
ダブルキャストで、猿之助さんが宙乗り、坂東巳之助くんが十三役早替わりするAプロと、猿之助さんが十三役早替わり、巳之助が宙乗りするBプロという2パターンが話題です。
制作発表会見で猿之助さんが、「早替りや宙乗りは教えて教えられるものではなく、自分が元気な姿を後輩に見てもらうのが一番早い。伯父(猿翁さん)からも、技術は年をとるほど素晴しくなるけれど、体力的なものは若いときがいいに決まっている。だから自分が元気なうちにその姿を見せなさいと言われていましたので」とおっしゃった言葉がとても印象的で、伝えようとする先輩、それを全力で受け取ろうとする若者の両方を是非この目で観たいと思っていました。
京都芸術劇場 春秋座 芸術監督プログラム
春秋座大歌舞伎
三代猿之助四十八撰の内 「獨道中五十三驛」 (ひとりたびごじゅうさんつぎ)
京三條大橋より江戸日本橋まで
浄瑠璃 お半長吉「写書東驛路」 (うつしがきあずまのうまやじ)
市川猿之助・坂東巳之助 宙乗りならびに十三役早替り相勤め申し候
作: 四世鶴屋南北
脚本・演出: 奈河彰輔
補綴・演出: 石川耕士
演出: 市川猿翁
出演: 市川猿之助 坂東巳之助 市川笑也 市川笑三郎 市川寿猿 市川春猿
市川猿弥 市川門之助 ほか
2016年10月8日(土) 11:00am Bプロ 春秋座 1階L列1列目/
4:00pm Aプロ 2階1列センター
狂言回しを兼ねる弥次さん(猿三郎)、喜多さん(喜猿)の東海道五十三次の旅(通常とは逆ルートで京都三條大橋から出発して江戸日本橋まで)を舞台に御家騒動と仇討ちを重ねた物語。
途中、二幕「岡崎」で十二単を着た化け猫が現れる宙乗り、三幕の常磐津を用いた舞踊「写書東驛路」では、お半と長吉、老若男女から雷までの十三役を、一人の役者さんが早替りで演じ分ける、と見どころたっぷり。
冒頭、事件の発端となる「石山寺」では、赤堀水右衛門(猿弥)に殺されてその亡骸に姫の紅い打ちかけをかけられた丹波与惣兵衛(寿猿)のところへお萩(春猿)が現れ、与惣兵衛を起こして2人で口上。
寿猿さんは昭和5年生まれ、御年86歳に客席からは万雷の拍手。
「これで終わりと思ったら、澤瀉屋は楽させてくれない。大詰にも赤星で出ます」と。
上演順で、先に猿之助さん十三役、巳之助くん化け猫、後から逆パターンを観ました。
まずは最初の見どころ 「岡崎」の化け猫。
巳之助くんの化け猫はまず、顔がコワい(笑)。
老け顔のメイク、すごくつくり込んでいました。
いささか段取りに追われる感はあるものの、若者らしいキレのいい動きや宙乗りも軽々。
一方、猿之助さんの化け猫。
もう出てきた時から妖気プンプン。
動きのキレもさることながら、獲物をいたぶって殺すことを楽しんでる様子がとても不気味で本当に怖い。猿之助さんのSっ気、炸裂。
獲物にされるおくらの段一郎さんの演技も光ります。
猫に操られるのでご自身の身体能力の高さはもちろん、猫と息を合せることが必要なところ、猿之助さん、巳之助くんと相手が変わるためそこのところ大変だと思いますが両者ともに息ぴったりに見えました。
ラスト、宙を飛んでいく化け猫を取り逃がした石井半次郎こと門之助さんが「ざんねんっだっ!」と言ったのが、染五郎さん阿弖流為の「お前たち、残念だっ!」と重なって一人大ウケ

おくらさんが石井半次郎、お袖夫妻をおさん(実は化け猫)の家に案内する時に客席を通るのですが、昼の部は客席の女性の前で「ここに綺麗な観音様が」と言って3人で手を合わせ、夜の部は男性を「ここにお地蔵さんが」と言ってました。
三幕の十三役早替りについては「早替りは技術の一つ」とおっしゃる猿之助さんが語っていらっしゃったことがすべて。
「歌舞伎の踊りの主だった役柄がほぼ入っているので、その踊り分け、一つひとつをきちんと見せる。そして、替り目の鮮やかさをお見せすること。しかしどこかに、猿之助なら猿之助、巳之助なら巳之助であることを一本通さないと意味がありません。あ、また、出てきたと思わせる、つまり、役者としての自分と役とのバランスです。鮮やかすぎてもいけなくて、わざと裏でばたばた音をさせて走り、今、替わっているなと思わせるのも技術です」

ロビーに飾られていた猿之助さん十三役のパネル。
先に猿之助さんの十三役の方を観ました。それはもう鮮やか。
ここで早替りで出てくるぞ、とわかっていてもその早さに「お~っ」となります。
しかも、丹波与八郎・丁稚長吉・信濃屋娘お半・芸者雪野・長吉許嫁お関・弁天小僧菊之助・土手の道哲・長右衛門女房お絹・鳶頭三吉・雷・船頭浪七・江戸兵衛・女房お六 と可憐な娘から雷まで、それぞれの役がきっちり立っていて、踊りながらも物語がきちんと出来上がり流れていきます。
どれも完璧すぎて可愛げがないくらい(笑)。
中では、黒い着物を艶やかに着こなした芸者雪野、気がふれてしまった許嫁お関、そして指先まで神経の行き届いたキレのいい踊りを見せてくれた土手の道哲が特に印象に残りました。
最後の方の花道では、首筋に汗が光っていて、「猿之助さんも汗かくんだ」とオドロキ。
何となく猿之助さんって汗とは無縁のイメージなので。それだけこの十三役早替りはハードだということでしょう。
一方の巳之助くん。
先に猿之助さんのを見ちゃったし、元々澤瀉屋の早替りを見慣れているせいもあって、何となくハラハラしながら見守る感じ。そもそも猿之助さんと比べること自体が酷なことで、いっぱいいっぱいな感じは見て取れますが、すごく頑張っていました。
「猿之助さんでも汗かいてる」と前述しましたが、巳之助くんはそれこそ全身から汗が噴き出しているという感じでした。
「着物の襟がグダグダ」と初日あたりにTwitterでひと騒動あったのも芸者雪野観て、「あぁ、このことだったのか」と納得したり(笑)。やはり女方は全般的にいろいろ足りていない観はありますが、道哲の踊りでは三津五郎さんが重なって見えたり。
その頑張りには胸も目頭も熱くなりました。
最後の「日本橋」では捌き役として由留木調之助(化け猫の人がやるので、巳之助くんと猿之助さん)「本日はこれぎり」となりますが、巳之助くんが由留木をやった夜の部でも猿之助さんが「これぎり」と言っていました。そこは座頭のお役目なのですね。
それにしても大道具小道具たくさんあって、各会場で舞台機構も違っているでしょうに宙乗りまでやるこの演目、よくも巡業でやろうなんて考えたわね、猿之助さん。
相変わらず年齢不詳で紅い打ち掛けの姫がお似合いの可憐な笑也さん。
いい人もできるけど、ふてぶてしい悪役もハマる猿弥さん。
仇っぽい小股の切れ上がった小悪党がお似合いの春猿さん。
キリリと凛々しい門之助さん。
しとやかな若妻もかなりイケる笑三郎さん。
そして、まだまだ元気な86歳 寿猿さん。
澤瀉屋一門は個性豊かで皆芸達者。
楽しい舞台を見せてくださいました。
長い巡業も間もなく千穐楽。本当にお疲れさまでした のごくらく度


