2016年03月11日

その川の名は蜆川 「ETERNAL CHIKAMATSU」

eternal.jpg近松門左衛門の「心中天網島」を題材にした物語。
江戸享保の時代に起きた心中事件の主人公・曽根崎新地の遊女 小春と現代に生きる売春婦 ハル。
時空を超えて2人が出会う場所は紅い欄干の橋が架かる川。
その川の名は蜆川。
かつて遊女の涙で溢れたという謂れの川。


「ETERNAL CHIKAMATSU」
-近松門左衛門 「心中天網島」より-
作: 谷賢一
演出: デヴィッド・ルヴォー
出演: 深津絵里  中村七之助  伊藤歩  中島歩  
入野自由  矢崎広  澤村國久  中嶋しゅう  音尾琢真 ほか

2016年3月5日(土) 1:30pm シアター・ドラマシティ 1列センター



黒・白・柿色という平成中村座と同じ配色の定式幕が映し出されたスクリーン。
その幕が開くとNYのビル郡。そして浮かび上がる「リーマン・ショック」の文字。

舞台は現代の大阪。
事業に失敗して自殺した夫の遺した借金のため、売春婦として働くハル(深津絵里)には、毎週火曜日に通ってくるジロウ(中島歩)という恋人がいましたが、彼には家庭がありました。
ある日、ジロウの兄と名乗る男(音尾琢真)が現れ、手切れ金を渡されます。心ならずも愛想づかしの言葉を録音され、自暴自棄となって街をさまようハルは、かつてそこにあった蜆川に架かる橋の上で、ハルと同じように妻も子もある紙屋治兵衛と命がけの恋をしている遊女小春(中村七之助)と出会います・・・。


物語はまず現代のハルから始まります。
飛田新地を思わせる風俗店。

ここで展開されるハルとジロウの兄とのやり取りが、「心中天網島」を現代に置き換えたらまさしくこうなる、という感じで「ほぉ~」と感心していたら、手切れ金と交換に自ら口にした愛想づかしに自分で傷ついて街を彷徨うハルが小春と出会うところから、一気にリアル「心中天網島」の世界へ。

夜の闇に浮かび上がる紅い傘。
左手で傘をさしてゆっくりとハルの方へ歩いてくる小春。

時空を超えてニ人が出会い、二つの世界が交錯するこの場面が幻想的でとても美しい。
その世界では小春は十万幾夜、ずっと治兵衛を想い続け、嘘の愛想づかしをし、いくつも橋を渡って道行へと駆り立てられていきます。

それを見つめるハル。「河庄」を私は「奥さんが手紙書く話」と心の中で呼んでいます。
(ちなみに「曽根崎心中」は「縁の下で足をさわる話」わーい(嬉しい顔)

その河庄での愛想づかし。
何度も観たことある場面なのに歌舞伎でも文楽でもこんなに泣いたことないワ、というくらい涙ボロボロ。
七之助さんの小春が美しくて儚くて愛おしくて。

そして、道行名残の橋づくしのとおり橋を辿った末の凄絶で静謐なまでのあの死に様。

その成り行きをハルがずっと観ていることで、それがまるで自分の視線のようにも思え、その交錯した感覚が歌舞伎などの古典を観る時とは違った距離感でこの物語を感じ取ることができたからかもしれません。

そういう意味で、二幕の「時雨の炬燵」もとてもよかったです。
治兵衛が去った後、ひとり残ったおさんにハルが話しかけることで、おさんの心情もより浮き彫りに・・・。
「もしかしたらあの人は・・」と治兵衛がもう戻らないことを予感しつつ「そんなことない。きっと帰ってくる」と自分に言い聞かせるように笑顔で言うおさんが切ない。
おさんにこれほど心寄せることができたのも初めてでした。


ハルは小春と全くイコールではなくて、愛する夫が自分には何も言わず自ら命を絶ってしまったというトラウマを抱えています。
小春の愛を知りおさんの心情を理解することで、そんなハルの心もまた解放された・・・というのがあのラストに驚きながらも私が至った解釈です。
しっかし、橋の上で涙こぼすハルにあのデコチューは・・(以下自粛)。

この橋のセットもよかったな(美術:伊藤雅子)。
時に縦に、横に、ナナメに舞台に架かる紅い欄干だけで表された橋。
向きが違うだけで全く違う表情を見せるのね。


中村七之助さんの小春。
いつもの歌舞伎メイクとは違って、血の涙を流しているようにも見えます。
メイクのUDAさんがInstagramに画像をアップしてくださっています。
優美でたおやかで色っぽくて、儚げで哀しくて切ない近松作品の女性を体現。

舞台に登場するだけで圧倒的なオーラを放つ七之助さんですが、それに凛と対峙して一歩もひけを取らない深津絵里さんもすばらしい。
まるで鋭利な刃物のよう。
あの風俗店の個室でのジロウの兄とのやり取りは、声の表情といい体全体から立ちのぼる絶望感といい、深津さんの独壇場です。

くえないババアと近松らしきジジイの二役演じた中嶋しゅうさん。
どちらもよかったな。
近松門左衛門が「曽根崎心中」が当たって心中ブームとなって「虚がたくさんの死体を産みだしている」ことに反発して「心中天網島」を書いて、小春の死際を美しいものにしなかった・・・というくだりは、先日NHKでオンエアされた「ちかえもん」でも語られた作家の業というのと重なって感じ入りました。

作家といえば、この感想を書くためにパンフレット見直していて、
「通訳 小川絵梨子」にオドロキ。何て豪華な通訳なんだ。



カーテンコール最後。 上手にはけようとして前を行く音尾さんが客席に手を振るのを見て、客席の方を振り返って控えめな笑顔見せて手を振る七之助さんが何気にツボでした のごくらく度 わーい(嬉しい顔) (total 1530 わーい(嬉しい顔) vs 1539 ふらふら)
posted by スキップ at 23:22| Comment(2) | TrackBack(0) | 演劇・ミュージカル | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
スキップさ、こんばんは。
ブログお引越し、お疲れ様でした。
以前のブログをずーっと楽しく読ませていただいていたのでなんだか寂しいです…
でも、こちらのブログも素敵な雰囲気ですね。
こちらでもどうぞよろしくお願いいたします。

「ETERNAL CHIKAMATSU」、私も東京公演を見てきました。
七之助さんの小春の、儚い美しさの中の強さと、
深津さんのハルの、強さの中にある儚さの対比が素敵でしたね。
どちらも目の離せない存在でした。
橋の上で初めて二人が出会うシーンは、本当に美しい空間だったと思います。
元の物語を歌舞伎でも文楽でも見たことがないのですが、この舞台を見て、いつか元の物語も見てみたいなあ、と思いました。
その時はぜひスキップさんにチェックポイントをいろいろ教えていただきたいですv

Posted by 恭穂 at 2016年03月23日 22:11
♪恭穂さま

新しいブログになって初めてのコメント、ありがとうございます。
いろいろと勝手が違って、何かと試行錯誤していますが、
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

「ETERNAL CHIKAMATSU」 ステキな舞台でしたね。
七之助さんの小春も深津絵里さんのハルも、それぞれに
切なくて強くて美しくて。

「河庄」も「心中天網島」も歌舞伎や文楽でしか観たことが
ありませんでしたので、脚色は別にしても、外国の方が
演出されるとこうなるんだと新鮮だったりハッとしたり。
ぜひまた恭穂さんとあれこれ語り合いたいです。
Posted by スキップ at 2016年03月23日 23:52
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