2016年06月16日

奥深き魂の森 「コペンハーゲン」


copenhagen.jpg「コペンハーゲン」という地名で私が連想するものといえば、デンマークの首都、アンデルセンの人魚姫の像(「逆鱗」で松たか子ちゃん人魚が「アンデルセンに弄ばれて・・」と言っていたのを思い出す)、チボリ公園、ロイヤルコペンハーゲン・・・観光に結びつくものが多くて平和なイメージ。

この物語は、そんなコペンハーゲンで1941年の秋に起こった、世界の歴史を左右したかもしれない史実を題材にしたヒリヒリするような会話劇です。


シス・カンパニー公演 「コペンハーゲン」
作: マイケル・フレイン
翻訳: 小田島恒志
演出: 小川絵梨子
美術: 伊藤雅子   照明 : 原田保
出演: 段田安則  宮沢りえ  浅野和之

2016年6月11日(土) 6:30pm シアタートラム B列(1列目)センター
 


1941年秋
ナチス・ドイツ支配下のコペンハーゲン。
ドイツ人物理学者ハイゼンベルク(段田安則)は恩師であるユダヤ系デンマーク人のボーア(浅野和之)とその妻 マルグレーテ(宮沢りえ)のもとを訪れました。
2人はかつて信頼し合う師弟であり、量子力学を共に研究し確立した世界的物理学者でしたが、第二次世界大戦を境に2人の関係は難しい局面を迎えていました。

片やナチスの秘密計画に携わる研究者。
もう一方はナチスのユダヤ狩りに身の危険を感じながらもアメリカと通じている物理学者。

盗聴され、監視の目が光る中、ハイゼンベルクが危険を冒してまでかつての師に会いに行った真意は何か。


1998年にイギリスで初演され大ヒットを記録し、今も世界各地で上演されている作品だとか。
日本でも、2001年と2007年に鵜山仁さん演出で上演されているそうですが、どちらも観ておらず、今回初見でした。
マイケル・フレインといえばかつて「デモクラシー」という作品を観て爆睡した苦い記憶がある不肖スキップ。小さな劇場の最前列、しかも真ん中で、居眠りしちゃったらどうしようと少なからず不安を抱えていたのですが、杞憂でした。
大変聴き応えのある台詞劇。おもしろかったです。


劇中、何度も出てきた「ヒロシマ」
この言葉が象徴する「原爆」。

世界に先駆けてウランの核分裂を発見したのはドイツで、そのため第二次世界大戦中にナチスが原爆を開発するのではないかという恐怖がアメリカ、イギリスを中心とした連合国側にあって、それがアメリカの原爆開発に拍車をかけたということはこの私でも知っているくらい有名な史実です。
が、ナチス原爆開発の中心人物の一人がこのハイゼンベルクであったことは知りませんでした・・というか、ハイゼンベルクもボーアも今回初めて知った名前で、劇中に出てきた科学者で知っているのはアインシュタインくらいという、物理の分野には甚だ疎いワタクシですから、量子力学だとか不確定原理だとか言われてもさっぱりわかりません。でも、そんなこと知らなくても緊張感とおもしろさは十分に伝わります(・・知っていたら一層楽しめるのかもしれませんが)。
この戯曲の真髄は難解な物理学を理解することではなく、国家や世界が岐路に立った時、人は何ができて、どう行動すべきか(どう行動したか)、といった人間の魂の根幹の部分を見せることにあるのだと思います。

物語は、3人はすでに亡くなっていて、死者の立場で1941年のあの秋の1日の記憶を蘇らせ、封印された真実を検証する形で展開します。
彼らにとっては未来であり、私たち観客にとっては現在。
あの秋の日のわずか4年後の原爆投下や、その後の核戦争の脅威、原発事故などを経験してきた私たちには、その成り行きに心を砕きながら引き込まれていくことになるのです。
個人的にも、もし2001年に観ていたとしたら、今観るのとは受け止め方が違っていたのではないかと思います。

一つの検証に疑問が浮かぶたびに、「原稿をタイプし直すように」、ハイゼンベルクが落ち葉を踏みしめてボーアの家にやって来た最初のところからやり直す3人。
その作業はまるで、3人の心の奥底にある、深い魂の森に足を踏み入れて行くよう。

なぜあの日、彼はボーアに会いに来たのか。

連合国(アメリカ)の原爆開発の動向を探るため?
ドイツ(ナチス)の原爆製造状況を知らせるため?
ナチス側の原爆開発を故意に遅らせるため?
ボーアをナチス側に引き入れるため?
それとも、マルグレーテが言ったように、自分の今の状況を自慢するため?

ハイゼンベルクが原爆をつくらなかったのは、
つくるつもりがなかったから?
つくることができなかったから?

・・・正直なところ、私にはどれが正解かわかりませんでした。

それでも、科学者としての自負とライバル心、それぞれに祖国を愛する気持ち、そして科学的探究心と倫理観の間で葛藤し、対立し、また理解しあいもする2人を見聞きするのはとても知的好奇心を刺激されました。
また、歴史上「謎の1日」とされていて答えの出ようはずがない検証を、視点を変えて繰り返し観客の前に突きつけるという作業は演劇にしかできないことで、それこそ演劇をつくる側にとっても観る立場の私たちにとっても醍醐味の一つだとも思うのです。

難解な物理学専門用語が山盛りでしかも膨大な量の台詞の数々。
段田さん、浅野さん、りえちゃんもさすがに大変そうで、この3人があんなに何度も台詞を噛むのを観たのは初めてです。
浅野さんに至っては明らかに台詞言い間違えたよね?と思われるところも1ヵ所。
にもかかわらず、終始緊張感を保ってクオリテイの高い芝居を見せてくれたのはこの名優たちならでは。

どことなく不気味さを漂わせながらも科学へのひたむきさを感じる段田さんのハイゼンベルク。
包容力の中に科学者の先達としての自負を見せてくれた浅野さんのボーア。
そんな2人の間に時には熱く、時には醒めた目で割って入るりえちゃんのマルグレーテ。
3人のアンサンブルもよくて、なんて贅沢なキャストなんでしょ。

りえちゃんマルグレーテの凛とした立ち姿、煙草を吸ったりワイングラスを傾けたりという所作がとても美しくカッコよかったのも印象的でした。



できれば戯曲を読んでもう一度観てみたい のごくらく度 (total 1578 vs 1583 )  


posted by スキップ at 23:06| Comment(0) | TrackBack(1) | 演劇・ミュージカル | 更新情報をチェックする
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