2016年06月10日

ここは私の家よ 「8月の家族たち」


august.jpg2007年に初演され、ピュリッツァー賞戯曲部門賞とトニー賞演劇作品を受賞したトレイシー・レッツの戯曲。
2013年にはメリル・ストリープ主演で映画化もされた、三姉妹と母親の確執を描いたドラマです。
「三姉妹モノに目がない」というケラさん。
そういえば、ケラさん演出の「わが闇」も「祈りと怪物」も、そしてもちろん「三人姉妹」も、三姉妹の物語でした。


シアターコクーン・オンレパートリー+キューブ 2016
「8月の家族たち」 August:Osage County
作: トレイシー・レッツ 
翻訳: 目黒条
上演台本・演出: ケラリーノ・サンドロヴィッチ
美術: 松井るみ    照明: 関口裕二 
出演: 麻実れい  秋山菜津子  常盤貴子  音月桂  橋本さとし  犬山イヌコ  
羽鳥名美子  中村靖日  藤田秀世  小野花梨  村井國夫  木場勝己  生瀬勝久

2016年6月5日(日) 1:00pm 森ノ宮ピロティホール H列下手



オクラホマ州で暮らすウエストン一家。
アルコールに溺れる詩人の父・ベバリー(村井國夫)の失踪をきっかけに、実家に戻ってくる3人の娘たち。
夫ビル(生瀬勝久)と反抗期の娘を連れた長女バーバラ(秋山菜津子)、地元に暮らす45歳独身の次女アイビー(常盤貴子)、そして自由奔放な三女カレン(音月桂)は婚約者のスティーブ(橋本さとし)を伴って。
さらに、母の妹である叔母マティ・フェイ一家(犬山イヌコ・木場勝巳・中村靖日)も加わります。
迎えた母バイオレット(麻実れい)はショックとガン治療に伴う薬物の過剰摂取で半ば錯乱状態。全員が揃ったディナーの席で、家族1人ひとりが抱えた心の闇が見え隠れし始め・・・。


まるで舞台の上に2階建てのログハウスを1軒そのまま建てたようなセット。
家具やベバリーの書斎に溢れる本まで緻密につくり込まれています。

その一軒家で展開する物語は、薬物・アルコール依存、ドラッグ、不倫、家庭崩壊・・・現代アメリカ社会の見本市を観ているよう。
何年ぶりかで再会したのに、時を経ずして崩壊していく家族たち。
母と娘たちの軋轢を軸にして、次々と露呈していく家族の問題の容赦なさには救われない気持ちにもなります。
「家族」はコミュニティとして一番小さな単位ですが、人間社会の縮図だな、と改めて。


2幕の葬儀後の家族全員揃ったディナーの場面が圧巻でした。
テーブルがゆっくりとゆっくりと回転しながら下手にあったダイニングルームごと舞台中央に動きます。
家族全体が一つの空間のようでもあり、方向が変わることによって一人ひとりの表情が見られるようにもなっていて。
その中でこれでもか、というくらい繰り広げられる言葉の応酬と感情のぶつかり合い。
あんな演出、どうやって思いつくのでしょう。すごいな、ケラさん。

個人的に一番打ちのめされる思いがしたのは、アイビーのエピソードです。
母と対峙するしっかり者の姉と奔放で調子のよい妹の間に挟まれて、アイビーはおとなしく物静かで、ひとり地元に残ったこともあって、家に縛りつけられ母にもつくしている印象。
そんな彼女が初めて恋をして、「ここを出て行く。後悔なんてしない。家族なんて、遺伝子の配列が少し似ているだけの他人」とキッパリ言い放って愛する人と生きる道を選んだのに、まるで「親の因果が子に報い」的な残酷な事実がどれだけ彼女を絶望させたかと思うと。
居間でテレビを見るリトル・チャーリーに「一緒に見ていい?」と言って並んで座る2人がとても温かかったのでなおさら。

そしてもう一つ強く印象に残ったのが、バイオレットとバーバラのバトルの凄まじさ。
麻実れいさんと秋山菜津子さん、本気なんじゃない?と思うシーンもしばしば。
バーバラはある意味、姉妹の中で一番バイオレットに似ていて、他人だったらここまで相手に辛辣にならないでしょうに、血の繋がりがそれを加速させて正面衝突する感じがとてもよく出ていました。

「ここは私の家よ!」と叫ぶバイオレットに掴みかかって、
「今は私がこの家を仕切っているのよ」と敢然と言い放つバーバラ。

麻実れいさんバイオレットの、正気と狂気の間で暴発的になるかと思えば、一転して冷静すぎるほど冷静な面を表したり、孤独を畏れおののく姿を見せたり、その変幻自在ぶりと存在感は圧倒的でした。
子ども時代のトラウマがその性質に深刻な影を落としていて、夫ベバリーの失踪を知り、まず銀行の貸金庫に行ってからベバリーがいる(はずの)モーテルに電話をかけたと告白する場面は、彼女がそれを後悔していないようにも感じられたこともあって、ちょっと震えました。

このモンスター・ママに果敢に挑んで一歩も引けを取らない秋山バーバラもさすがのひと言。
強い面ばかりでなく、夫のビルが去って行く時、「あなたを愛してるわ」と言って見せた泣き顔も魅力的。


女性の物語という印象が強い作品ですが、男優陣も皆とてもよかったです。
気が弱く優柔不断なようで思慮深い人間らしさを見せる生瀬勝久さんのビル、見るからに胡散臭いチャラ男の橋本さとしさんスティーブ、登場シーンは少ないけれど鮮烈な印象を残して、年とっててもアル中でも色っぽい(個人的好みです)村井國夫さんのベバリー。
そしてワタシ的白眉は木場勝己さんのチャーリー。
ディナーでのバイオレット vs バーバラのバトルに飄々と割って入ったかと思えば、息子のリトル・チャーリーを見守る温かさ。まるでアメリカの良心を代表しているかのよう。ラストで妻のマティ・フェイに言い放つ言葉一つひとつが胸に響きました。


ラスト。
バーバラとのバトルの時、「私はこの家で生きていくわ。誰がいなくなったとしても。私は強い。誰よりも強い」と自分を鼓舞するように言っていたバイオレットが、家族たちが皆去ってしまって一人残された家で、家政婦のジョナに泣きながらすがりつく様は見ているのが辛いくらいでした。



この日は大千秋楽でカーテンコールにはケラさんも登場。
麻実れいさん、秋山菜津子さんとハグされてました。
千秋楽の役者さんたちの達成感あふれる笑顔はいつ見てもこちらまでハッピーになります。
拍手は鳴り止まず、カテコはその後2回。オーラスに肩組んでホリゾントへと去っていく麻実さん、秋山さんの後ろ姿、超カッコよかったです。



笑顔のカーテンコールとは裏腹に誰も幸せになっていない結末は切ない の地獄度 (total 1575 vs 1581 )


posted by スキップ at 23:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 演劇・ミュージカル | 更新情報をチェックする
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