
国立文楽劇場の四月公演は通し狂言「妹背山女庭訓」。
妹背山の通し上演は6年ぶりなのだとか。
そういえば、前回の通し上演(2010年)の時は、公演に先立って「文楽列車」」で勘十郎さんや和生さん、お三輪ちゃんや求馬さまと一緒に奈良に行って、猿沢池や采女神社などゆかりの血を巡ったなぁと懐かしく思い出しました。
四月文楽公演 通し狂言 妹背山婦女庭訓 第一部
初段 小松原の段/ 蝦夷子館の段
二段目 猿沢池の段
三段目 太宰館の段/妹山背山の段
太夫: 竹本三輪大夫 竹本小住大夫 豊竹松香大夫 豊竹靖大夫 竹本千歳大夫
竹本文字久大夫 豊竹呂勢大夫 豊竹咲甫大夫 ほか
三味線: 野澤喜一朗 鶴澤清友 野澤錦糸 鶴澤藤蔵 豊澤富助 鶴澤清介
鶴澤清治 鶴澤清公(琴も) ほか
人形: 桐竹勘十郎 吉田簑紫郎 吉田玉輝 豊松清十郎 吉田玉男
吉田和生 吉田簑助 ほか
2016年4月2日(土) 11:00am 国立文楽劇場 1列センター
中大兄皇子(天智天皇)と藤原鎌足が蘇我入鹿を討伐した「大化の改新」を題材に、親子、恋人などそこに巻き込まれる人々の悲劇を描く「妹背山女庭訓」。
通し狂言なので本当なら通しで観たいところですが、体力的にも精神的にもキツそうと思い、まずは第一部を拝見。
領地争いで対立している大判事清澄と太宰の後室定高。清澄の息子 久我之助と定高の娘 雛鳥が互いにそれと知らず恋に落ちる「小松原の段」
蘇我蝦夷の子 入鹿が蝦夷謀反の取り調べに来た大判事清澄と安倍中納言に連判状を渡し、父を追い詰め切腹させ、自分が帝位を握ろうとする野望を描く「蝦夷子館の段」
盲目となった天智天皇が猿沢池で、ここに身を投げた(と聞かされている)釆女(藤原鎌足の娘)を偲ぶ「猿沢池の段」
蘇我入鹿が大判事清澄と定高に2人がグルでない潔白の証に久我之助の出仕と雛鳥の入内を命じ、馬に乗って去っていくまでの「太宰館の段」
を経て、第一部のクライマックスは何と言っても「妹山背山の段」
冒頭の画像のように、舞台には、中央の吉野川をはさんで背山と妹山が配されています。
以前歌舞伎で観た時は両花道でしたが、文楽では両床。

この画像でわかるでしょうか。
いつもはない下手にも床ができています。
上手側 背山に暮らす久我之助と下手側 妹山の雛鳥は互いに思いを寄せ合っていますが、両家の対立で行き来が禁じられています。
川をはさんで対面した2人が、「顔と顔 見合わすばかり 遠間の心ばかりが いだきあひ・・」という恋心、切ない。
天皇への忠義のため息子の久我之助を切腹させる大判事。
入鹿への嫁入りを拒んで死ぬ覚悟の娘 雛鳥を自らの手にかける定高。
それぞれの親たちが若い恋人たちの死で両家の確執を解いていく様はまるで「ロミオとジュリエット」のようとよく言われますが、親たちにこの決断をさせたのはむしろ若者たち。若さゆえの暴走ではなくて、宿命的な恋を貫いて死を覚悟する意志が感じられます。
忠義のため、大義のために罪なき者が犠牲になる、しかも親がわが子を手にかける話がいささか苦手(文楽にも歌舞伎にもこの手の話が多い)なワタクシではありますが、親も子も、抗えない時代のうねりの中で勇気を持って己れの良心に従い、蘇我入鹿という権力に毅然と立ち向かう強さが印象的です。
この段だけで休憩なしのほぼ2時間。観る前は「長いなぁ」と思いましたが、物語にぐっと引き込まれて、全く長さを感じませんでした。
両床からデュアルで聴こえてくる大夫さんの声と三味線の響き。シビレます。
6年前に竹本住大夫さんとと竹本綱大夫(源大夫)さんがつとめた大判事と定高に、今回、竹本千歳大夫さんと豊竹呂勢大夫さんが抜擢されたのが話題になりましたが、大夫も三味線も人形も、今のオールスターキャストじゃないかしらと思うくらいリキ入っていました。
千歳大夫さん、呂勢大夫さんはもちろん、久我之助の文字久大夫さんも雛鳥の咲甫大夫さんもとてもよかったです。
そして、上手下手の床から競い合うような三味線。
藤蔵さんの三味線の力強い響き。
清治さんの滋味溢れる調べ。
そこに重なる清公さんの琴の音色。
大判事清澄の玉男さん、久我之助の勘十郎さん、定高の和生さんが並ぶ人形は、それだけでも超豪華で「どこ観ましょう」と目が忙しいくらいだったのに、そこに現れた雛鳥が簑助さんで、椅子から立ち上がりそうになったくらいオドロキ

小松原の段の雛鳥は別の人だったし・・・(ちゃんと事前に配役チェックしなさい、というね)。
ワタシは簑助さんが遣う女性の人形が大好き。
本当に動きが細やかでたおやかで、あの手、あの体の動きを観ているだけで、変わるはずのない人形の表情まで変化して見える気がします。
雛鳥も本当に健気で可愛くて、でも凛としていて素敵だったな。
桜花満開の吉野川。
緋毛氈も鮮やかな雛飾り。
幸せに満ちたパーツに彩られた中で引き起こされる悲劇。
雛道具をさながら嫁入り道具のように吉野川に流して、斬り落とした雛鳥の顔に死化粧を施し、その首を、まだ息があるうちにと切腹した久我之助のもとへ流す定高。
その首を受け取り、久我之助のそばに寄り添わせるようにしてわが息子を介錯する大判事清澄。
この2人の死をもって親たちの心は両家の和解へと動きますが、それこそが、犠牲となった若い恋人たちが心から願ったことだと思うと切なさも一層つのります。

初日でしたが完成度高し。さすがに観応え聴き応えありました のごくらく度


