

源蔵の妻 戸浪は梅枝くん。
いや~、やっぱり上手い。
控え目ながら夫やもちろん菅秀才を案ずる気持ちが表れていて、品よくたおやかなのだけれど菅秀才を守りぬくという意志の強さや覚悟も見て取れます。
源蔵と、夫婦としての愛情ばかりでなく菅丞相へ忠義という強い絆で結びついていることが感じられました。
梅枝くんは着物の裾さばきや所作も綺麗。松王丸の長い独白を聴いている時の、何とも切なそうな、申し訳なさそうな表情から目が離せませんでした。

千代は孝太郎さん。
松王丸の妻として毅然として芯が強い女性で覚悟を決めて感情を抑えてはいても、わが子の死を前にすると、母としての情愛が溢れ出てしまう、そんな人間味あふれる千代でした。

この2組の夫婦に憎々しい春藤玄蕃の亀蔵さんを加えた5人がいずれも台詞巧者で言葉を大切にして心情が手の内にあるので、義太夫狂言として極上の空気が流れていたと思います。


二、英執着獅子 (はなぶさしゅうちゃくじし)
  出演: 中村時蔵


お姫様が獅子に変身する長唄の舞踊。
「石橋物としては、九世團十郎が『春興鏡獅子』をつくるときにヒントを得たという『枕獅子』と同じ頃にできたもの」ということですが、初見です。
というか、女方の毛振りそのものが観るのは2回目で(ずい分前に、翫雀さん・扇雀さんの夫婦獅子に国生くん仔獅子の三人連獅子を観た記憶が・・)とても新鮮でした。

美しい絵の描かれた襖が開いて、病鉢巻に赤姫の時蔵さんが脇息に身を預けまどろむ姿で登場すると一瞬客席がざわめきました。お美しい。
蝶と戯れたり、獅子頭や小さな火焔太鼓を手にしたり、引き抜きも見せながら様々に舞います。
蝶に導かれ、手にした獅子頭に引かれるように中入りした後、舞台は牡丹が咲き乱れる清涼山へ。
後ジテは、少しだけ赤隈の入ったお顔で再び登場した時蔵姫。
頭の上に扇と牡丹の花がついた白く長い毛-扇獅子というらしい-に、着物も白というお姿です。
むき身の隈をとった4人の力者と絡んで立廻り、ぶっ返りの後、毛振りを見せてくれます。
女方のやわらかさを見せる毛振り。

「寺子屋」の重い雰囲気を変えてくれる華やかで楽しい舞踊でした。


IMG_9600.jpg


三、品川心中
作: 矢田弥八
出演: 市川染五郎  中村梅枝  大谷廣太郎  坂東新悟  中村亀鶴 ほか


落語の「品川心中」を題材とした歌舞伎。
幇間の梅の家一八(染五郎)は大店の息子でしたが放蕩三昧の末勘当され、今は妻おたね(梅枝)と赤ん坊と暮らしています。
ある日、一八は品川宿の女郎おそめ(新悟)から心中を持ちかけられます・・・。

幕開きは花道に一人立つ新悟くんおそめちゃん。
芸妓としての全盛期が過ぎて、お金のやりくりにも苦労している様子。
「近頃は素人っぽいのが流行りみたいでさ、江戸のアキバとか、名古屋の栄とか・・・」とつかみは
「もうどうしよう。死んじゃおか?」と軽いノリで、でも一人で死ぬのは嫌だからと心中相手に白羽の矢を立てたのが、幇間の一八。

人はいいけどお金を稼ぐことにはてんで弱く、脇は限りなく甘いぼんぼん一八の染五郎さん、似合いすぎ(笑)。
ヘタレでダメダメ、情けないけど憎めないという愛すべきキャラクター。
「大當り伏見の富くじ」の幸次郎はん思い出しちゃった。

しっかり者の女房おたねは梅枝くん。
最初の登場の時、「え!あれって梅枝くん?」と驚いちゃいました。
ガミガミ亭主を怒り散らす気の強いかかあ天下。だけど一八に心底惚れ抜いているのもちゃんと感じられます。
「寺子屋」の戸浪との落差の大きさ(それを言えば染五郎さんも同様ですが)に、振り幅広いな~と感心することしきり。
しかもどちらも上手い。

新悟くんのおそめは、現代的というか、したたかなんだけど根はいい人、みたいなキャラクター。
こちらもなかなか振り切れていてよかったです。
一八を先に川に落とした後、事情が変わって自分は死ななくていいとなった時、「一八さん ごめんね~」と去っていくのに爆笑してしまいました。

一八 おたね夫婦を心配する大工の棟梁六三の亀鶴さんが、江戸っ子気質の親分肌でカッコよかったな。
相変わらずいい声で、聴き惚れました。
棟梁、おたねさんのことが好きなのかな?

お座敷の場面では鯱やジャンボ海老フライなどのご当地ネタや、松十郎さん扮する力士が琴バウアー(本家 琴奨菊のはるか上を行っていた)披露したりと遊び心満載。
一八・おそめが心中、という場面では、一八が調達してきた着物が梅川・忠兵衛ばりの黒地に梅の裾模様で比翼紋で、「恋飛脚・・」の一節を聞かせてくれたり。
・・・染五郎さんの忠さん、また観たーい!!

明るいコメディで、いろいろありつつハッピーエンド。
染五郎さん一八の西洋太鼓と登場人物総出演の笑顔に賑々しく楽しく打ち出されました。



忠義のため理不尽に奪われる命と深い親の悲しみに涙ポロポロ→華やかな舞踊にうっとり眼福→落語ベースのオモシロ話にアッハッハと声出して笑う、という感情の起伏は、順番こそ違え、先月観た秀山祭夜の部と似ていました。
錦秋名古屋顔見世夜の部。楽しかったです。



それにしても御園座 平成30年ってまだまだ先だなぁ のごくらく地獄度 (total 1652 vs 1651 )



posted by スキップ at 09:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌舞伎・伝統芸能 | 更新情報をチェックする
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