2016年08月26日

八月納涼歌舞伎 第三部


八月納涼歌舞伎。
この特別ポスターが出た時、下の二人に大笑いしたものですが、その弥次喜多コンビの二部は千穐楽のお楽しみとして、軽井沢の帰りに東京に寄って、まずは三部だけ先に拝見しました。


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八月納涼歌舞伎 第三部
2016年8月12日(金) 6:00pm 歌舞伎座 3階3列センター


一、河竹黙阿弥 作
  新古演劇十種の内  土蜘
出演: 中村橋之助  中村獅童  中村七之助  中村児太郎  中村国生  中村宗生  中村宣生  中村鶴松  市川團子  波野哲之  坂東巳之助  中村勘九郎  市川猿之助  中村扇雀


病の床に伏せる源頼光のもとへどこからともなくやってきた智籌と名のる僧が病平癒の祈念を申し出ますが、実は・・・というお話。

何度も観たことのある演目ですが、橋之助さんで観るのは初めてでした。
十月にはご自身の芝翫と三人の息子さんの襲名を控える橋之助さん。
その三人を四天王に従え(あとの一人は鶴松くん)、まるでプレ襲名披露のような趣きです。

智籌の花道の登場は、異空間から音もなく現れるテイのため、大向うはもちろん、拍手もしてはいけないと以前教えていただいたのですが、3階だったので花道の出は見えず(笑)、気づいた時にはもう七三の位置に沙門頭巾に黒の水衣の橋之助さんが立っていらっしゃいました。
その出から不気味で妖しい雰囲気たっぷりで、時折頼光をキッと睨む視線鋭く見得もキマって、背中に背負ったものを感じさせる凄味ある土蜘の精でした。
後ジテでは隈取もよくお似合いで、上背と体軀の良さが活きて大きく堂々として華やか。

その影から土蜘であることを見破る太刀持ちは團子ちゃん。キビキビと抜かりなくしっかり。
獅童さん平井保昌とともに土蜘の精に立ち向かう四天王。
教わった型どおりやるのが一杯いっぱいという感じ。ガンバレ。

配役が発表された時、「四天王より番卒の方が強そう」と歌舞伎クラスタの間で話題になった番卒は
猿之助さん、勘九郎さん、巳之助さん。
踊り巧者が揃って、短いながら楽しく見応えのある場面となりました。

この場面、巫女の児太郎くんもよかったな。
児太郎くんが踊っている時、猿之助さんがずっと目で追っていて、それはもしかしたら舞台上の在り方としては正しくないのかもしれませんが、後輩に目を配る温かい人だなと思いました。

そして何といっても石神の波野哲之くん。
ちょこんと座らされて足ぶらぶらしてるところから目が離せません。
ここでも猿之助さんがまるで宝物を扱うように、とてもやさしい手つきで哲くんの着物の裾を直してあげたりしていたのが印象的。
みんなの温かい視線に囲まれて、哲之くんは台詞も堂々。
児太郎くんに背負われて、「やーい」と番卒たちに指す指も、下手の揚幕に入るまできっちりやっていました。


番卒といえばやはり、2012年2月 勘九郎さん襲名披露の「土蜘」を思い出さずにはいられません。
勘九郎さんの門出をお祝いするように、吉右衛門さん、仁左衛門さん、そして勘三郎さんという超豪華番卒。
その時の感想に「この役にこの3人、この先二度と観られることはないかも」と書いているのですが、別の意味で本当になってしまいました(涙)。


二、廓噺山名屋浦里 (さとのうわさやまなやうらざと)
原作: くまざわあかね
脚本: 小佐田定雄
演出: 今井豊茂
出演: 中村勘九郎  中村七之助  駿河太郎  片岡亀蔵  坂東彌十郎  中村扇雀 ほか


タモリさんが「ブラタモリ」で吉原を訪れた際に聞いた話をもとに鶴瓶さんがつくった新作落語が原作。
「怪談 牡丹燈籠」をはじめ、落語をもとにした歌舞伎作品で上演を重ねている名作がたくさんありますが、この作品も新作にしては歌舞伎色濃く、そんな一つになるかもしれません。

某藩江戸留守居役の酒井宗十郎(勘九郎)は、謹厳実直で、他藩の留守居役たちからは女遊びもできず無粋な堅物と鼻つまみ者にされています。
次の寄り合いは互いに馴染みの遊女を紹介することになった矢先、舟遊びに向かう当代一の花魁浦里(七之助)と出会い心惹かれた宗十郎は、山名屋に行き、主人平兵衛に浦里に会わせてほしいと懇願します・・・。


「鰯売恋曳綱」の系譜の、夢物語のようなお話。
大きな事件や悲劇が起こる訳ではなく、物語としては平板ですが、
謂れもなく馬鹿にされていじめられる → スコーンといじめた側の鼻を明かす という王道の「正義は勝つ」ストーリーに、途中「やっぱりダメかも」の不安エッセンスを振りかけ、無敵に見えた正義の味方の弱さもはさみ込むという巧みな筋立てと演出。
工夫が凝らされた美しい舞台装置や照明。そして、まるであて書きのようにピタリとハマった役者さんたちの熱演で、とても面白く、ハートウォーミングな廓譚に仕上がっていました。

舞台装置といえば、ラストの花魁道中の美しさもさることながら、山名屋の店先から奥の座敷へと向かう時、回り舞台になっていて、それだけならこれまでにも観たことありますが、月明かりに照らし出された中庭が見えて、そこで宗十郎が一瞬足を止めて、って素敵だったな。

この物語が成功した要因は何といっても七之助さんの浦里だと思います。
花魁としての浦里の格の高さが出ないと成立しない話。
さらに、その浦里、実は・・の素朴で儚げな別の顔も持ち得なければなりません。
七之助さんは美しさはもちろん、浦里のすべてを持ち合わせていて、まるで七之助さんのための役のよう。

留守居役たちの寄り合いに顔を出す場面。
姿が見えないうちから花魁道中の鳴り物が響き、「浦里花魁がこの店に入ってきた」という驚きの声があがって、「来るぞ、来るぞ」と客席の期待が高まる中、
パァーンと襖を割って姿を現す浦里の神々しいばかりの美しさ。
期待を裏切らないどころか、その数倍上をいく登場です。
それを見て腰を抜かさんばかりに驚く留守居役たち(彌十郎、亀蔵など)を見てスカッと胸がすく高揚感。

宗十郎に自分の生い立ちを語る時の田舎なまり。
花魁の大きさは影もなく、まるで消え入りそうに儚げで守ってあげたくなる感じ。

大詰めの花魁道中。
無数の提灯の灯りに照らし出される大道をまるで大輪の牡丹のように行く花魁。
宗十郎の「近日!」 を聞いた後、凛と前を見据え、振り返りもせず真っ直ぐ歩いていく浦里の気高さ。
吉原一の花魁としての矜持と誇り、そして自分の運命をまるごと受け容れて生きていく覚悟が見えるようでした。

生真面目で堅物、融通はきかないし色っぽさとは無縁だけど仕事はできそう、無骨で一途な酒井宗十郎 勘九郎さんもとてもよかったです。
宗十郎の勘九郎さんを観ながら「何だかいつもと違う」とずっと思っていて、それが何なのかよくわからなかったのですが、帰りの新幹線の中で、「そうだ。勘三郎さんのお手本がないんだ」と思い至りました。
新作だから、もちろん勘三郎さんは演じていないし記録としての映像もない。声や台詞の言い回しに「似てるな」と思うとこはあっても、勘九郎さんが一からつくり上げた役という訳です。
同様のことが「阿弖流為」の坂上田村麻呂にも当てはまるのですが、誤解を恐れずに言えば、勘九郎さんは今はしばらく勘三郎さんの呪縛から離れる時期なのかな、と感じました。
そしていつか、お父様が演じられた役も、「お父さんとは全然違うけどすごくいい」と思って観られる日が来ることを期待しています。

いかにもな廓の主人だけど懐が深く、亡八になりきれない情を持つ山名屋平兵衛の扇雀さん、浪花ことばでやんわり受けて立つ友蔵の駿河太郎さん、俗物で憎々しいいじめ役の彌十郎さん、亀蔵さん・・・役者が揃って、楽しく打ち出される一幕となりました。



納涼三部 できればもう一度観たかったな のごくらく地獄度 (total 1620 vs 1622 )


posted by スキップ at 08:23| Comment(5) | TrackBack(0) | 歌舞伎・伝統芸能 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今月は二部のみ拝見しました。
その後赤坂ACTシアターへ行きましたら、
後ろの席のお姉さま方が三部の感想を話されていて、
「とにかく次男がすごいのよ!長男もすごかったけど次男がものすごく上手なのよ!」
と力説されてました。
観たかったなぁー二部。
Posted by めめねず at 2016年08月28日 00:28
間違えちゃったー!!
最後、観たかったなぁー三部。です(汗)
Posted by めめねず at 2016年08月28日 07:49
♪めめねずさま

二部もとても楽しかったですが、三部もよかったです。
よくできたお話で、新作だけどどこか古典風味もあって
また再演されるのではないかなと思います。
その時はぜひ!

次男ね(笑)。
確かに七之助さん、すばらしかったです。
浦里という役もよい役ですし、本当に圧倒的な美しさでした。
あ、でも長男ももちろんよかったですよ。
そして「土蜘」に出ていた長男の次男も(^^ゞ
Posted by スキップ at 2016年08月28日 23:46
会話に出てきたのは、多分「長男の次男」のことだと思います(笑)
お姉さま方、まるでご自分の孫のような話しぶりだったので。
来年の、長男の長男と次男の初舞台が今から楽しみですねー。
Posted by めめねず at 2016年08月29日 21:45
♪めめねずさま

あら~、長男の次男のことでしたか(笑)。
三部の感想ということだからてっきり「山名屋浦里」だと
思っていたら、「土蜘」の方だったとは。

確かに、七緒八くんもすばらしいですが、哲之くんの方が
より天性というか、勘三郎さんに近いものを感じます。
記者会見などでの奔放さを見てもね(笑)。
末恐ろしく、楽しみでもあります。
Posted by スキップ at 2016年08月30日 00:00
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