
それはまるで
愛する男を、引き裂かれたわが子を 求めながら
地を這うように生きている女たちの
血の涙のようにも見え
情念の炎のようにも思えて。
シアターコクーン・オンレパートリー2016
「元禄港歌 ―千年の恋の森―」
作: 秋元松代
演出: 蜷川幸雄
音楽: 猪俣公章 劇中歌:美空ひばり
衣裳: 辻村寿三郎
美術: 朝倉摂
出演: 市川猿之助 宮沢りえ 高橋一生 鈴木杏 市川猿弥 新橋耐子 大石継太 段田安則 ほか
人形遣い: 川崎員奥
2016年2月13日(土) 1:00pm シアターBRAVA! 1階F列(4列目)センター
物語: 舞台は元禄時代の播州の港町。
地元一番の大店である廻船問屋・筑前屋の長男 信助(段田安則)が江戸の出店から戻って来た日、この地を毎年旅巡業している瞽女 糸栄(市川猿之助)の一座もまた1年ぶりに町にやって来ます。
これを発端に、信助と糸栄、信助と瞽女 初音(宮沢りえ)、筑前屋の次男 万次郎(高橋一生)と瞽女歌春(鈴木杏)、筑前屋平兵衛(市川猿弥)と女房お浜(新橋耐子)・・・男と女の様々な愛と憎しみ、そして宿命が描き出されていきます。
秋元松代さん作・蜷川幸雄さん演出で「近松心中物語」に続く第2弾として1980年に初演された作品。「近松・・」の方は何度か観たことがありますが、この作品は初見でした。
美空ひばりさんの挿入歌に代表されるとおり、いかにも昭和な王道メロドラマといった趣きで、最初から悲劇的な結末へ向かっているような匂いプンプンの情緒的な物語。
それでも、この作品にはとても引き込まれました。とりわけ次の二つの視点で。一つは「子別れ」。
糸栄の一座が筑前屋で三味線で弾き語る曲が「葛の葉子別れ」だと気づいた時から、糸栄と信助をめぐる宿命にも思い至ります。
一幕終わりの唐崎阿弥陀堂。
糸栄が「葛の葉」の話をして涙を流すのを見た信助。
互いに母と子と心で感じながら、決してそのことは口に出さず互いを思いやる2人が切なくて哀しくてナミダ

このシーンがとてもよかったので、二幕の糸栄が本当に自分が母だと名乗る場面は少し蛇足のようにも感じたり。
・・でもまんまと泣かされたのは、目の光を失った信助が母を呼んだ時、まだその思いに応えきれないでいる糸栄と、その手を取って信助の方へ導いてやったお浜に。
夫の不義の子として信助を憎んですらいたお浜が見せた母としての愛。
決して母と名乗ることはできないでいた糸栄の断ち切ることのできない母の情。
2人の母に姿にただただ涙。
もう一つは「こぼれ落ちる」。
裕福な家で何不自由ない暮らしをする筑前屋の人々。
そこに出入りする卑屈なほど低姿勢の職人たち。
流浪の旅を続けながら日銭を稼ぐ瞽女一座。
悲田院法師(青山達三)率いる差別されて生きる念仏信徒一行。
ひと握りの人々を除いて、社会から「こぼれ落ちた人」という目線を感じます。
そのこぼれ落ちた人々の悲しみ、絶望、そして怒りが全編を貫いているようにも。
毒薬で目をつぶされ、包帯で覆った両の目から血を流して現れる信助はオイディプス王を思わせてまるでギリシャ悲劇のよう。
それも万次郎と間違われて、ということなので何ともやりきれない気持ちにもなります。
だけど、信助は初音の手をとって、
「わしらのようなこぼれ落ちた人間にも 乗るほどの小舟はあるやろ」と言います。
「もうひとり、この小舟に乗ってくれはるお人がいてはる」
「わしは両の眼を失うて、母と女房をもろうたのや。仕合せに出会うたのや」
という信助の言葉に救われた思い。
信助は自分のいた世界から「こぼれ落ちた」人間であり、3人の行く道には数多の困難が待ち受けているでしょうが、希望も感じさせてくれます。
一方、「こぼれ落ちた」側から這い上がろうとして悲劇的な結末を迎える歌春。
自分の思いにきちんと決着をつけて、平凡で地道な幸せをつかんだはずだったのに。
「お母はんとお姉さんとすっと一緒にいればよかった」という最期の言葉が切ない。
役者さんは皆すばらしい。
糸栄としてずっとこらえて終始抑え目の演技の市川猿之助さん。
女方としてではなく、女優として舞台に存在する凄味。
三味線を構えて座る姿の凛とした佇まい。立ちのぼる情念。
その静かな気迫に圧倒される思いでした。
舞台上にいるどんな時も、本当に目が見えない人のようだったな。
客席通路登場してから舞台上、最初の出番の引っ込みまで、一度もまばたきされなかったと思います。
カーテンコールの最後まで、見事なまでに女優でした。
宮沢りえさんの初音は6歳で視力を失い親に捨てられた瞽女。
まずその美しさに目を奪われました。
舞台の上でもそこだけスポットライトが当たっているよう。
透明感があって儚げなのに凛として、気丈だけど脆くて、激しさの中にたおやかさがあり。
この2人を向こうにまわして一歩も引けをとらない段田安則さん信助の上手さにも唸る思い。
そして、不出来な(笑)弟 万次郎の高橋一生さんがまたとてもよかったです。
母親に溺愛されて育ったあかんたれのぼんなのですが、育ちの良さが感じられて、頭も悪くなく、心根はやさしいということがわかります。
歌春のことも身分違いで結婚はできないと自覚しているけれども、愛する気持ちは本当のよう。
歌春が亡くなった後、「女というもんは可哀そうやということですねん。女という中にはおふくろ様かて入ってるのでっせ」と母に告げる言葉に彼のやさしさが集約されているように感じました。
しっかし、高橋一生くん、色っぽくて華がある。ますます好きになりました。
そのおふくろ様 お浜の新橋耐子さんがまたすばらしい。
信助への屈折した思い、その要因をつくった夫 平衛門への憎しみ、万次郎への溺愛。
猿弥さん平衛門(いかにも大店の主といった豪胆かつ傲慢な佇まいが秀逸)に「筑前屋の身代を譲るのは信助」と宣言されて泣き崩れる場面、よかったです。
子どもの頃、ドラマで見ていた女優さんなのですが、ずっとあんな感じなんだけど歳とらないのかしら。

美術は亡くなった朝倉摂さんの名前がクレジットされていましたが、初演を踏襲ということでしょうか。
こちらは仮チラシ。
このキリリとした雰囲気、好きでした。
関西弁のイントネーションはかなりビミョーな役者さんが多数
・・・なのがちょっぴりザンネン のごくらく地獄度



