
皇室一家の家族団欒のご様子や、時には若い皇族の学生生活もメディアに乗って伝えられることも珍しくなくなった今の日本を、嘉仁様はどんな思いで空の上からご覧になっているでしょう。
この物語の主人公は、まだ天皇が「現人神」だと信じられていた時代に、「あるべき」姿と「なりたい」自分の狭間で苦悩しながら、天皇とはどうあるべきか、自分はどう生きるべきかを模索し続け、短い生涯を終えた大正天皇嘉仁。
そこに描かれるのは、一人の人間が「生きる」意味、その存在意義を問う普遍的な物語。
劇団チョコレートケーキ 第27回公演 「治天ノ君」
作: 古川健
演出: 日澤雄介
出演: 西尾友樹 浅井伸治 岡本篤 青木シシャモ 菊池豪
佐瀬弘幸 谷仲恵輔 吉田テツタ 松本紀保
2016年9月29日(木) 7:00pm ロームシアター京都 ノースホール 2列センター(全席自由席)
物語は、皇妃である貞明皇后節子(さだこ)妃が語り部となった回想形式で展開。
節子が嫁いだ皇太子時代から、父である明治天皇との軋轢を経て天皇に即位し、やがて病に倒れて皇太子裕仁(後の昭和天皇)を摂政に立てることになる大正天皇嘉仁の生涯が、生前と崩御後が交錯する形で描かれます。
現人神として厳然と存在した天皇の下、日露戦争を経て日本が世界の強国へと名乗りを挙げる明治時代。
世界的な大きなうねりの中、強く上に立つ者の存在を再び必要とされた昭和前期。
その間に短く存在する大正天皇の時代。
この三つの時代を背景に、それぞれの天皇像が描かれ、さらにそれを取り巻く人々・・・大隈重信、原敬、牧野伸顕といった実在の政治家の登場によって、その時代がより色濃く、まるで歴史の真実のように観ている私たちに迫ってきます。
休憩なしの2時間20分が全く長く感じられませんでした。
「皇室」というセンシティブな題材、美しい日本語に彩られた緻密な脚本、ミニマムで効果的な舞台美術、明治・大正・昭和の皇室とその周りの人たちを体現する俳優陣。
もっとこの国のことを知らなきゃ、いや知りたいという知的好奇心も大いに刺激されて、まさに今観るべき1本だと思います。
-「天皇とは何か」と問われた大隈重信の言葉が心に残ります。
「我々にとって天皇とは国民に拝ませておくための道具でした。拝ませておくのはいいが、我々が拝むようになってしまったら、それはおそろしいことになります」
「つまり、家を守るために神棚をつくったのに、神棚を守るために家を壊すということか」
自分の意志を示すこともままならなくなった大正天皇に、裕仁皇太子が、母である節子妃や周りの人たちが見守る中、自分が摂政に就くことを自ら認めさせる場面の緊張感と凄まじさもとても印象的でした。
基本的にはフィクションなのですが、そこには
明治天皇の側室の子で病弱だったけれども弟宮が全員薨去していたため、他に選択肢なく皇位継承者と定められたこと
「父上」と呼ぶことさえ許さず、天皇は神の如く君臨せねばならないという明治天皇の考え方に副いきれなかったこと
日本各地を行啓し、臣下にも臣民にも近しく親しみやすくあったこと
など、私たちが知っていることも知らなかったことも含めて史実がふまえられています。
大正天皇が病に倒れた後、首相となった原敬と謁見する場面で変わり果てた姿に泣いてしまった私ですが、
終盤、侍従武官の四竈(しかま)が節子妃に語る思い出話・・・
言葉も不自由になり、身体の自由もきかなくなった大正天皇。
それでも懸命に歩行訓練をしながら、♪ 守るも攻めるも黒鉄の~ と歌い、「おかしいな。どうしてもこの先が思い出せないんだ」とそのフレーズばかりを繰り返します。
その後ろ姿を見守りながら、「♪浮かべる城ぞ頼みなる~ ですよ」と歌ってみせる四竈。
「ああ、そうだった」と笑顔を見せ、やはり同じフレーズを繰り返し、不自由な身体で前に進む大正天皇。
その人生のあまりの厳しさ、切なさに涙をこらえることができませんでした。
もちろん、厳しく悲しいことばかりではなく、教育係となった有栖川宮威仁親王との心の通じ合いは、「本当にこの人が嘉仁様のそばに来てくれてよかった」と思えましたし、生涯側室を持たなかったことにも表れている皇后節子との睦まじい様子にも心が和む思いでした。
出会いの時、「どんな夫婦になりたいか」と嘉仁親王に問われ、
「私が預けられた農家の夫婦は、一緒に笑い、一緒に怒り、一緒に泣く人たちでした」と答えた節子妃。
「怒る時も?」と笑う嘉仁親王。
物語の終盤、死が迫る中、「一緒に笑い、一緒に怒り、一緒に泣く、そんな夫婦になれたかな」と微かに笑いながら節子妃に問う嘉仁天皇。
ああ、ここで、とその作劇にまんまとやられてまた泣かされたのでした。
大正天皇嘉仁を演じたのは西尾友樹さん。
難しい役だと思いますが、すばらしかったです。
1月に観た「ライン(国境)の向こう」にも出ていらしたかしらと調べてみたら、南日軍守備隊の役。
あぁ、あの人、と今さらながらその変幻自在ぶりにオドロキ。
現人神として臣民のみならず、わが子を前にしても一分の隙も見せず厳然と存在した明治天皇を演じた谷仲恵輔さんも、「ラインの・・」では近藤芳正さんの弟役だった人で、あぁ、あの人!再び(笑)。
本当に役者さんってすごいな。
節子妃を演じた松本紀保さんもとてもよかったです。
品よく凛として、立ち姿も美しい。三つの時代を見続ける強さも感じられて。
父である大正天皇とは違う道を歩もうとしている皇太子裕仁に、「子供が自分の足で歩くのを喜ばない親はいません」と毅然と言い放つ姿が心に残ります。
昭和生まれの私にとって「天皇」でイメージするのは戦後の昭和天皇。
病弱で在位期間も短かったこと、昭和天皇が皇太子時代に摂政をお勤めになったことくらいしか知らなかった大正天皇のことをもっと知りたいと思いました。
明治天皇(11月3日)、昭和天皇(4月29日)の誕生日は祝日なのに、大正天皇の誕生日だけ祝日になっていないという事実にもこの日初めて気づかされたのでした。
「ライン(国境)の向こう」はバンダ・ラ・コンチャンとの合同公演でしたが、劇団単独としては今回が初関西の劇団チョコレートケーキ。
ぜひこれからも定期的に関西にいらしていただきたいです。

リハーサルにも使われる部屋で、ステージはなくフラットのフロアに客席は可動式で階段状にもなっていました。
当日18:00から整理券配布方式で、到着した時にはすでに長蛇の列。
整理番号52番でしたが、ポコッと空いていた2列めのセンター席に座れてラッキーでした。
大変見応えありました「治天ノ君」 平日夜に会社早退して京都まで観に行った甲斐もあったというものです のごくらく地獄度



