
趣きの異なった演目が並んで、歌舞伎の懐の深さを感じます。
歌舞伎座 四月大歌舞伎 夜の部
2016年4月10日(日) 4:45pm 歌舞伎座
1階1列センター
一、彦山権現誓助剱 杉坂墓所/毛谷村
出演: 片岡仁左衛門 片岡孝太郎 坂東彌十郎
中村歌六 中村東蔵 ほか
百姓ながらも剣術の名人の六助が、杉坂墓所で母の墓参りをしていると、通りかかった浪人微塵弾正から、母への孝行のため仕官したいので御前試合で勝ちを譲ってくれと頼まれ、その心に打たれてわざと負けてやります。
やがて現れたお幸、お園母娘から、微塵弾正こそ六助の剣術の師 吉岡一味斎の仇とわかり・・・。
2011年3月 松竹座で仁左衛門さん主演で発端から大詰まで通し上演された演目。
とてもおもしろくて、予定外にリピートして観た記憶があります。
その時の感想はこちら。
仁左衛門さんはあの時、六助初役でしたが、歌舞伎座で演じられるのは今回が初めてなのだとか。
通常は「毛谷村」のみ見取り上演されることが多いですが、今回は前に「杉坂墓所」がついて、六助が微塵弾正の計略に引っかかってしまう経緯や、六助が弥三松(実はお園の妹の子ども)を引き取るいきさつがよくわかるようになっています。
仁左衛門さんの六助は相変わらずステキ。
杉坂墓所では母思いでやさしく人のよい素朴な村人。
剣の達人であることが知れ渡っていても自分などまだまだ修行の身という謙虚な人物。
弥三松を見守るやさしい顔、お幸、お園が次々と家に現れて、「母にしてくれ」「許婚じゃわい」と言われてあっけにとられる顔、微塵弾正こと京極内匠の悪事が露見した時の「卑怯未練の微塵弾正!」と怒りでキリリと締まった顔・・・とても表情豊か。
そしてどんな顔をしてもやっぱりオトコマエです。
臼を持ち上げるほどの力持ちの女武道でありながら、六助が許嫁とわかるや急に恥じらいを見せて可愛らしくなる孝太郎さんのお園、矍鑠として気丈、いかにも武家の奥方といった趣きの東蔵さんのお幸、何とも憎々しい歌六さんの微塵弾正、役者が揃って見応えのある一幕でした。
いや~、それにしても、いざこれから仇討ち、というところで終わるのはいかにも歌舞伎らしいけれど、通し狂言の記憶があるので、「ここからがいいトコなのに~」という思いが若干残りますな。
ニ、高野山開創一二〇〇年記念
新作歌舞伎 「幻想神空海」
沙門空海唐の国にて鬼と宴す
原作: 夢枕獏
脚本: 戸部和久
演出: 齋藤雅文
出演: 空海: 市川染五郎/橘逸勢: 尾上松也/白龍: 中村又五郎/黄鶴: 坂東彌十郎/
白楽天: 中村歌昇/牡丹: 中村種之助/玉蓮: 中村米吉/春琴: 中村児太郎/
楊貴妃: 中村雀右衛門/丹翁: 中村歌六/憲宗皇帝: 松本幸四郎 ほか
舞台は中国・唐の時代。
日本から唐の都 長安にへ密教を学ぶために留学した空海(染五郎)と儒学生の橘逸勢(松也)は、ある日訪れた妓楼で妖物に憑りつかれた男と鉢合わせし、空海は男から憑き物を取り除いてやります。人間の言葉を話す化け猫に憑りつかれ、妻は化け猫に寝取られてしまったという男の話を聞き、空海は化け猫のもとへと向かい、そこから、50年前の楊貴妃の最期に端を発する皇帝呪詛の謎へと巻き込まれていきます・・・。
夢枕獏さんの原作、齋藤雅文さんの演出、主演は市川染五郎さん、ということで、 よくも悪くも2013年の新作歌舞伎「陰陽師」と似た雰囲気。
現代(この時代の)に起こる怪奇現象が過去の怨念に端を発しているという構成しかり、
魑魅魍魎が蠢いたり、不思議なパワーが働いたり、空海は主役ながら狂言回し的な役どころという点も。
空海と逸勢の可愛らしいワチャワチャも、安倍晴明と源博雅のそれと重なります。
原作を読んでいませんので、どれくらい潤色してあるのかわからないのですが、小説そのまま順を追って舞台に乗せている印象。
話としてはおもしろいので、もう少し整理して緩急つけたらよりよい作品になるのではないかなと思います。
中ほどで50年前の因縁を劇中劇のような形で浄瑠璃で見せて聴かせる場面が歌舞伎らしくはありましたが、全体として歌舞伎テイストは薄め。
今後、再演を重ねてやがて古典となる作品になり得るかどうかはビミョーといったところでしょうか。
いかにも中国っぽい音楽や衣装は目に楽しいし、あの墓所の場面で怨霊たちが団体で出て来るところとか、鎧が崩れると中は空洞といった暗示的な演出など、個人的にはおもしろく拝見しました。
長恨歌を書いた白楽天(歌昇)が若い頃はあんなに詩作に苦しみ、李白の天分に嫉妬していたなんて、漢文の授業でしか知らなかった人物がイキイキと物語の中を生きているのも楽しかったです。
が、この物語を貫いているのは、何といっても歌六さん演じる丹翁の楊貴妃への想いです。
魂とともに封じ込められ、50年前と変わらぬ美貌の楊貴妃。
楊貴妃への想いを抱えながら50年の時を重ね、年老いた丹翁。
「1日たりとてあなたを忘れたことはない」
50年の時空を超えて、丹翁がやっと口にした言葉には万感の想いが籠って、聞いていて胸がいっぱいになりました。
ここから冒頭の場面に繋がって、最初に登場する美女が誰だったのか、とか、丹翁が空海に語る言葉の意味がこの時初めてわかる、という構成も好き。
丹翁の歌六さん、白龍の又五郎さんはさすがに上手くて物語を支えている感じ。
楊貴妃をはさんでこの二人が対峙する場面、見応えありました。
いつもよりちょっぴり大人っぽく色っぱい米吉くんの玉蓮
何とも可愛らしい種之助くんの牡丹(最初誰だかわからなかった!)
怪しい猫の化身で声の使い分けも見事な児太郎くんの春琴
若手の綺麗どころの活躍もうれしいところです。
空海が用心棒に雇うタイコウも印象に残ったのですが、松十郎さんかな?
ラストにバァーンと出てくる憲宗皇帝・幸四郎さんの存在感もさすがでした。
天才の考えることは凡人にはわからないを地で行くような空海を颯爽と演じた染五郎さん
その空海に振り回されながらも温かく見守る松也さんの逸勢
ともに声もよく、見た目にも美しい並びでいいコンビでした。
宴で琵琶を奏でながら歌う場面があって、ミュージカルにも出演している松也くんはともかく、
染五郎さんが舞台で歌うなんて、とても貴重な機会ではないでしょうか(笑)。

染五郎さん空海と松也さん逸勢が何やら楽しげに話しながら目の前を行ったり来たりするのを「眼福だわ~」と思いながらヘラヘラ笑って眺めていたら、松也さん逸勢がいきなり、「大丈夫だっ。心配ないっ!」と言って私の隣の隣の人の肩を両手でガシッとしました。
それを少し後ろで眺めていた染五郎さん。次に同じく、「大丈夫だっ。心配ないっ!」と両手で肩をガシッと・・・私の隣の人の←横で目が凍りつくワタシ(笑)。
後で考えたら、あと一人だったのに惜しかったなぁ~とも思いましたが、その時は驚きすぎて何が何やら・・・。客席のそんな反応も楽しんでいるように、また舞台に戻っていく2人を間近で観られて本当に眼福でした。

歌舞伎座正面の歌舞伎絵。
新作歌舞伎なのでこれも初出ということですね。
後になっていろいろ確かめたいこともあり、できればもう1回観たかったな(再演ない前提





タイコウは松十郎丈です
よかった❤
どうもありがとうございます。
大猴の松十郎さん、ステキでしたね~。