2016年04月06日

声のチカラ  NODA・MAP 「逆鱗」


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あの海の底で
松たか子さん扮するNINGYOがしぼり出す
叫びとも慟哭とも聞こえる声

あの声をどう形容すればいいのか
うまい言葉がみつかりません。


NODA・MAP 第20回公演 「逆鱗」
作・演出: 野田秀樹 
美術: 堀尾幸男  照明: 服部基   衣裳: ひびのこづえ
出演: 松たか子  瑛太  井上真央  阿部サダヲ 
池田成志 満島真之介  銀粉蝶  野田秀樹 ほか

2016年3月19日(土) 1:00pm シアターBRAVA! 1階L列センター/
3月26日(土) 1:00pm 1階E列下手



その姿を 潜水艦の窓の外から私は見ていた
私はあなた方の体の咽頭と呼ぶ部分から喉頭と呼ぶ部分へと続く筋肉の
半ば手前で音を出したくなった
それがたぶん あなた方にとって「泣く」ということだ


まるで詩の朗読のようなNINGYOのモノローグで始まる物語。

鳥も虫も鳴くけれど、魚は泣けない、というNINGYO
なぜなら、泣くためには空気が必要だから、と。
海面に顔を出して初めて泣き声を出すことができる、と。


なんで私は歌っていたの?
なんで私は泣こうとしたの?


舞台はとある海中水族館。
鵜飼綱元(池田成志)が館長を務めるこの水族館では、目玉アトラクションとして巨大な水槽に人魚を放つ計画が進行中です。
警備員サキモリ・オモウ(阿部サダヲ)、彼にイワシを盗んでいると疑われる鰯ババア(銀粉蝶)などが行き来するこの水族館へ、自転車に乗った電報配達の青年モガリ・サマヨウ(瑛太)がやって来ます。
その電報を受け取る者はおらず、逆に館長の娘ザコ(井上真央)からある仕事を依頼されたモガリ・サマヨウ。彼はやがて現れたNINGYO(松たか子)に導かれ、海底へ。そこでは時空を超えた世界が広がり・・・。


東京公演の劇評や感想、つぶやきなどは極力スルーしていましたので、ほぼ白紙の状態で観ましたが、NINGYOが表すものが何かというのは結構早い段階で察しがつきました。
多分、最初にザコがモガリ・サマヨウを連れて入ったカプセルの中で「減圧室よ」とさらりと言った時に。

それはNODA・MAPの前作「エッグ」を観ていたせいかもしれないし
ずい分前「真夏のオリオン」という映画を観た時に興味を持って調べた「回天」の知識が多少なりとあったからかもしれません。

だから「エッグ」の時のように、ガチャガチャと人が出入りして笑いも散りばめられた前半を経て、ある時点で突然「そうだったのか!」と、それまで観ていた芝居の景色が一変して、愕然とする思いで物語の真実に気づく、ということはありませんでした。

が、それでも
その歴史の真実が目の前で展開されるあたりから涙が止まらなくなりました。


「後顧の憂いなきもの」たちが、一人、またひとりと出撃していくあの場面の怖ろしさ。
それを一人ひとり送り出すサキモリ・オモウの凄まじさ。

本当に目的物が見えるのか
本当に当たるのか
そもそも本当に人が乗る意味があるのか

思ったであろうことを胸に秘め、「人魚」に乗って出撃していく若者たち
彼らの思いを誰よりも感じ取り、本当は言うべきだったかもしれない言葉をひとりごち、
それを振り払うように一層声を張って若者たちを送り出すサキモリ・オモウ

切なさ、とか、悲壮感、などという言葉では薄っぺらいようにさえ感じてしまう厳しさ
「お願いだからもうやめて」と言いたかった。それができるなら。

この場面の阿部サダヲさんの演技、そして声は本当に凄まじかったです。


2007年に「ロープ」を観た時、「言葉のチカラ」とタイトルをつけて感想を書いたのですが、
それで言うなら「逆鱗」は「声のチカラ」

冒頭に書いたNINGYOの声
見えない沖の船に呼びかける「おーい おーい」というモガリ・サマヨウの声
人魚たちを送り出すサキモリ・オモウの声

あの声があらわすもの
あの声が私たちの魂に刻み込むもの
あの声の一つひとつが、耳から離れません。

野田さんの舞台は、観終わってから、つまりすべてがわかってからもう一度最初から観たいと思うことが多いのですが、東京公演しかないとなかなかそうもいかず、今回は幸いなことに大阪でも公演されたので最初から2回観ようと決めていました。
2回観ても変わらず魂を揺さぶられ、2度目だから気づくこともあり。

減圧室
人魚の設計図
親より先に死ぬことを潔しとする死生観
潜水鵜を束ねる綱につけられた天皇家の菊紋
チビとデブを乗せたインディアンの馬車
そして
NINGYO EAT A GEKIRINN のアナグラム

緻密に散りばめられた符号も、それまで何気なく聞いていた会話や言葉遊びですら
一つまたひとつとジグソーパズルのピースをはめ込むように意味を持ち、形を成していく先に現れるものは、

誰も止めることができなかった戦争の狂気
他人の動きに乗っかって一斉に同じ方向に動き出す残酷な大衆
本心から望んでいた訳では決してなかった、もの言わぬ(=言えぬ)者たちへの理不尽な仕打ち
その声をあぶくに包んで海の底に眠る名もなき者たちへの鎮魂
過去を決して封印してはならないという私たちへの戒め

「私の息子が誰だったか私が忘れてしまうことよりも、私の息子があなた達に忘れ去られること、それがかなしい」
という母(鰯ババア)の言葉が胸に染み入ります。


しなやかにして強靭、感性豊かな松たか子さん。
笑いからシリアスへの転換も見事な阿部サダヲさん。
おーいおーいという声の明るさが切ない瑛太さん。
硬質な表情と声が不穏な空気を醸し出す井上真央さん。
まっすぐでピュアな目が輝く満島真之介さん。
池田成志さん、銀粉蝶さん、野田秀樹さん。
役者さんは皆すばらしかったな。

透明の大きな板を何枚も並べてその向うでアンサンブルの人たちが泳ぐ鰯の水槽。
魚眼レンズのように大きく映ったり、鱗が照明に映えて虹色に光って本当に鰯の群れが泳いでいるよう。
上空からキラキラ煌めきながら大量に降ってくる鱗。
人魚の言葉も涙も包み込んでゆらりと海中に沈んでくるあぶく。
神秘的な海底。

装置も美術も照明も涙が出そうなくらい美しい舞台でした。
その美しさがこの物語が描く真実の厳しさを一層際立たせてもいて。


海の底 「人魚」に乗って横たわるモガリ・サマヨウのそばに立つNINGYO
あの声を発した後、「私はあなた方の体の咽頭と呼ぶ部分から喉頭と呼ぶ部分へと続く・・・」
と冒頭のモノローグにつながります。

その声が、言葉の一つひとつが心に突き刺さるラストシーン。


凄まじいです「逆鱗」。
野田秀樹さんと同じ時代に生きて、演劇好きとして野田さんの舞台を観続けることができる幸せを思わないではいられません。


ここ数年のNODA・MAPの中では一番好き のごくらく度 (total 1544 vs 1550 )


posted by スキップ at 23:54| Comment(2) | TrackBack(0) | 演劇・ミュージカル | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ああ、蘇ります! 「逆鱗」の記憶。
スキップ様は私なのか(失礼!)、っていうくらい、そうなのぉぉ、と全てに同意したい。
こんな風にうまく表現して下さってありがとう。言語化できない私なのよ。
同じく2回見て、いろいろ思って、そして野田さんをいま見られる幸せを実感したのでした。
Posted by きびだんご at 2016年04月09日 16:00
♪きびだんごさま

わぁ! きびだんごさまにそんなふうに同意していただくなんて
とてもうれしいです。こちらの方こそありがとうございます。

とても心に響いた作品で、思うところはいっぱいあるのですが
なかなかうまく言葉にできなくて、まとめるのにも時間がかかって
やたら長くもなってしまいました。

しばらく時間をおいてまた観たい作品です。
「エッグ」みたいに同じキャストで再演してくださらないかなぁ。
Posted by スキップ at 2016年04月10日 00:00
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