2016年08月17日

それは寓話か神の啓示か 「レディエント・バーミン」


radiant.jpgイギリスの劇作家であり映画監督でもあるフィリップ・リドリーの作品を白井晃さんが演出するのは6作目となるそうですが、今回初見でした。

昨年「マーキュリー・ファー」のチケット取っていたにもかかわらず、やんごとなき理由で手放したのをいささか後悔しましたので、「今度こそ絶対観るゾ」と平日に西宮という悪条件にもめげず仕事帰りに行ってきました。
その甲斐あって、とても刺激的で笑いの中に緊張感が続くブラックコメデイ。見応えありました。


「レディエント・バーミン Radiant Vermin」
作: フィリップ・リドリー    翻訳: 小宮山智津子
演出: 白井晃
美術: 松井るみ 
出演: 高橋一生  吉高由里子  キムラ緑子

2016年8月3日(水) 6:30pm 兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール 1階F列下手



「Radiant Vermin」は「光るゴミ」とか「輝く害虫」といった意味だそうです。
赤ん坊を抱えたジル(吉高由里子)とその夫オリー(高橋一生)という若い夫婦が、自分たちの家の素晴らしさを自慢し、観客に向かって「この家をどうやって手に入れたか」を話し始めます。
「この家を手に入れるために自分たちがしたことが悪かったかどうか」を問いかけます。「あなたたちだってきっと同じことをしたと思う」と。

まだ子どもが生まれる前、2人のもとへミス・ディー(キムラ緑子)と名乗る不動産仲介者から「夢の家を差し上げます」という手紙の手紙が舞い込みます。
乗り気のジルに引っ張られる形で無償で手に入れたのは、浮浪者がうろつく荒れ地に立つリフォームが必要な一軒家でした。ある夜、家に浮浪者が入り込んできた事件から偶然に知った「夢の家」のマジックの虜になった2人は、不思議な“光”とともに家のリフォームを進めます。やがて、近所にも人が住み始め荒れた町も活気づき、2人が招き入れる浮浪者に注目が集まることとなります・・・。


白い壁で囲まれた無機質な空間。
その壁にプロジェクションマッピングなどの映像を使ってリフォームの様子を表現したり場面転換したり。
客席通路もふんだんに使って、オリーとジルが行き来します・・・というか、最初から2人は客席から登場して、観客のことを「お友だち」と呼び、2階席を見上げた一生くんオリーが遅れて来た人に「お友だち、構わず座ってくださいね」と言ったり。
そういえば舞台から客席へ降りる階段が舞台の壁に組み込まれたようなっていて、白井さんの細かいこだわりを見た思いでした。


ブラックな物語なのですが、どこかカラッと明るく軽く、笑いも散りばめられていて、ポップな舞台装置や映像と相まって、言葉から受けるイメージとは裏腹に陰湿とかグロといった印象は希薄でした。

でも内容はかなりコワイ。
いろいろあった末、最後にまた現れたミス・ディーに、「この家を売りなさい。次の家を差し上げるからまた一からリフォームして」と言われると嬉々としてそちらへと飛び出していくオリーとジルをの屈託のない笑顔を見ていると背筋が寒くなる思いでした。

そこに至るまでには良心の呵責も葛藤もあったはずなのに、欲望の前にはそんなことすべて吹っ飛んでしまう・・・。
どちらかといえばオリーをたきつける側のジルが唯一逡巡を見せるのは、オリーが連れて来た浮浪者のケイと触れ合った時。
彼女の境遇に心を寄せ、オリーに「待って」と言うジル。
観劇後、白井さんのインタビューを読んだところ、「ミス・ディーがケイとして現れる」と台本に明記されているのだとか。
つまり人は加害者にも被害者にもなり得るということを意図しているのでしょうか。

ご近所の住民を集めた終盤のパーティシーンが一つの見せ場になっていて、高橋一生くんと吉高由里子さんが大人も子どもも、すべてのキャラクターを目まぐるしく演じ分けます。
最初はほぉ!と思っておもしろく見ていたものの、見慣れてくるとパターン化されているのが見て取れて、ちょっとした演劇のレッスンみたいにも感じました。

このパーティの最中にオリーが、家中の壁が血だらけに見えて混乱して倒れてしまうのですが、あれがもしかしたら、彼らが引き返せたかもしれない分岐点だったのでは、とも思いました。


オリーとジルを見ていると、人間の欲望というものがエンドレスであることを思い知らされます。
同時に、「幸福な生活を送りたい」という人間の夢は、多かれ少なかれ、そして意識的にせよ無自覚にせよ、他人の、それも自分より弱者の犠牲の上に成り立っていることを見せつけられているようでもありました。

そして、そんな庶民の欲望につけ入るような、国家なのか政府なのかの存在の不気味さ。
初対面のミス・ディがオリーとジルの生い立ちや家庭環境まですべて把握しているって、客観的に見るととても恐ろしいことのように感じました(ご本人たちは「家」の話に夢中であまり気づいていないようでしたが)。
個人情報保護法なんて言ってるけど、国家って結局全部知ってるんじゃない?と疑心暗鬼にもなってしまいそうです。


ミス・ディーとケイを鮮やかに演じ分けたキムラ緑子さん
真面目な顔の下に仄暗い炎がくすぶっているようなオリーの高橋一生くん
屈託ない笑顔のエゴイスト ジルの吉高由里子さん
・・・3人とも見事にハマっていました。

通路側席でしたので、オリーが真横に立ち止まったり(横顔ガン見したよね)、駆け抜けていくたびに風がふわりと頬をなでたり。

ジルには「ねぇ!」と同意を求められたりもしました。
吉高ちゃん、居眠りしている人を見つけて、「起きて~っ!」と言ったり、5列目位の人のオペラグラス取り上げて、最前列にまで持って行き、前の人に「返しといて」と渡したり、かなりフリーダムで度胸満点。
昨年観た「大逆走」が初舞台だったかと思いますが、格段にイキイキしていました。


IMG_4324.jpgラスト。
ミス・ディーが通路を通って行く時に笑顔を向けたら、「不動産贈与契約書」を手渡されました。
それも20枚くらいまとめて(笑)。
1枚だけ取ってちゃんとお隣りの方に回しましたよ。
契約日はちゃんと観劇日の日付になっていて、なかなか凝った契約書でした。



その時、あなただって同じことをしたはず!?・・・ のごくらく地獄度 (total 1615 vs 1619 )



posted by スキップ at 23:45| Comment(2) | TrackBack(0) | 演劇・ミュージカル | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは。チケット取りに力が入らず見逃してしまったのですが、ブログを読ませていただいて、やっぱり観たかったな~と(>_<")
どんな舞台だったか 観たような気にさせていただきありがとうございます♪
小さな劇場の濃密空間で演じられる舞台も魅力がありますよね。
再演してくれないかな~。
マーキュリーファーは観ていると目をつぶりたいような舞台で 再演あってほしいようななしでいてほしいような舞台だったことを思い出しました…f(^_^;
Posted by あいらぶけろちゃん at 2016年08月28日 13:22
♪あいらぶけろちゃんさま

こんにちは。お久しぶりですね。

まだまだ言葉足らずで伝えきれていないと思いますが
おもしろい舞台だったことを感じていただけたらうれしいです。

>小さな劇場の濃密空間で演じられる舞台も魅力がありますよね。
そうそう。
出演者が3人だけ、というのはそれだけで濃密になりますし
役者さんの力量も問われますが、今回はとても成功していました。

私は「マーキュリーファー」を観なかったことをとても後悔
していますので、ぜひ再演していただいて、たとえ目を
つぶりたくなってもがんばって(笑)観たいと思います。
Posted by スキップ at 2016年08月29日 00:19
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