2016年05月30日

真っ白な壁が告げるもの ふたりものがたり「乳房」


nyubo.jpgりゅーとぴあ製作の新リーディングシリーズ。
2作はいずれも著名作家が紡いだ、至高の物語。

Ⅰ. 伊集院静「乳房」 ~天上の花となった君へ~
Ⅱ. 沢木耕太郎「檀」 ~もう一度、妻になれたら~

「ふたりものがたり」は「ふたり(two actors)」の「ものがたり(reading act)」だとか。
どちらもとても楽しみですが、まずはこちらを拝見。
「乳房」は、伊集院静さんが亡き妻・夏目雅子さんとの出会いと別れを描いた30ページの短篇が原作です。
張り切ってチケット取ったら、目の前数10センチのところに2人がいるという席で、何だか照れる(^^ゞ

りゅーとぴあ発・新リーディングシリーズ ふたりものがたり
「乳房」 ~天上の花となった君へ~
原作: 伊集院静
企画・台本・演出: 合津直枝
出演: 内野聖陽  波瑠

2016年5月19日(木) 7:00pm 近鉄アート館 A1列センター



開演前には「ミスター・サマータイム」や「夢一夜」、「魅せられて」など昭和の歌謡曲が流れます。劇中で使われた「時間よ止まれ」「唇よ熱く君を語れ」を含めて、化粧品のCM曲が多かったのは、「クッキーフェイス」で華々しくデビューした夏目雅子さんをリスペクトしてのことでしょうか。

上手に机と椅子、下手にはオットマンソファが置かれたシンプルなセット。
役者さんは手にスクリプトを持っていますが、動きもあって、リーディングというより2人芝居のよう・・・
ですが、芝居より観客の想像力に委ねられる「余白」が多いという印象です。


机の前にひとり座った高山(内野聖陽)。
「妻を死なせてしまったのは、自分のせいかもしれない」という自責の念から逃れられず、酒に溺れ自暴自棄の暮らしを送っています。
「あれからどれくらい時が経ったのだろう」と日常感覚までも壊れてしまったような高山の独白は、聞いているこちらまで苦しくなります。

「7年よ」
「ターさん」

そこへ降ってくる明るく澄み切った声。
その声とともに現れた里子(波瑠)とともに、一気に2人の出会いへと時空を越え、愛と別れまでが丁寧に描かれていきます。

原作は未読ですが、将来を嘱望された女優だった夏目雅子さんが急性骨髄性白血病で亡くなったことはよく覚えていて、伊集院静さんとのいきさつもぼんやりとは知っていました。
結末がわかっているこの切ない物語に、それでもとても引き込まれました。


内野さん演じる高山は、いかにも業界人といった雰囲気の、仕事もデキる自信家。
結婚しているけど「一度会った女はみんな好きになる」と言われている、女には不自由しないジゴロタイプの大人の男。

その高山にひと目で恋をしてしまう里子は、ひまわりのように明るく屈託がなく、ストレートにその気持をぶつけていきます。
年若いそんな里子の求愛に戸惑い、少しずつ気になる存在となり、やがて受け容れ、ともに生きる道を選ぶ高山。

まだ病気になる前、里子が前、後ろに高山と2人で重なるように床に座って月を見ながら語り合う場面。
2人がとても穏やかで幸せそうで、この後にやってくる過酷な運命が切な過ぎて涙がブワッとあふれました。

病気が進行し、「ターさんのことを抱っこしてあげられないから」と「お酒飲んできて。遊びに行ってきて」と病室から送り出す里子。
言われた通りに酒を飲み、遊んで深夜過ぎ に帰ってきた高山を寝ないで待っていた里子。
どんな思いであの時間を一人病室で過ごし、どれほどの覚悟で高山の手を自分の乳房に誘ったかと思うと・・・。

最初と最後、高山はどちらも1人ですが、2人の物語を経た後、その魂は救われたように思えました。
7ヵ月間の入院中、病室に飾っていたひまわりの絵をはずした跡の真っ白な壁は、里子が、高山の苦しみや心の闇や罪を全部持って、空へと還って行ったことを示していたのではないでしょうか。


内野聖陽さんは、芝居の上手さや口跡の明瞭さはもちろん、どこかだめんず(笑)で危険な臭いがするところも、本当にこの役にぴったり。もちろん色っぽいし。
遊びはもちろん、仕事のために家庭など顧みないタイプの男が、里子の病を知って、仕事も全部辞めて看病する姿。
そんな現実に苦しみ、時には逃避し、やがて喪失感に苛まれる高山。
声で、表情で、その心情の変化が痛いくらいに伝わってきました。

内野さんが芝居巧者であることはわかっていましたが、波瑠さんもすばらしかったです。
あの透明感。
全然タイプ違うと思っていたのに本当に夏目雅子さんが重なって見えました。
最初の「ターさん」という声だけで、この人が高山にとってどれだけ天使でかけがえのない存在だったかを計り知ることができます。

劇中劇で「鬼龍院花子の生涯」のあの有名な台詞
「わては高知 九反田の侠客、鬼龍院政五郎の、鬼政の娘じゃき・・・なめたら、なめたらいかんぜよっ!」
を言うシーンがありましたが、あれはいらなかったんじゃないかな。
波瑠さんはもちろん迫力たっぷりにその台詞を放ってくれましたが、お芝居の流れの中で聞くのとは全く別物ですし、何と言ってもあの台詞は夏目雅子さんのものだと思いますから。


ラストカーテンコールはオールスタンディングになって2人とも嬉しそうに客席見回していらっしゃいました。
それにつけても、あんなに悲愴感たっぷりに演じてみせた後、カテコでは机上に残ったスクリプトを茶目っ気たっぷりにガシッとつかんで爽やかな笑顔で手を振る内野さんの振り幅の広さよ。


この日の近鉄アート館の開演前諸注意(ちょっと頼りなげなお兄さん):
・落し物のプラダのお財布を受付でお預かりしていますので、落とされた方は安心して心置きなくお芝居をお楽しみください。
・大変静かな舞台ですので、携帯電話はマナーモードではなく電源からお切りください。長い間電源なんて切ったことなくて切り方を忘れたという方はスタッフがお手伝いに参りますのでお知らせください。
・途中で飴を食べようと思っている方もいらっしゃると思いますが、袋を開ける時のカシャカシャ音は意外に響きます。今のうちに口の中に入れておくか袋から出して手に持っておいて下さい。


・・・お兄さん Good Job! のごくらく度 (total 1571 vs 1577 )




posted by スキップ at 23:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 演劇・ミュージカル | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
東京で前から2列目で観た内野ファンでございます(笑)
前作がほぼ全裸だったので、徳川家康仕様のお身体が素敵~と思いながら。
役柄の幅がすごすぎます!

そしてリアルタイムで夏目雅子さんを見ていた世代なので、波瑠ちゃんが重なってしまって…

伊集院さんに俄然興味がわきました。
どんなに素敵な人なんだろう~。
Posted by めめねず at 2016年06月01日 19:14
♪めめねずさま

前作の全裸もなかなか捨て難かったですが(笑)、
この「乳房」本当によかったですね。
それほど多くないですが、これまで観た内野さんの作品は
みんな好きなので、もしかしたら私も内野ファンなの?
と自分でも思い始めています^^;
神君家康公ももちろん大好き♪

波瑠ちゃんもとてもよかったですね。
私も夏目雅子さんには少しばかり思い入れもあって、
また映画観たいなぁと思いました。
Posted by スキップ at 2016年06月02日 00:09
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